本の紹介:桜島噴火記2014/04/02 12:49



柳川喜郞,復刻 桜島噴火記 住民ハ理論二信頼セズ・・・,2014年1月。南方新社。


 1914(大正3)年1月11日に大爆発を起こした桜島についての記録である。鹿児島測候所長であった鹿角義助の行動と苦悩を通して,災害にどう対応すべきかを深く考えさせられる内容である。この本が刊行されたのは1984年6月であるが,今読んでも災害にどう対処すべきかを考える重要な内容を含んでいる。

 19114年2月17日と18日に鹿児島新聞に掲載された鹿角義助の「公開状」で,自らの非を認めた「・・・自身渡島して実況を視察することは,余に取りて最も賢き途なりしなり。」(本書,230p)の言葉が印象的である。
 自然を相手にする仕事は,現場が第一である。

 この本の副題になっている「住民ハ理論二信頼セズ・・・」の文言は,鹿児島市立東桜島小学校の敷地に建っている「桜島爆發記念碑」に刻まれているもので,「科学不信の碑」とされている(ウィキペディア)。

 この文章を書いたのは,鹿角測候所長攻撃の先頭に立った鹿児島新聞の牧曉村記者である。牧は,前村長の川上福次郎が考えていた「測候所を信頼しないで」という文言を「理論に信頼せず」と書き換えたとされている(本書,280-282)。

 ただし,『この碑を「科学不信の碑」と解説する人もいますが、あまりにも一面的です。大噴火は将来も必ず起きるという認識のもとで、理論や情報への盲信を戒め、住民自らの災害に対する備えを説いた、災害全般に通用する道理にかなった教訓というべきでしょう。』(石原和弘氏:http://www.nhk.or.jp/sonae/column/20130809.html )と言う意見もある。

 碑建立の経緯はともあれ,碑の全文を読めば,災害に対する優れた教訓が書かれていると言えると思う。


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