2017カムイの杜トレイルラン2017/05/29 11:47

 5月28日に旭川で行われたトレイルランの10kmに参加しました。

 土曜日から日曜日にかけて雨の予報だったので,カムイの杜でのキャンプはやめて,28日の朝4時半に札幌の家を出ました。この日は全道の学校で運動会があるようで,道路はガラガラでした。2時間ほどで旭川に着きました。

 心配した雨は降らず曇空で,時々日が射す天気でした。条件としては絶好でした。体重を3kgほど減らした影響もあって,快調に走ることができました。持ち物を500ミリリットルのペットボトルと塩熱サプリだけにしたのも良かったみたいです。これまで3回出ていますが,一番良い記録でした。


カムイの杜トレランコース図
写真1 カムイの杜トレランのコース図
 赤が5kmと10kmのコース,青は23kmと43kmのコースです。10kmは適度なアップダウンがあり,走っていて楽しいコースです。砂利道なのがちょっと辛いところです。


出発前
写真2 出発前のコースの説明風景
 富沢小学校の山側の広場がスタート,ゴールになっています。


スタート前
写真3 23km,10km,5kmのスタート前
 

山の中
写真4 山の中の道
 みんな速いです。置いて行かれました。


折り返し
写真5 10kmの折り返し手前
 二つの上り下りのあとに折り返しがあります。雨上がりで足を取られる場所もありました。23kmのランナーは,このさらに先で折り返しです。


大英自然史博物館展2017/05/22 15:36

 国立科学博物館で「大英自然史博物館展」が開かれています。2017年6月11日(日)までです。

 1995年の春,イギリスへ家族4人で遊びに行った時,大英博物館に寄ったけれども休館中で見ることができず自然史博物館に行きました。しかし,私はレンタカーを借りるのに手間取って,入ることができませんでした。今回は,181の標本が展示されています。
 その中で,一番の売りは,入場券に印刷されている始祖鳥でしょう。


大英博物館店入口
写真1 大英博物館展会場の入口


三葉虫
写真2 三葉虫
 モロッコで収集されたカンブリア紀の三葉虫です。


濃紅銀鉱
写真3 ジョージ3世の濃紅銀鉱
 ジョージ3世は産業革命時代のイギリスの国王で,科学技術の進歩に関心を持っていました。この濃紅銀鉱は,ドイツのハルツ山地のものです。


スミスの地質図
写真4 スミスの地質図
 ウィリアム・スミスが1815年に出した世界最初の地質図です。現物を見ることができて感激です。


ゾウガメ
写真5 ダーウィンのペットだったガラパゴスゾウガメ
 ガラパゴス諸島のサンティアゴ島のものです。


始祖鳥
写真6 始祖鳥の化石
 ドイツで発掘されたジュラ紀の始祖鳥の化石です。

 このほかにも,見ものが一杯の展示です。

 帰りは,西洋美術館の庭にある「考える人」に会ってきました。いつでも,この像を見ることができるのは素晴らしいことです。


考える人
写真7 「考える人」
 ロダンが制作したブロンズ像です。この像と同じものが,西洋美術館の前庭を挟んだ反対側にある「地獄の門」の頂部に置かれています。


すみだ北斎美術館2017/05/22 10:50

 2017年のゴールデンウィークに「すみだ北斎美術館」へ行ってきました。

 北斎の偉大なところは,もちろんその画業ですが,何よりも年を取ってからも衰えない創作意欲だと思っています。
 一番好きな絵は,長野県の信州小布施北斎館で見ることのできる屋台の天井絵です。
( http://www.hokusai-kan.com )
 北斎が85歳の時(1844年,天保十五年)に半年をかけて描いたものです。

 すみだ北斎美術館は,総武本線の両国駅から国技館の南を通り江戸東京博物館の間の歩道を北に向かい,さらに東へ行った所にあります。町の中に独特の形をした建物があり,どこから入って良いのかしばらく迷いました。

 この時は,開館記念展IIIとして「てくてく東海道−北斎と旅する五十三次−」が開かれていました。
 この美術館がつくった北斎の絵のオリジナル葉書は印刷が非常にきれいで,人に出すのが惜しくなります。


写真1 美術館北側の緑町公園から見た北斎美術館


美術館入り口
写真2 入口


展示場
写真3 展示場


東京スカイツリー
写真4 北斎美術館から見た東京スカイツリー


長瀞(その7)2017/05/14 10:44

 今日一日の露頭めぐりも最後である。ライン下りの船着き場から歩いて野上駅に行った。待つことしばし,電車に乗って隣の樋口駅で降りた。

 樋口駅のプラットホームから見ると,国道を挟んだ向かいの小学校の塀に「水」と書いた看板がある。これはやっぱり「寛保洪水位磨崖標」を見なくてはと行ってみた。


水の看板
写真38 秩父線樋口駅ホームから見た長瀞第二小学校塀の看板
 この看板の水平線まで,荒川河床から24mまで水が来たという(荒川上流河川事務所のウェブサイト)。段丘上にあった集落は,ほぼ水没したという。


磨崖標
写真39 寛保洪水位磨崖標
 長瀞第二小学校の裏へ回り込むようにして行って左に折れると,坂の上り口左手にある。後ろの建物は圓福寺である。
 寛保2年7月27日(西暦1742年8月27日)から4昼夜に及ぶ豪雨によって旧暦8月1日(同8月30日)夜,水位が最高に達し,この付近一帯はすべて水没したという(磨崖標説明看板による)。


水の字
写真40 片岩の壁面に刻まれた「水」の字
 露頭の一番上に「水」の字が見える。この露頭は,多分,泥質片岩である。ここから対岸を見ると家の屋根よりも高い位置にあることが分かる。現在は上流に三つのダムがあり,洪水の危険は小さくなっている。

 ここから国道と並行な細い町道をたどっていくと板石塔婆(いたいし・とうば)に出る。途中やや急な坂があるが,歩道が無く車がビュンビュン走る国道を歩くよりはずっと安心である。坂を上ってしばらく行くと広い道路にぶつかる。これを右に曲がると左手に板石塔婆がある。地理院地図では「野上下郷石塔婆」と表示されている。


板石塔婆
写真41 板石塔婆
 高さ約5m,幅1m,厚さ13cmの一枚岩で作られたもので,樋口駅周辺で掘られた緑色片岩が使われているという(「長瀞たんけんマップ」による)。台座に使われている石には,紅れん石片岩がある。


板石塔婆横
写真42 板石塔婆を横から見る
 表面は微妙にたわんでいるが,この薄さの石材を良く掘り出したものと感心する。長瀞町大字小坂字城山の「仲山城」で討ち死にした阿仁和直家夫人の芳野御前(妙円尼)が十三回忌追善供養で建てたものという(現地説明版による)。建てられたのは1369年11月(応安二年十月)であるので,足利義満が三代将軍に就いた翌年である。南北朝分立の時代である。

 今回の最後の見学地,キャンプ村河原の褶曲に向かう。国道140号から白鳥橋を渡り,右岸の県道を上流に向かって歩く。途中に「岩田の大石(おおいわ)」というのが草むらの中に転がっている。昔は水田であったのであろう。

 県道をしばらく歩いてキャンプ村の入口に着く。このキャンプ場は私設なので,河原に降りるには入口で必ず断ってから行く。
 河原は緑色片岩を主体とする連続露頭で,どこへ行っても褶曲が見られ褶曲のオンパレードである。


岩田の大石
写真43 岩田の大石
 草むらの中にぽつんと石が転がっている。現地説明版によると「新編武蔵風土記稿」に「村名の起こり」と記されているという。後ろの建物は介護老人保健施設である。


緑色岩
写真44 緑色岩の連続露頭
 キャンプ場から降りた河原の露頭状態である。降り口のやや上流から下流を見ている。


褶曲構造
写真45 緑色岩の褶曲構造


褶曲構造
写真46 褶曲構造


褶曲構造
写真47 褶曲構造

 これで長瀞の主要な露頭は見た。多少心残りはあったが帰ることにした。
 白鳥橋で荒川を渡り,すぐに左へ曲がると古い町並みの中を通って樋口駅へ行くことができる。
 
 秩父鉄道で寄居へ出たところで,八高線で八王子へ行こうと思った。しかし,待ち時間が長いので,東武東上線で池袋に出て帰った。
 秩父へは,特急を使わなければ神奈川県からでも4千円ほどで往復できる。秩父鉄道はICカードが使えないが,その他はカードが使えるので結構自由に行動できる。


樋口駅
写真48 秩父鉄道・樋口駅
 秩父方面行きも寄居方面行きも1時間に2本程度の発車間隔である。駅員が不在の場合は,運賃表の右にぶら下げてある小さな「乗降車駅証明書」を取って降りる駅で渡して料金を払う。


長瀞(その6)2017/05/13 11:15

 金石水管橋上流の河原から昔の渡し舟の乗り場への道を上り町道に出た。11時を過ぎ日差しが強く少しへばってきた。
 「長瀞ライン下り」の舟の終着点である船着き場に雁行配列した脈がある。「杉型」(右ずれ)と「ミ型」(左ずれ)の両方が見られる。


船着き場上流
写真30 ライン下り船着き場やや上流の様子
 礫ないし砂の河原となっていて,流れも少し穏やかである。


ミ型雁行脈
写真31 ミ型雁行脈
 緑色片岩主体で黒色の泥質片岩が挟在している。中央の泥質片岩にミ型雁行脈が見られる。右端の車はライン下りの客を運ぶバスと舟を運ぶクレーン付のトラックである。




ミ型雁行脈
写真32 ミ型雁行脈
 雁行脈の方向はN20゚Eで,脈自体の方向はN20゚〜30゚Wで傾斜は鉛直である。


ミ型雁行脈
写真33 ミ型雁行脈
 泥質片岩上に2列見られる。


杉型雁行脈
写真34 杉型雁行脈
 雁行脈の方向はN30゚E,脈自体はNSで傾斜は80゚Eである。


杉型雁行脈
写真35 杉型雁行脈


杉型雁行脈
写真36 緑色片岩と泥質片岩の互層
 ここでは,ほぼ等量の互層である。


ハイアロクラスタイト
写真37 正体不明の露頭
 ハイアロクラスタイト風の岩石である。緑色片岩の中に挟在しているようである。


長瀞(その5)2017/05/13 09:51

 秩父鉄道の長瀞駅で,お土産の「秩父プリン」を5個買った。種類はリンゴ,サクランボ,モモ,ミカン,ブルーベリーなど7種類くらいある。瓶詰めなので結構重い。
 駅前から国道に出てコンビニエンスストアでおにぎりと飲み物を買って再び駅に戻り,荒川左岸の町道を北に向かう。見事な桜並木である。

 途中に赤鉄石英片岩の露頭があるはずだが,入口を見逃してしまい金石(かないし)水管橋のすぐ上流で川に降りた。
 金石水管橋は人道橋で,一見普通の橋であるが橋桁の下流側に導水管が付けられている。今回は,左岸のものしか見ていないが,両岸の橋台の根元には水神宮の碑が建てられているという(ウィキペディア,最終更新 2017年2月25日 (土) 05:22)。


金石水管橋
写真25 金石水管橋と片岩露頭
 中央の黒褐色の岩は赤鉄石英片岩だろうと思う。周辺は緑色片岩である。秩父鉄道の長瀞駅付近から野上駅付近までが川下りのコースとなっている。


左岸岩石崩壊
写真26 金石水管橋のやや上流左岸の岩石崩壊
 片理の発達した緑色片岩で,片理はゆるく川側(東側)に傾斜している。ゆるい流れ盤での崩壊である。


右岸岩石崩壊
写真27 受け盤での岩石崩壊
 上の写真と同じ場所の右岸である。崩壊の頻度は少ないが川方向の鉛直に近い分離面によって崩壊するようである。


珪質片岩の褶曲
写真28 珪質片岩中の褶曲構造
 金石水管橋付近の露頭で見られる褶曲構造である。緑色片岩には褶曲構造は見られない。


水神宮
写真29 水神宮
 右岸橋台の根元にあるものである。


長瀞(その4)2017/05/12 20:07

 埼玉県立自然の博物館から荒川左岸の町道を歩いて国道140号に出て親鼻橋を渡り,すぐ右に折れて町営住宅の脇の小道を川に降りた。紅れん石片岩の露頭とポットホールである。

 紅れん石というのは,その名のとおり緑れん石と固溶体をつくる鉱物で,緑れん石が鉄を含むのに対し紅れん石はマンガンを5〜22%含む。
 

紅れん石片岩とポットホール
写真18 紅れん石片岩とポットホールの露頭
 国道140号の親鼻橋から見た紅れん石片岩露頭である。中央付近の2階建てのようになっている岩である。岩の影にポットホールがある。


ポットホール
写真19 ポットホールと紅れん石片岩
 直径2m以上はあるポットホールである。見事に岩をくりぬいて孔が形成されている。褐色に見えるのは紅れん石片岩である。対岸も含め周辺は緑色片岩のきれいな露頭が続いている。


紅れん石片岩
写真20 紅れん石片岩と緑色片岩
 川の流れに洗われて紅れん石片岩と緑色片岩の見事な互層が見られる。


紅れん石片岩
写真21 紅れん石片岩
 この色と光り具合が,実際の紅れん石片岩の感じに最も近い。


紅れん石片岩
写真22 紅れん石片岩
 露頭へ降りて行く小道の途中にある紅れん石片岩である。左が下流で,この写真は川側から見たものである。

 紅れん石片岩の露頭から上がって,町道,県道を歩いて皆野(みなの)中学校の河原にある蛇紋岩の露頭に向かった。皆野中学校の西側に舗装された広い道路が川へと続いている。川はキャッチアンドリリースの釣り場になっているらしい。

 釣り場付近から県道の栗谷瀬橋付近まで蛇紋岩の露頭が点々とある。三波川帯中の蛇紋岩としては,長瀞東方の釜伏山の西から南にかけて比較的大きな岩体が分布している。
 蛇紋岩を見たあとは親鼻駅まで歩き,長瀞まで電車に乗った。


蛇紋岩
写真23 皆野中学校河原の蛇紋岩露頭
 硬質な塊状蛇紋岩が主体である。


アスベスト
写真24 蛇紋岩中の鉱物脈
 縦の白色の脈は石英の可能性が高い。右下がりの脈はその繊維状の形からアスベスト(鉱物としては判定できない)と推定される。その他にロジンジャイトと思われる白色の部分もある。


長瀞(その3)2017/05/12 14:32

 埼玉県立自然の博物館前から養浩亭の駐車場一角にある宮沢賢治の歌碑の横を通り,林の中を河原に向かって行くと虎岩,スティルプノメレン片岩の露頭がある。周りは緑色片岩である。


虎岩
写真13 虎岩
 宮沢賢治歌碑の脇を通り,河原に降りて行く途中から見た虎岩。正面手前の露頭の紫色の部分がスティルプノメレン片岩(虎岩)で,周辺は緑色片岩である。


虎岩と緑色片岩
写真14 スティルプノメレン片岩と緑色片岩
 緑色片岩とスティルプノメレン片岩が互層状に分布している。スティルプノメレン片岩中には小さな褶曲構造が見られる。左が下流である。


褶曲構造
写真15 スティルプノメレン片岩の褶曲構造
 スティルプノメレン片岩の断面である。緑色片岩は褶曲していないように見える。


ブ−ディン
写真16 虎岩ブ−ディン構造
 片理面にほぼ垂直に割れて鉱物脈が隙間を充てんしている。一般的な,引きちぎられたようなブ−ディン構造とは異なる。


荒川橋梁
写真17 秩父鉄道の荒川橋梁
 朝は結構頻繁に列車が通る。この上流に親鼻の紅れん石片岩の露頭がある。



長瀞(その2)2017/05/11 17:33

 泊まる場所が上長瀞なので,まず荒川左岸沿いの町道を歩いて長瀞へと向った。ライン下りの舟乗り場である。対岸に石英片岩の露頭があり,白鳥島の褶曲というのがリーフレット(文末参照)で紹介されている。肉眼では良く分からない。黒褐色の層の中に灰白色の層の褶曲が見える。帰って来て写真を拡大してみてようやく分かった。


白鳥島
写真7 ライン下りの舟乗り場から白鳥島を見る
 長瀞駅からすぐの所に舟乗り場がある。対岸は石英片岩,手前は砂質片岩,緑色片岩である。この付近では,片理面は北東-南西方向で,北西に20°ほどで傾斜している。
 並んでいる船の一番左の対岸に「白鳥島の褶曲」があるが,ちょっと分かりにくい。褶曲構造は樋口駅対岸のキャンプ村の河岸でいやと言うほど見ることができる。


緑色片岩
写真8 ライン下りの舟乗り場付近の緑色片岩
 細かい片理の発達した片岩である。泥質片岩へは漸移していくように見える。


「ミ型」雁行脈
写真9 「ミ型」の雁行脈
 舟乗り場付近の泥質片岩中に見られる構造である。


泥質片岩
写真10 岩畳の泥質片岩
 細かな片理が発達している。右が下流(北)である。


キンクバンド
写真11 キンクバンド
 下流側の休憩小屋付近で見られる構造である。キンクというのは,「糸などのねじれ」のことで,岩石では二つの軸面を境界とする板状の変形帯のことを言う。岩石周辺の圧力が高い場合や岩石に作用する歪みの速度が大きい場合に形成されると考えられている。


石英片岩
写真12 小滝の瀬の石英片岩
 下流の泥質片岩から石英片岩に変化する。石英片岩が浸食に強いためか瀬を作っている。

 午後3時頃,上長瀞に着き,宿を取って博物館を見学し,歩いて岩畳から虎岩までを見学することができた。荒川沿いに直線距離で約1kmである。
 長瀞−上長瀞エリアと言われているライン下り船着き場から秩父鉄道荒川橋梁までをじっくり見ると色々なことが勉強できる。

 自然の博物館では,「古秩父湾 秩父の大地に眠る太古の海の物語」という冊子を発行している。この冊子は,長瀞だけでなく横瀬,秩父,小鹿野,皆野などを含む地域全体について,地質の魅力を伝えるものとなっている。

 ジオパーク秩父もウェブサイトで様々な情報を発信している。
( http://www.chichibu-geo.com )

 岩畳を含む河原を歩いているとあちこちに注意看板が立っている。水難事故が多いようである。長瀞の上流には,浦山ダム(支流の浦山川),二瀬ダム(荒川本流),滝沢ダム(支流の中津川)がある。長雨や天候の急変には十分な注意が必要であろう。


長瀞(その1)2017/05/11 11:45

 長野・山梨と埼玉の境界をなす関東山地を源とする荒川は,東に向かって流れ秩父盆地付近で北に向きを変える。東秩父の山地を回り込むようにして寄居付近で関東平野の北西部へ流れ出て,南東に向かい東京湾へ注いでいる。

 今回は,東飯能駅で八高線から西武池袋線(西武秩父線)に乗り継いで,南東から高麗川・横瀬川と抜けて秩父盆地に入った。
 途中から雨が降り出し,西武秩父駅に着いたときは結構な雨脚で,武甲山が霞んで見えた。
 西武秩父駅に着いてびっくりしたのは,たいそうな人が突然湧いたようにいたことである。雨で,どうしようかと迷っている人が多い。


武甲山
写真1 西武秩父駅から見た武甲山
 北側斜面は全面石灰岩で,山頂直下から採掘された「のり面」となっている。ジュラ紀付加体中のブロックとされている。山頂付近から南は玄武岩類のブロックである。最高点は1,304mで山頂付近には御嶽神社がある。

 たいした下調べもしないで来たため,西武秩父駅からどうやって行こうかとしばらく思案したが,すでに午後3時を回っているので,取りあえず上長瀞へ行って宿を探すことにした。歩いて秩父鉄道の「御花畑駅」へ行った。
 秩父鉄道は,荒川上流の三峰口駅から熊谷の東の羽生駅まで通じている。途中,寄居駅で八高線,東武東上線に,熊谷駅で高崎線に,終点の羽生駅で東武伊勢崎線に接続している。ICカードが利用できない。関東でも奥の方に行くとカードが利用できない駅がある。

 上長瀞駅には何も無い。駅前の土産物屋兼宿屋と思しき店に入って聞くと,今日は休みだという。養浩亭を紹介された。
 しばらく歩くと荒川河岸の林の中に,その宿はあった。目の前が「埼玉県立自然の博物館」である。
 幸い空き部屋があり,部屋の準備ができるまで博物館を見学した。入館料は200円である。


埼玉県立自然の博物館
写真2 埼玉県立自然の博物館入り口
 2階建ての質素な建物である。
  1878(明治十一)年7月に東京帝国大学地質学教室初代教授であったE.ナウマンが,巡検で長瀞上流の三峯神社を訪れているという(「古秩父湾」43pによる)。また,東大地質学教授の小藤文次郎が "On the so-called crystalline schists of Chichibu ( The Sanbagawan Series.) " を発表したのは1888(明治二十一)年である。長瀞を含む秩父が「日本地質学発祥の地」と呼ばれる一つの理由である。


カルカロドンメガロドン
写真3 博物館入口にあるカルカロドン メガロドンの模型
 サメの歯が回転しながら生え替わる様子が分かる。
 このほかにスカルン鉱床である秩父鉱山の鉱石などが展示されている。また,長瀞で見ることのできる片岩類の標本もあるので野外での観察に役立つ。


岩石庭園
写真4 博物館前の「岩石庭園」
 長瀞で見ることのできる岩石が置かれ,看板が立てられている。一番手前の石は紅れん石片岩である。
 小藤文次郎が,1887(明治二十一)年に徳島市眉山東麓の大滝山の紅れん石片岩の論文を出している(Quaternary Journal of the Geological Society, London  vol.43, 474–480.)。これが,紅れん石片岩についての世界で初めての報告とされている。同じ年に帝国大学理科大学の雑誌の記事で,日本でのマンガン緑れん石(紅れん石)の産地として秩父郡の皆野,下田野,寄居ほかを挙げている。


宮沢賢治歌碑
写真5 宮沢賢治歌碑
 『つくづくと 「粋なもやうの 博多帯」 荒川ぎし の 片岩のいろ 宮沢賢治』と刻まれている。養浩亭の駐車場の一角にある。
 盛岡高等農林学校二年,賢治20歳の時に,ここを訪れ虎岩(スティルプノメレン片岩)の美しさを詠んだとされる(歌碑裏面解説による)。

 長瀞の地質を見るには日本地質学会のリーフレットが役に立つ。

長瀞たんけんマップ
 長瀞たんけんマップ編集委員会,2016,長瀞たんけんマップ-荒川が刻んだ地球の窓をのぞいてみよう-。日本地質学会。(定価400円)
*北の樋口から南の親鼻まで,4つのエリアについて解説したリーフレットです。地図も付いているので,露頭見学には非常に役に立ちます。
 秩父線は1時間に2本の割合で走っているので,電車で移動しながら露頭見学をするのが便利です。
 日本地質学会のウェブサイトで購入できます。(日本地質学会HP>左の欄にある出版物>リーフレット)