筑波山 ― 2025/02/20 10:54
筑波山は東京駅の北東約70kmにある標高877mの山です。
今回は秋葉原から、つくばエクスプレスで終点の つくば駅まで行き、駅前からバスに乗って筑波山神社入り口で下りて、筑波山ケーブルカー脇の登山道を登りました。
一応ハンマーは持って行きましたが、転石を叩くにとどめましたので詳細な岩相はよく分かりませんでした。
図1 今回の登山ルート(TrailNoteによる)
「筑波山神社入口」でバスを降りて、ケーブルカーのすぐ東の登山道を登りました。西の男体山と東の女体山の間の鞍部である御幸ヶ原から、まず男体山に登り、女体山に登ってロープウェイで下りてきました。
筑波山周辺には古第三紀前期(6,600万年前〜4,800万年前)の花こう閃緑岩類が広く分布しています。5万分の1地質図幅「真壁地域の地質」(宮崎ほか、1996)によると、筑波山の標高300m付近から上には後期白亜紀(1億年前〜6,600万年前)の斑れい岩が分布しています。山麓のなだらかな地形は扇状地です。
しかし、田切ほか(2013)は、踏査によりケーブルカーの標高530m付近から下は花こう岩類としています。
図2 花崗岩と斑れい岩の露頭分布(田切ほか、3pの図の部分)
赤丸が花こう岩、青丸が斑れい岩の露頭です。
写真1 つくばエクスプレスから見た筑波山
左が男体山で右が女体山です。山頂の標高は、右の女体山がわずかに高いです。
写真2 つつじヶ丘行きのバスから見た筑波山
写真3 ケーブルカー乗り場と登山道の分かれ
この地点の標高は290mほどです。男体山山頂は約870mですから580mほどの上りとなります。
写真4 登山道の標高330m付近の花こう岩
田切らによると花こう岩の分布域です。
写真5 登山道の標高380m付近の斑れい岩
細粒で玄武岩のように見えますが、斑れい岩と判断しました。
写真6 登山道の標高410m付近の転石
登山道に径1m以上の転石が転がっています。この付近で尾根が緩傾斜となります。
写真7 登山道の標高600m付近の露頭
ケーブルカーのトンネルの下の坑口付近の露頭です。標高500付近から斜面は急傾斜になります。下方の花こう岩と上方の斑れい岩の境界に相当します。
写真8 登山道の標高630m付近
ケーブルカーのトンネル坑口への落石を防ぐための工夫と考えられます。この付近から急斜面になります。
写真9 登山道の標高600m付近の斑れい岩
ケーブルカーのトンネル山側坑口付近の岩石です。田切ほかに従えば、斑れい岩ですが、見た目は閃緑岩です。
写真10 斑れい岩
細粒の斑れい岩で、登山道の男女川(みなの・がわ)源流付近(標高605m)の露頭です。
「筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」<陽成院(13番)『後撰集』恋・777>
陽成院は869年生まれ、949年没で、876年から884年まで天皇在位でした。
写真11 斑れい岩
登山道の標高720m付近の斑れい岩です。
写真12 斑れい岩の露頭
登山道の標高730m付近の露頭です。南に傾斜する層状構造のように見えます。
写真13 男体山山頂から霞ヶ浦
南東に霞ヶ浦とその先の太平洋が見えます。
写真14 筑波山神社・筑波大学計算科学研究センター 共同気象観測所
神社と大学の共同気象観測所です。
写真15 筑波山神社・男体山御本殿裏の斑れい岩
御本殿裏に見事な斑れい岩の平面露頭があります。構造がはっきりと見えます。
写真16 女体山山頂
女体山の山頂とロープウェイ駅です。男体山に比べてこちらの方が岩峰が多く、鋭い地形を示しています。
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<参考文献>
田切美智雄・矢野徳也・小池 渉、2013、筑波山ハンレイ岩体の層状構造 と貫入形態.茨城県自然博物館研究報告、第16号、1-8。
宮崎一博・笹田政克・吉岡敏和、1996、真壁地域の地質。地域地質研究 報告、5 万分の1 地質図幅。地質調査所。
高尾山 ― 2024/09/25 07:05
JR八王子駅の西南西、相模川の城山ダムの北西にある高尾山は、標高599mの低山です。低山とは標高1,000m未満の山を言うそうです。
京王電鉄高尾線の高尾山口駅から歩いて行くのが一番手軽です。
高尾山のエコーリフト付近から薬王院付近までは、北東—南西方向の尾根が連なり、標高は450m〜500mほどです。薬王院から大垂水峠の北付近までは高尾山山頂も含めてほぼ東西に尾根が連なっています。高尾山の西の城山(小仏城山)付近からは北西—南東方向に尾根が伸びています。
JR中央線の高尾駅付近から西は高尾山山頂も含めて後期白亜紀付加体の四万十帯付加コンプレックスと呼ばれる地質が分布しています。そのうち、京王電鉄高尾線の高尾山口駅付近までは、砂岩を主とする小菅ユニットが分布していて、砂岩頁岩互層が挟在しています。
エコーリフトの山上駅と高尾登山電鉄の高尾山駅との間に小菅ユニットと南の小伏ユニットの境界があり、西北西—東南東に延びています。 小伏ユニットは頁岩が主体で、チャートや凝灰質頁岩をブロック状に含みます。高尾山山頂も小伏ユニットです。
2024年9月12日(木)に行ってみました。けっこう暑い日でした。
一番北の1号路を登って山頂まで行き、尾根道の稲荷山コースを下りてきました。登りの途中で、つり橋のある4号路に行こうとしたのですが通行止めでした。
今回のルート図(TrailNoteによる)
今回は、ハンマーは一切使いませんでしたので、詳しい岩質は見分けられませんでした。
写真1 京王電鉄高尾線の高尾山口駅と案内川
駅前は2024年4月に「高尾山ふもと公園」が整備され、明るくなったそうです。奥の橋の手前に案内川へ下りる広い階段護岸があります。
写真2 高尾山6号路入口
石畳がしばらく続きます。杉の大木が印象的です。
写真3 6号路沿いの小川
小さな川ですが水量は豊富です。所々に頁岩の露頭があります。
写真4 頁岩の露頭
標高300m付近のヘアピンカーブの頁岩の露頭です。走向は北西—南東で、南に70°ほどで傾斜しています。
写真5 頁岩の岩相
写真6 砂岩
塊状であることから砂岩と推定されます。所々に頁岩が挟まっています。ヘアピンカーブを過ぎた標高320m付近です。
写真7 金比羅台園地からの眺め
ほぼ東を眺めています。標高は387mです。ここで尾根に上がったので、この先は比較的平坦な道が続きます。
写真8 小菅ユニットの砂岩頁岩互層(推定)
圏央道の高尾山トンネルのやや東の尾根で見られる露頭で、著しく風化しています。
写真9 山上駅手前から眺め
ほぼ東を見ていますが、水蒸気で遠くは霞んでいます。
写真10 山上駅のやや南からの眺め
南東を眺めています。
写真11 千枚質頁岩
薬王院の北にある苔むした頁岩の露頭です。小伏ユニットの砂岩頁岩互層中の千枚質頁岩と推定されます。
写真12 高尾山山頂展望台から
見通しが良ければ、左に大山、右に富士山が見えるはずです。
写真13 稲荷山コースの下り
階段階段また階段で、けっこう足に来ます。
写真14 頁岩の露頭
登山道の路面に露出していて構造もよく分かります。小伏ユニットの頁岩と推定されます。
今回のルートでの累積標高は、約410m、距離は約8.6kmでした。かなり暑い日で、多分、高尾山としては人が少なかったのでしょう。稲荷山コースで登ってきた人に会ったのは10人程度でした。
江の島の地形と地質(2) ― 2024/06/18 18:05
江の島の南海岸の波食棚を伝っていくと、グーグルアースで長磯と記された突き出た波食棚に至ります。ここから、江の島岩屋の第二岩屋入口付近の桟道が見えます。
このもう一つ先の波食棚まで行けますが、その先は水深が深くて渡ることができません。
波食棚の上を戻り、途中から細道を辿って八坂神社の前に出て、山二つ断層を横切って稚児ヶ淵から岩屋を見学しました。
帰りは、庚申塔の所を左に折れ、山二つの谷に沿った道を下りました。
写真7 中津宮への道の途中からヨットハーバー
急坂の階段を上る途中でのヨットハーバーと葉山方面の風景です。
写真8 中津宮への参道の絵
昔の江の島を描いた絵が参道沿いに立てられています。これは歌川広重の絵で、砂州を大勢の人が渡っている様子を描いています。

写真9 歌川国芳の江の島
江の島の南海岸を描いた絵です。左の大きな海食洞が岩屋です。参拝する人たちや海に入っている人たちが描かれています。一番左の岩棚は稚児ヶ淵(児ヶ淵)です。
写真10 山二つへ下りていく途中の関東ローム層
解説版には武蔵野ローム層であると書かれています。平安時代に書かれた江の島縁起には大地震や空から石が降ってきた話があるそうです。
写真11 パミス層
細礫サイズのパミス(軽石)が挟まれています。
写真12 山二つ断層
稚児ヶ淵へ向かう御岩屋道通りから見た山二つ断層です。植生の付いている部分は関東ローム層と推定されます。
写真13 江の島の西端
葉山層群の波食棚と急崖が続きます。ここから江の島弁天橋の途中にあるべんてん丸乗り場まで遊覧船が出ています。
写真14 葉山層群
江の島岩屋の桟道(参道)付近の葉山層群です。塊状で層理面ははっきりしません。
写真15 江の島弁天橋
写真16 三浦層群
朱の鳥居の少し西の山二つへ向かう参道で見られる露頭で、岩相から判断すると三浦層群の可能性があります。
生田緑地 ― 2024/06/15 18:35
生田(いくた)緑地は、川崎市多摩区にあり、小田急小田原線・向ヶ丘遊園駅南口から歩いて15分ほどで東口ビジターセンターにたどり着きます。
標高84mの枡形山(ますがた・やま)を中心とした緑地で、川崎市立 日本民家園、かわさき宙(そら)と綠の科学館、川崎市 岡本太郎美術館などが緑地内にあります。
今回は、東口ビジターセンターの右手の遊歩道を上りながら地質露頭を見ました。
この付近の地質は、下から内湾性の塊状無層理の青灰色シルト岩からなる飯沼層(上総層群:前期更新世)、礫層・砂層・シルト層からなるオシ沼砂礫層(相模層群:中〜後期更新世)、多摩ローム層、枡形山の北斜面に分布する武蔵野ローム層です。
写真1 枡形山への登り口
東口ビジターセンターに向かって右側にある枡形山への道の入口です。この写真の右後ろにビジターセンターがあります。「生田緑地MAP」をもらうと道に迷わず済みます。
写真2 地質の説明板
この道を上っていくと見ることができる地質が説明されています。
写真3 飯沼層のシルト岩
説明板から少し登ったところの露頭です。層理面らしきものが認められますが、塊状で均質です。一応、固結しています。
写真4 写真3の部分
層理面らしきものがありますが、堆積面かどうか判断できません。岩相としては細粒砂岩です。
写真5 飯沼層中の砂脈
シルト質砂岩中に見られるほぼ鉛直の細粒砂の脈です。幅は35cmで上が幅広くなっています。走向・傾斜は、N30°E, 85°SEで、この露頭で同じ方向のより細い脈が少なくともあと2条見られます。
写真6 写真5の部分
露頭を削っていないので詳細は分かりませんが、形態と破砕されていないことから見ると液状化による砂脈と考えられます。
写
真7 オシ沼砂礫層
半固結の地層で、この露頭の下位はシルト質砂岩で上位は砂岩・礫岩の互層です。部分的に腐植土らしき層が挟まっています。礫は完全に円磨された円礫です。吉澤・高橋(2011)によると礫種はチャート・砂岩・閃緑岩とされています。
写真8 関東ローム層
この付近では関東ローム層の良好な露頭はありません。
写真9 枡形山頂上広場と展望台
枡形山には源頼朝の重臣・稲毛三郎重成の居城がありました。さらに遡ると縄文時代のイノシシの落とし穴が発見されています。眺めも良く東京スカイツリーが見えます。
<参考文献>
吉澤健吾・高橋 修、2011、都会で見られる露頭を題材にした環境教育−神奈川県生田丘陵に分布する更新統を例に−。東京学芸大学紀要 自然系学系、63、41-52。
江ノ島の地形と地質(1) ― 2024/06/11 13:54
2024年6月4日(火)、江ノ島の地形と地質を見に行ってきました。休日ではありませんが、外国人を含む人たちで大賑わいでした。
今回は小田急江ノ島線で片瀬江ノ島駅へ行き、歩き始めました。
国道134号の片瀬橋から江の島全体を見ることができます。ここからは、丹沢や箱根の山々が見えるほか、富士山も見ることができるはずです。この日は、あいにく雲が多く富士山は見ることができませんでした。
相模湾の茅ヶ崎沖には姥島(うばじま:烏帽子岩)があります。この島の地質は三浦層群下部の地層(約10-8Ma)とされています(森・小川、2021)。
江の島は、境川の河口にできた砂州で繋がっていて、昔は干潮時には歩いて江の島へ渡ることができました。現在は、江ノ島大橋の歩道橋を歩いて渡ることができます。
江の島の地形は、ヨットハーバーがある東の低平地と神社や展望灯台のある西の高台とに分かれます。
東の低平地は岩屋面と呼ばれる波食棚と聖天島(しょうてんじま)のような小島からなっています。この岩屋面は鎌倉時代以前の地震によって隆起したと考えられています。
西の高台は最高点が60.2mで、北西―南東方向の「山二つ断層」でくびれています。この高台の南海岸は高さ50m程の断崖となっていて、崖の下には広い波食棚が広がっています。
江の島の地質は新しい順に、関東ローム層、砂礫で構成される段丘堆積物、凝灰質砂岩・シルト岩で構成される三浦層群、細礫混じり砂岩・シルト岩から構成される葉山層群です。

写真1 国道134号の片瀬橋から見た江の島
この正面の、こんもりした地形は葉山層群がつくる地形で、左手(東側)に三浦層群がつくる平坦な地形があります。中央の塔は江の島展望灯台で、その右のやや低くなっている尾根との間に「山二つ断層」が通っています。
写真2 ヨットハーバー奥の防波堤から見た江の島
江ノ島大橋を渡って広い道路をまっすぐ行くと、聖天島の脇を通って広い駐車場に着きます。その南側の防波堤の上から江の島の全景を見ることができます。
左の崖はすべて葉山層群でシルト質泥岩と砂岩・細粒礫岩で構成されています。
写真3 葉山層群を覆う関東ローム層
写真2の左上に見える茶色の露頭が関東ローム層です。三層の淡黄白色の層が見えます。上から箱根三色旗軽石(Hk-SPテフラ)、東京軽石(Hk-TPテフラ:約6.5万年前)、三浦軽石(Hk-MPテフラ)と想定します。
写真4 葉山層群がつくる波食棚
葉山層群は細粒砂岩〜シルト岩が主体で比較的均質であるため、平滑な波食棚が形成されています。
写真5 葉山層群
砂質シルト岩と砂岩〜細礫岩です。下のシルトを削って礫が流下したものと考えられます。地層の連続性はきめて悪く断層でブロック化しています。この面は水平面です。
写真6 葉山層群の大露頭
ヨットハーバー奥から海岸に下りると南海岸の波食棚を歩き地層を観察できます。堆積面も断層も連続性がありません。成層構造をとる聖天島の三浦層群と全く違う岩相を示します。
写真7 山二つ断層
南の海岸から見た山二つ断層です。断層面をはっきりと識別できませんでした。この写真の左側の崖面の高角右傾斜の線状構造が断層の可能性があります。
<参考文献>
江藤哲人・矢崎清貫・卜部厚志・磯部一洋、1998、地域地質研究報告 5万分の1地質図幅「横須賀」同説明書。地質調査所。
森 愼一・小川勇二郎、2021、相模湾北縁部,姥島群島の三浦層群の層序と構造─火砕岩鍵層の追跡による複合デュープレックス構造と断層伝播褶曲─ 。地学雑誌、130(1)、1-26。
七山 太・重野聖之・石井正之、2024、湘南海岸の景勝地 “江の島” で学ぶ相模トラフ変動帯の地形・地質と自然災害−“江の島”ジオ散歩のすすめ−。JGS地質ニュース、13、101-117。
(続く)