本の紹介:南海トラフ地震2016/07/19 21:10



南海トラフ地震
山岡耕春(やまおか・こうしゅん),南海トラフ地震.2016年1月,岩波新書.

 フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に潜り込んでいる南海トラフでは,100年から200年間隔で巨大地震が発生している.最新の地震は,1946年12月21日に発生した昭和南海地震である.近い将来,必ず次の南海トラフ地震が発生する.その場合,強い揺れや巨大な津波によって日本が回復不能な影響を受けるおそれがあるというのが,著者がこの本を執筆した動機である.

 目次は次のようになっている.

 はじめに
 序章 巨大地震の胎動
 第1章 くり返す南海トラフ地震
 第2章 最大クラスの地震とは
 第3章 津波,連動噴火,誘発地震
 第4章 被害予測と震災対策
 終章 それでも日本列島に生きる
 おわりに

 第4章で「予測の費用対効果」が述べられている.
 地震が起きると公表して,そのための応急対策にかかる費用と予測が的中した場合の利益を比較する.東海地震の場合,応急対策費用は1日あたり1,700億円とされていて,予測が出され警戒宣言が1週間続くと1兆2千億円かかる.一方,予測が的中した場合の利益というのは,道路交通の制限,鉄道の運行停止,店舗や工場,事務所の営業停止などによって被害が減少した額である.2003年,内閣府の試算によると利益は約6兆円とされている.
 予測を行った回数に対して地震が実際に発生した回数(=的中率)が20%以上であると利益に対して応急対策コストが下回ると言う.つまり,予測する価値があるということである.

 一番の問題は,「直前予知は可能か」ということを考える場合,「地震が起きる」ということが公表された時に,どのような対策をとるのかが決まらなければ,予測の評価ができないということである.

 少し分かりにくい議論であるが,実用的には納得できる.

 2011年の東北地方太平洋沖地震以来,内閣府で巨大地震・津波に対する検討が進められてきて,その成果が発表されている.
( http://www.jishin.go.jp )
 「平田 直,首都直下地震」(2016年2月,岩波新書)もそうであるが,その内容をわかりやすく解説した本である.


本の紹介:日本憲法史2016/07/01 21:04


日本憲法史
小路田泰直(こじた・やすなお),日本憲法史 八百年の伝統と日本国憲法.かもがわ出版,2016年4月.

 イギリスの「立憲主義」の歴史は1215年のマグナカルタ制定以来であるのに対し,日本での「立憲主義」形式の歴史を,鎌倉時代に北条泰時によって制定された関東御成敗式目(1232年)にまで遡って追ってみようというのが,本書の目的です.

 関東御成敗式目は,「道理」と呼ばれた武家社会での慣習や道徳をもとに制定されたものでした.この本では,「道理」=死者の輿論としています.つまり,『法とは,昔制定され,廃止しようと思えばいつでも廃止できたにもかかわらず,代々の輿論がそれを支持してきたために,長年生き残り,すでに慣習の域に達した「古い法律」のことであった.』(46ページ)と著者は言います.ここで「輿論」は,世論のことです.

 この伝統は,建武式目(1336年),武家諸法度(元和令:1615年)に受け継がれます.武家諸法度の論理の構築に貢献したのは,荻生徂徠,古事記をもとにした本居宣長,平田篤胤でした.
 明治維新の王政復古に大きな影響を与えたのは,死者と対話をとりしきる唯一者として天皇をおいた水戸学でした.水戸学では,天皇がそのような位置にあるのは,長いこと実際の政治に関わっていなかったからだと考えました.

 このような流れの中で制定された明治憲法は,一つは天皇が死者の輿論を聞き取る形で発布する,二つには天皇の不執政化がはかられたという特徴を持ちます.大日本帝国憲法の第十条から第十六条にある『天皇大権』は天皇の『統治権』の及ぶ範囲を限定するためのものでした.

 一方で,大日本帝国憲法は「第四条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」としています.立憲主義にもとづいて実際に政治を行う上では,法と「民主主義」のもとに官僚制を統御する必要があります.大日本帝国憲法では内閣総理大臣の規定がありません.憲法発布に先立つ1885(明治18)年に内閣制が制定され,国務大臣の首班として内閣総理大臣が置かれました.
 政党政治を行うことで,政権に就いた政党の党首が内閣総理大臣になるという方法が生み出されました.しかし,政党政治はうまく機能しませんでした.

 政党政治を安定させることによって立憲政治を安定させるために考え出されたのが美濃部憲法学です.
 「美濃部憲法学の特徴は,国家を,法の力によって人格を与えられた法人同様の団体と見做す域を超えて,それ自体が固有の意志をもつ,自然人同様の存在と見做したことにあった.」(110ページ)
 議会も天皇も,しょせんは国家という有機体の「機関」(器官)であり,独立の主体とは見なさなかったのです.そして,国家がもつ固有の意志というのは,「自分の意志に反して他の如何なる意志に依っても支配せられない」意志のことで,これが主権国家の「主権」の本質であるとしました.
 主権国家同士は,自分の意志で他の国家の意志による制限を受け入れるという主権の自己制限によって並存が可能になります.
 同時にこの頃,国家存立の基礎を民族の実在に置くという20世紀の普遍的な考え方が支配的となりました.

 1946年2月に,日本国憲法マッカーサー草案に接した時の閣議では,最初は戸惑いがあったが『「米国案は主義として日本案と大差無し」といった妥協的態度に収斂していった』(145ページ)と言います.

 大日本帝国憲法と日本国憲法には連続性があります.

(1)日本国憲法の制定は大日本帝国憲法の第七十三条にもとづいて行われています.
「第7章 補則
 第73条将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
 2 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノニ以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス」

(2)日本国憲法は「第一章 天皇』で,大日本帝国憲法を踏襲しています.

(3)日本国憲法の第七条の「国事に関する行為」規定は,大日本帝国憲法の「天皇大権」諸規定を継承しています.特に,現憲法の第五項は,下に示す大日本帝国憲法の第十条を継承しています.
「第10条 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル」

 そして,何よりも日本国憲法の第一条です.明治憲法でも天皇不執政論から第一条と第三条が設けられています.
 日本国憲法
「第一章 天皇
 第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
 大日本帝国憲法
「第1章 天皇
 第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
 第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」

 「むすびに」で著者は次のように述べています.
『改めてもう一度いうが,憲法とは死者の輿論の謂である.従って現代人がそう勝手気ままに制定したり,変えたりしていいものではない.一旦制定すれば,むしろ「不磨の大典」として変えないのが本来である.』(167ページ)
 そして,自民党の『日本国憲法改正草案』には,死者の輿論を聞こうとする姿勢は全く見られないとしています.この草案が憲法となった時,日本には憲法がなくなるのではないだろうかと述べています.

 私にとっては非常に難解な本でした.が,いろいろと勉強になる内容でした.
 紹介は省きましたが,この本の中で述べられている石原莞爾の「世界最終戦争構想」は興味深い内容でした.


本の紹介:津波堆積物の科学2016/06/25 18:53



津波堆積物の科学
藤原 治,津波堆積物の科学.東京大学出版会.2015年11月.

 津波堆積物について総合的に述べた本です.図や写真が多く,分かりやすい内容となっています.
 ただ,かなり内容が濃いので,一通り読んでどこに何が書いてあるか頭に入れておいて,必要な箇所を読み返すのが良いと思います.

 目次は次のようになっています.

 はじめに
 1 津波堆積物とは
 2 津波堆積物の研究史
 3 地震と津波
 4 津波による侵食と堆積
 5 津波堆積物の調査
 6 さまざまな津波堆積物
 7 津波の古生物学
 8 津波による堆積モデル
 9 津波規模の復元
10 津波堆積物研究の今後

 各章ごとに引用文献が示されているほか,津波堆積物を調査・研究するのに役立つ「推薦図書」が,巻末に掲載されています.

 第10章の「津波堆積物研究の今後」で取り上げられているのは次のようなことです.
(1)津波堆積物の分布とその年代のデータを蓄積し整備すること
(2)津波堆積物を洪水堆積物や高潮堆積物と区別すること
(3)縄文海進最盛期(7,000年前)以降に起きた最大規模の地震・津波の情報を得ること
(4)地震による地殻変動と津波堆積物を組み合わせて,より正確な震源や地震規模を復元すること

 津波堆積物の分布を把握する上での困難さの一つは,海岸近くでは高潮堆積物との区別,内陸では河川堆積物との区別です.河川堆積物との区別は海生の微化石を検出する方法が有効とされています.高潮堆積物については,ベッドフォームや堆積構造を手がかりに識別することが可能だと思いますが,かなりの経費(労力)が必要になります.


2016道南小学校陸上競技大会2016/06/23 13:57

 6月18日(土)と19日(日)に,函館市千代台(ちよがだい)公園陸上競技場で行われた表記大会を見てきました.天気に恵まれ好記録が出ました.

 この大会の正式名称は,「第51回道新杯春季小学校陸上競技大会」,「第34回北海道小学生陸上競技大会道南地区予選会」,「第62回全日本中学校通信陸上競技大会(道南大会)」で,中学3年から小学3年までの生徒が出場します.小学1・2年の80m競走や未就学児童の50m競走もあります.

 全道大会は,7月17日(日)と18日(火:海の日)に旭川の花咲スポーツ公園陸上競技場で開かれます.


試合前
写真1 第1日目の試合開始前の状況
 昨日までの雨も上がって次第に晴れてきています.正面は函館山です.


小3男子100m予選
写真2 小学3年男子の100m予選
 それぞれ,見事なフォームで走りました.


小4女子100m予選
写真3 小学4年女子の100m予選
 予選では力の差が現れます.


小4女子走り幅跳び
写真4 小学4年女子の走り幅跳び
 厚沢部ACの選手が,3m71を跳んで優勝しました.全道大会に出ることができます.


小4女子800m決勝
写真5 小学4年女子800m決勝
 1位(右端の選手)の記録は2分47秒96で圧勝です.6位までが全道大会参加標準記録を突破しました.


小4女子400mリレー
写真6 小学4年女子400メートルリレー決勝
 1位のチームはオープン参加で,この写真で2位の厚沢部ACチームが優勝でした.記録は64秒16で,全道大会参加標準記録を上回りました.


小6女子走り高跳び
写真7 小学6年女子走り高跳び
 厚沢部ACの選手が1m28で優勝しました.全道大会に出られます.跳び方は「はさみ跳び」に制限されています.着地も背・腰などからの着地は無効になることがあります.


本の紹介:日本海 その深層で起こっていること2016/06/23 09:38


日本海
蒲生俊敬(がもう・としたか),日本海 その深層で起こっていること.2016年2月,講談社ブルーバックス.

 日本海は,独特の海水の層構造と循環構造を持っていて,世界の大洋で起こるであろう変化を先取りした動きをするそうです.
 具体的なデータが示されているので,非常に説得力があります.同時に,内容は多岐にわたっていて,文化海洋学の本と言った趣もあります.

 「日本海固有水」と言うのがあります.日本海では水深200〜300mで水温が1℃以下になり,水深1,000mでほぼ0℃になります.水深200m以下をしめている均質な水塊が「日本海固有水」です.水深1,000mより深いところの海水温度を精度良く測ると,水深2,200mより深いところでは水温は全く均質になります.これが「日本海低層水」です.

 この低層水は100〜200年で循環しています.ウラジオストク付近で沈み込んだ温度が低く密度の大きい水塊が,日本海を循環している様子(熱塩循環)が分かってきたのです.

 日本海の地形的特徴の一つは,対馬海峡,津軽海峡,宗谷海峡,間宮海峡によって太平洋やオホーツク海・東シナ海と区切られていることです.今から約2万年前の最終氷期には海面が120mほど低下しました.この時,対馬海峡と津軽海峡は,狭い水路で辛うじて太平洋(東シナ海)とつながっていましたが,宗谷海峡と間宮海峡は陸になっていたと考えられます.このため,深層水の循環は止まり,低層水は生物の生きることのできない還元環境になりました.

 現在,日本海の熱塩循環は規模を縮小していることが分かっています.表面海水が沈み込むウラジオストクの冬の気温は100年で3〜4℃上昇しています.このことは,表面の海水が低温・高密度になり沈み込むのを難しくします.その証拠の一つとして,低層水の酸素濃度が30年間で10%減少していることが挙げられます.つまり,熱塩循環が低層水まで届いていないのです.何年かごとに低層水が新しく形成されることが分かっていますが,その規模は弱まっています.
 大気中の二酸化炭素濃度が上昇していることは,はっきりしています.これは大気から海洋に溶け込む二酸化炭素の量を増やすことになり,炭酸がつくられ海水のpHが低下します.海洋の酸性化です.日本海が酸性化しているデータも得られています.
 冬の北西季節風が弱まっていて,その結果,日本海側の積雪量が減少する可能性があります.また,気温が上昇すると雪でなく雨として降る量が多くなり,地表の水が短時間の内に流れ去ってしまう結果になります.

 日本海の環境変化は日本列島に大きな影響を与えると同時に,地球全体で起こっていることの先駆けとなります.


応用地質学会北海道支部 研究発表会2016/06/22 15:56

 2016年6月17日(金)午後1時から5時30分まで,寒地土木研究所で表記発表会が開かれました.正式名称は,「平成28年度 日本応用地質学会北海道支部・北海道応用地質研究会(共催:物理探査学会)合同研究発表会」です.

 全部で11件の発表がありました。
 更新統〜完新統の層序が1件,トンネルに関わるものが3件,有害金属処理が1件,地すべりなどの斜面崩壊に関するものが3件,ミュー粒子探査が1件,その他が2件でした.
 二つの発表を紹介します.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 山崎 秀策・岡崎 健治・倉橋 稔幸・伊東 佳彦(寒地土木研究所):新第三紀中新世火山岩類地山におけるトンネル変状の岩石学的解析

 トンネル変状の中には,トンネル施工時において掘削に伴う変位量の変化や膨張性の判定では問題がなくても中長期的に継続して進行する変状(時間依存性変状)がある.
 延長約3km,最大土かぶり330mのトンネルで,時間依存性変状の原因を岩石学的に解析した.地山強度比は最大土かぶり部でも40以上で塑性変形が生じる条件にはない.
 時間依存性変状が発生した区間の地質は,弱変質安山岩の塊状溶岩・自破砕状溶岩である.
 変状は,トンネル掘削から2ヶ月後にインバートコンクリートに10cmの盤膨れが発生した.
 変状が発生した区間では広域的な熱水変質により,黄鉄鉱や白鉄鉱の硫化鉱物,スメクタトのような膨潤性粘土鉱物,石膏や鉄明ばん石と言った硫酸塩鉱物が検出されている.
 時間依存性変状は次のような過程で発生したと考えられる.
(1)トンネル掘削により緩み域が発生し地下水が浸透して,硫化鉱物の酸化分解と酸性水が発生する.
(2)酸性水により岩石組織を拘束していた炭酸塩鉱物が溶脱して空隙ができる.
(3)地下水による粘土鉱物の膨潤と石膏などの硫酸塩鉱物の形成による体積増加が発生する.
(4)この過程を繰り返すことにより,局部的な地山の脆弱化が起こり変状が発生する.

 伊東佳彦((国研)寒地土木研究所),岡﨑健治((国研)寒地土木研究所),大日向昭彦(北海道開発局),倉橋稔幸((国研)寒地土木研究所),丹羽廣海((株)フジタ),村山秀幸((株)フジタ),笹谷輝勝((株)フジタ):弾性波探査による供用トンネルの地山診断・評価技術の研究 

 最近,供用中のトンネルで長期にわたり変状が進行する(時間依存性変状)例が発生している.そこで,建設直後のトンネルと実際に時間依存性変状が生じたトンネルを試験地として弾性波速度による評価手法の適用性等について研究した.
 トンネル深部の新鮮岩に比べ,トンネル近傍での弾性波速度が16〜25%低下すると補修が必要になると判断された.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 掘削したばかりのボーリングコアの観察で健全に見える場合でも,1週間ほどおいて観察すると劣化している箇所があるようであれば「時間依存性変状」が発生する可能性を考える必要があるようです.
 やっかいなのは,膨潤性粘土鉱物の含有量や地山強度比など,これまで示された指標が適用できないことです.実務としては,時間を少しおいてコア観察を行い,怪しいと思ったら必要な岩石学的な試験を実施することでしょう.その場合,薄片観察とX線解析は必須です.


本の紹介:炎のスプリンター2016/06/14 16:11


炎のスプリンター
炎のスプリンター 人見絹枝自伝。1983年2月,山陽新聞社。(織田幹雄,戸田 純 編著)

 2016年6月2日にNHKBSプレミアムで,人見絹枝を紹介した番組がありました。司会の一人が歴史学者の磯田道史氏,出演は中村桂子氏(生命誌研究者),高野進氏(東海大学教授:400m日本記録保持者)などでした。

 この番組に刺激されて人見絹枝の自伝「炎のスプリンター」を読みました。
 この本は,主に1929(昭和4)年5月に平凡社から出版された「スパイクの跡」と1931(昭和6)年2月に出版された「ゴールに入る」(一成社)の主要部分を採録したものです。

 人見絹枝と言えば,何と言っても1928年の第9回アムステルダム・オリンピックでの800m決勝レースが有名ですが,この本を読むと,最後の直線で2位に上がったあとのことは覚えていないと言います。そして,ゴールして倒れた人見を助けて三段跳びの所まで運んだのが,この大会の三段跳びで優勝した織田幹雄と4位になった南部忠平だったのです。この時,人見は21才でした。

 後半は1930年9月にチェコのプラハで開かれた第3回万国女子オリンピックに5人の若手と一緒に参加し,400mリレーで4位に入り帰国するまでの記録です。選手の選抜から合宿,遠征費の調達までを行っています。
 選手として優れていただけでなく,女子スポーツを発展させたいという熱意を強く持っていたことが分かります。

 最初に述べたNHKの番組で有森裕子氏が涙を流しながら,いろいろ教えて欲しかったと言っていました。人見,有森の二人のオリンピック銀メダリストは,同じ岡山の出身です。
 人見絹枝が多くの人に慕われ,また尊敬されていたことが,番組からもこの本からも良く分かります。



びえいヘルシーマラソン20162016/06/13 15:35

 今年もクォーターに出ました。クォーターというのはフルマラソン(42.195km)の4分の1の距離ですから,10.54875kmと言うことになります。

 前の日の午後2時頃,札幌を出発しました。泊まるところは美瑛町ルベシベのペンションジャガタラです。
 今年は岩見沢から桂沢湖を通り,途中から道道135号美唄富良野線で富良野に抜けるルートを取りました。大半が山の中で信号がなく快調に運転できます。緑がきれいです。


三段滝
写真1 国道452号沿いにある三段滝
 滝は芦別川本流にかかっています。この付近は白亜紀の上部蝦夷層群が広く分布しています。三段滝はそのうちの砂岩層が形成している滝で,地層の走向は北北西−南南東で上流に20°ほどで傾斜しています。


マムシ注意
写真2 「マムシ注意」の表示
 この滝の下流2.3kmの所にマムシ沢という沢があります。三段滝の遊歩道にはいたるところに「マムシ注意」の黄色い表示があります。写真付きです。


空知川パークゴルフ場
写真3 富良野市清水山の空知川パークゴルフ場
 滝里ダムができて国道38号のルートが変わり,町道になった先にパークゴルフ場があります。まだ花が開いていませんが,ユウリンタンポポ(別名エフデギクまたはロスケタンポポ)の群落です。


十勝連峰
写真4 富良野市ぶどう果汁工場付近から見た十勝連峰
 雪が残っているし雲もかかっているので分かりにくいですが,中央やや奥で山腹から噴煙を上げているのが十勝岳です。右の一番高い三角の山頂は,多分,富良野岳でしょう。
 

大雪連峰
写真5 美瑛町ルベシベのペンションジャガタラ前から見た大雪山
 右の一番高い山が旭岳です。山腹が大きくえぐれています。
 このペンションは,実に眺めよいところにあります。十勝連峰がほぼすべて見え,トムラウシ山の独特の山容,そして大雪連峰までが見えます。宿の前の道路を少し南に歩くと芦別岳が見えます。


夕景
写真6 ペンション裏庭の夕日
 きれいな夕焼けは見れませんでしたが,柔らかな空気の夕方でした。

 翌朝,美瑛町付近は濃い霧に包まれました。日が昇ると霧は晴れて,雲はあるけど良い天気になりました。風が涼しく気持ちよい天気です。
 朝7時に朝食を取り8時前に会場へ向かいました。この会場は駐車場が広くて車を駐めるのに苦労しないのが良いです。
 霧は晴れ暑い日差しになりました。タイムは1時間15分。去年より大分落ちましたが,それなりに楽しく走れました。練習不足です。

 帰りは温泉を探して,まず天人峡温泉に行ってみました。寂れていて温泉につかる気分にならなかったので,旭岳温泉に向かいました。旭岳ビジターセンターの向かいにあるホテルベアモンテで湯につかりました。男湯は完全貸し切り状態で,出るまで私一人でした。無色透明味無しのきれいな湯でした。


旭岳
写真7 旭岳
 旭岳ロープウェイ駅まで行ってしまうと,姿見の池などがある高まりで山の上半分しか見えなくなります。これは,駒止滝付近の道路から撮影したものです。
 旭岳は3万年前に大爆発を起こした御鉢平カルデラの西南西にあり,1万年前〜2万年前に活動を開始し,二千年以上前に山体崩壊を起こし岩屑なだれが発生しました。崩壊源が山体を大きく抉っている地獄谷で,岩屑なだれ堆積物は姿見の池や夫婦池などの地形をつくり,末端は旭岳温泉付近まで達しているとされています。


渡島半島西海岸を北上する2016/06/11 09:00

 2016年6月6日,天気が良かったので乙部町から渡島半島の日本海沿岸を岩内まで北上した。


鮪ノ岬
写真1 鮪ノ岬
 鮪ノ岬の安山岩の柱状節理は,鮪ノ岬トンネルの北側坑口を出たところに説明版があり有名である。
 この写真は,トンネルの南側から見た鮪ノ岬である。植生が着いていない崖の下の部分は,柱状節理が消えてブロック状の節理になっている。溶岩の下底付近の状態を見ることができる。


宮野海岸
写真2 せたな町大成区宮野の海岸
 1993年7月の北海道南西沖地震では,この海岸も大きな被害を受けた。1995年頃,「道の駅てっくいランド大成」のすぐ北にある開真寺の前の道路脇で津波堆積物のトレンチ調査を行った。臼別川を津波が400m程遡上し津波堆積物を残した。
 国道229号は,ここで山の中へ入っていく。私が最初にこの付近に来た時は,海岸沿いの道道北檜山大成線は,南は大成区太田まで,北は北檜山区鵜泊までであったと思う。
 その昔,太田の先で道路の地質調査を行ったが,その区間は太田トンネルで完全に回避されている。豊浜トンネルの岩盤崩落が影響している。


奥尻島
写真3 大成区富磯付近から見た奥尻島
 この平べったい形が奥尻である。1993年の北海道南西沖地震のときは,道道奥尻島線の道路点検を行った。雨で崩れた場合と違って岩塊がごろごろしていて不安定な崩壊堆積物の斜面ができていた。崖の上の方の岩盤には,上に行くほど開口しているズグソークラックが入っていた。待受擁壁は,5mくらいの大きさの岩塊で押し抜き破壊していた。


太田
写真4 太田神社から見た太田の集落と尾花岬
 太田集落の北の崖は白亜紀の花崗閃緑岩である。中央の緩斜面の下に海に面して太田集落がある。北海道南西沖地震の津波では8名の方が亡くなっている。
 なお,尾花岬はかつては「尾花ノ岬」と書いて「おばなのさき」と呼んでいた(北海道地名誌,1975)。


花崗閃緑岩
写真5 太田神社の花崗閃緑岩
 帆越山トンネルの北出口に海沿いの旧道がある。そこに太田神社があり,花崗閃緑岩の露頭がある。太田神社と言えば,太田山(標高485m)の崖の洞窟の本殿が有名である。海岸の太田神社から辛うじて本殿の洞窟が見える。


鵜泊のホルンフェルス
写真6 鵜泊漁港のホルンフェルス
 手前の岩山が「気持ち悪いほど縞々」のホルンフェルスの露頭である。もともとの岩石はチャートとその間に挟まれる泥岩とされている。


鷹の巣トンネル
写真7 鷹の巣トンネル南坑口
 鷹の巣トンネルは落石対策が大々的に行われた。特に,南坑口は不安定な部分を除去し坑口を前に出している。


刀掛岩
写真8 刀掛岩
 一気に飛んで岩内町雷電岬の刀掛岩である。刀掛トンネルを出て次のカスベトンネルに入る手前に展望できる場所がある。すぐ南のセバチ鼻を抜いている磯谷トンネルは旧期ニセコ火山群のセバチ鼻溶岩の分布域であるが,刀掛トンネルは,より古い鮮新世の火山角礫岩・水冷破砕岩や輝石安山岩溶岩の中を通過している。


雷電トンネル南坑口
写真9 雷電トンネル南坑口
 刀掛岩と同じ地層であるが,見えているのはほとんどが溶岩である。崖の高さは500mほどある。

 日も暮れかかり雲も出てきたので小樽経由で札幌に戻った。楽しいドライブであった。


地震についての本2冊2016/06/01 19:58


磯田,平田
「磯田道史,天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災。中公新書,2015年2月(第6版)」と
「平田 直,首都直下地震。岩波新書,2016年2月。」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 磯田氏は「武士の家計簿」(2003年4月,新潮新書)を書いた歴史学者である。
 前書きは,1883年にイタリア,イスキア島で起こった地震に幼いときに遭遇した歴史哲学者クローチェの話で始まっている。

 秀吉と天正地震(1586年1月)・伏見地震(1596年9月),宝永地震と津波(1707年10月)・富士山噴火(1707年12月)といった巨大災害の様子が,まず述べられている。
 土砂崩れ・高潮,幕末のシーボルト台風と佐賀藩の「軍事大国」化といった話題あたりまでが,災害が日本史を変えた内容である。

 津波から生きのびる知恵や東日本大震災の教訓の章は,いかにして災害から身を守るかの話である。いわば,サブタイトルの内容となっている。

 この中で,読み応えがあったのは,著者の祖父母や幼かった母が徳島県牟岐(むぎ)で遭遇した1946年12月の南海地震の話である。非常に具体的に避難の時に注意しなければいけないことが書かれている。

 著者の調査能力と思い立ったらすぐ行動する腰の軽さに感心する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 平田氏は,東大地震研究所教授,東海地震判定会委員である。帯に記されている「今かもしれない」という文言が著者の危機意識を表しているのかもしれない。

 首都直下地震というのは,内閣府中央防災会議が被害想定を行った19の地震のことである。この中には,フィリピン海プレートが相模トラフから沈み込んでいるために発生する地震と立川断層帯で発生する地震などが含まれている。

 目次は
 第1章 首都直下地震とは何か
 第2章 予想される被害
 第3章 震源はどこになる?
 第4章 予知は可能なのか?
 終章  首都を守るために
となっている。

 地震予知に対する著者の立場は,「個人的には,地震予知が原理的にできないという考えには反対の立場であるが,現時点では首都圏の地震予知はできないと考えている。」というものである。
 プレート境界で起きる巨大地震は,固有の広がりとずれの大きさを持った破壊域(固着域:アスペリティ))があるという「固有地震仮説」にもとづいて地震の発生確率を計算する。
 過去の地震記録,ひずみ計観測,岩石実験による破壊時の「摩擦力の滑り弱化」など様々な要素を考慮して地震予知ができるか試みられている。
 しかし,2011年の東北地方太平洋沖地震では,複数のアスペリティが同時に破壊されている。つまり,固有地震仮説が当てはまらない地震があると言うことである。

 命を守るためには,建物の耐震化と出火の防止が非常に重要であるとしている。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 今回の熊本地震では,非常に強い前震とそれに続く本震があり,建物が大きな被害を受けた。また,これまで想定されていた布田川断層本体とは別の南西に延びる分岐断層の活動が被害を大きくしたという。さらに,全く知られていなかった北西−南東方向の断層が,熊本市の中心部に現れているという(2016年5月25日の地球惑星科学連合大会での発表)。

 人ごとと考えないで,少なくとも心の準備をしておくことが大事であるとつくづく感じた。