第6回カムイの杜トレイルラン2016/05/23 21:33

 2016年5月22日に行われた「カムイの杜トレイルラン」の10kmに参加しました。
 21日は,神居古潭の神居岩に登ってからカムイの杜杜公園へ行き,キャンプ泊しました。天気が良いので家族連れのテントが沢山ありました。
 この夜は,月がこうこうと明るくテントの中も薄明かりです。さすがに,明け方の3時くらいになると寒く,目を覚ましてしまいました。

 22日の朝は6時に起きて朝飯の支度をはじめ,7時には食事も後片付けも終わり準備が整いました。8時前に会場に行くと,42kmのスタートでした。

 10kmは9時5分にスタート。日が高くなるにつれて暑くなり,途中で何回も水を飲みました。水は,1リットルを飲み尽くしました。今回はジェルの補給食を持って行ったのが効いたのか,後半になっても足がつることもなく,気持ちよく走り切ることが出来ました。
 制限時間2時間のところ1時間30分で走れたのと,歩かずに全区間走れたのが収穫でした。

 帰りは新十津川から浜益へ行く国道451号へ入り,道道当別浜益線の青山ダムに寄って帰ってきました。天気に恵まれ快適な2日間でした。


神居岩
写真1 神居岩
 神居古潭峡谷にかかる人道橋・神居大橋付近から対岸に見える岩で,緑色片岩,黒色片岩,チャートなどで出来ています。周辺には蛇紋岩が分布するとされています。


神居岩のてっぺん露頭
写真2 神居岩てっぺんの緑色片岩


青山ダム
写真3 青山ダムの放流


青山ダムの放流
写真4 余水吐けを流れ下る水
 この時期だけの放流のようです。流れ下る水の模様が見事です。


H28年度 地質研究所 調査研究成果発表会2016/05/20 18:24

 表記発表会が,2016年5月19日(木)に北海道総合研究プラザ(北19条西11丁目)で開かれました。


秋田藤夫地質研究所長
挨拶する秋田藤夫・地質研究所長

 口頭発表が7件,ポスター発表が6件でした。
 口頭発表は部門別に担当部長が概要の説明を行った後に,個々の発表を行いました。

 興味を持った発表について述べます。

 内田康人氏ほかの「音響探査により屈斜路湖で確認された湖底地すべり活動」では,1938(昭和13)年の屈斜路地震(M6.1) で発生した津波の原因が湖底の地すべりによるものであることが明らかにされました。高分解能地層探査による湖底の堆積構造断面図から地すべりを推定しました。屈斜路湖南岸の和琴半島の東斜面です。

 これに関連した話題として,1741年の渡島大島の山体崩壊による津波シミュレーションの結果が,ポスターで発表されていました(川上源太郎氏ほか)。地質研究所で行った日本海沿岸の津波堆積物調査結果が基礎資料となっています。

 加瀬善洋氏ほかの「津波履歴の精度向上に向けた津波堆積物の認定手法に関する研究−化学分析・有機質微化石分析からのアプローチ−」は,泥炭層中に挟まれる砂層が海起源のものか河川起源のものかを判定する手法として,渦鞭毛藻シストや底生有孔虫を検出することが有効であること,電気伝導度とpHも指標となり得ることを示しました。
 なお,シスト(cyst)というのは,生物学の用語では「保護嚢子」(ほご・のうし)と訳されています。「動物の組織的な形態で,内部に液体や固体状のものを含む袋状の構造体の総称」(weblio辞書)です。

 地質研究所は,急速に世代交代が進んでいるという印象を強く持ちました。また,研究のレベルも上がっていると思います。
 北海道立総合研究機構の丹保憲仁理事長が出席していました。


本の紹介:山,わが生きる力2016/05/16 14:17


山,わが生きる力
白籏史朗,山。わが生きる力。2003年8月,新日本出版社。

 山岳写真家,白籏史朗氏の哲学を絡めた体験記で,13年前に出版された本です。白籏氏のウェブサイトではエッセイ集となっていますが,なかなか重い内容を含んでいます。

 最初は山についての思いが書かれています。そして,少年時代から青年時代の山登りの話と続きます。
 山の写真撮影を仕事とするようになったとは言え,この本から伝わってくるのは,山というか自然の中に身を置いていたいという著者の強い願望です。

 「厳しかった登山の思い出」の章では,新雪期の北アルプス北鎌尾根を一人で踏破した記録,積雪期に釜無川支流の大武川を遡り仙水峠に登り南の浅夜峰(アサヨ峰)を目指した山行,富士川支流の早川から入り,沢を詰めて北岳に登り,農鳥岳を経て広河内岳から大井川に降り,ここで塩見岳から伊那谷へ行くという予定を変更した登山の記録などのほかにも,すさまじい山行の様子が述べられています。

 著者は中央アジアをはじめ海外の山にも登り,写真を撮っています。これらを含め,あの人を感動させる写真を撮るために,どれだけの精神力と時間と労力,そして費用がかかっているか。著者の生き様を含め感動を呼ぶ本です。


野幌森林公園2016/05/16 10:56

 札幌の東にある野幌森林公園は,南北の尾根を持つ野幌丘陵にあり,江別,札幌,北広島にまたがっている。公園の北西には酪農学園大学などの学校,道立図書館や北海道博物館がある。北東には野幌総合運動公園があり,陸上競技場,野球場,サッカー場,ラクビー場などがある。公園内には遊歩道があり,1周すると20km以上になる。

 もっとも行きやすいのは,大沢口と呼ばれている入口で駐車場とトイレがあり,自然ふれあい交流館がすぐ近くにある。

 5月14日に大沢口から自転車で公園内を巡った。

 大沢口の遊歩道脇にシラネアオイが咲いていた。入口右奥には大きなカツラの木がある。
 遊歩道脇にニリンソウとオオバナエンレイソウが群落をつくっている。


シラネアオイ
大沢口のシラネアオイ


ニリンソウ
ニリンソウ


オオバナエンレイソウ
オオバナエンレイソウ


群落
遊歩道脇のニリンソウとオオバナエンレイソウ

 野幌丘陵をつくっている地質は,下から裏の沢層(シルト層,凝灰質シルト・砂互層,軽石層),下野幌層(含貝化石砂礫層,細礫混り中〜粗粒砂層),音江別川層(礫層,シルト層,中粒砂層),竹山礫層,もみじ台層(砂礫層,砂層),小野幌層(礫層,シルト層,ローム層,泥炭),支笏軽石流堆積物,元野幌粘土層,江別砂層となっている。
 このうち,裏の沢層からもみじ台層までの堆積物には海の貝化石が含まれている。裏の沢層の年代は150万年前(前期更新世)とされている。
 小野幌層には洞爺火山灰が含まれている。江別のレンガ原料として使われているのは,この地層の粘土や砂である。


露頭
 遊歩道脇の崩壊地に見られる露頭


大沢池露頭
 大沢池の余水吐け流路に見られる露頭

 大沢池も瑞穂池も春紅葉の見頃であった。


大沢池
 大沢池
 

瑞穂池
 瑞穂池

 帰りに北海道博物館へ寄った。現在,第5回企画テーマ展「アイヌ民族資料を伝え守る力」(入場無料)が6月5日(日)まで開かれている。
 中学生以下,65才以上の人は,年齢の分かるものを見せると総合展示室に無料で入ることができる。展示室は明るく見やすく,時間をかけてじっくり見たくなる資料が一杯である。資料の写真撮影は,特別掲示があるもの以外かまわないそうである。小中学生の学習に大変便利である。


北海道博物館
 北海道博物館の玄関


野幌撓曲崖
 野幌丘陵北端から石狩低地へ下る坂道
 この付近では丘陵と低地の比高は20mほどである。都市圏活断層図では撓曲崖とされているが,活斷層があるというはっきりとした証拠は無いようである。


雁来大橋からの藻岩山
 国道275号の雁来大橋から見た藻岩山
 手前は豊平川,左手遠くの三角の山は札幌岳である。


本の紹介:「憲法改正」の真実2016/04/22 12:02


樋口_小林_「憲法改正」の真実
樋口陽一・小林 節,「憲法改正」の真実,2016年3月,集英社新書。

 目から鱗が何枚も落ちるような内容です。

 まず,この二人には,2015年9月19日に成立した平和安全整備法案と国際支援法によって,日本の戦後史上初めて権力者による憲法破壊が行われたと言う危機感が根底にあります。読んでいくと事の重大性が良く分かります。

 最初の成文の近代憲法は独立戦争後にできあがったアメリカ合衆国憲法です。そこでは,権力者たる生身の人間を管理するという目的が憲法の起源にありました(小林)。
 近代憲法ができた時から,憲法を守る義務は権力の側にあり,国民は権力者に憲法を守らせる側です。そして,権力を制限するという憲法の側面が「制限規範」と呼ばれ,これに対して,国民が憲法の制限された限りの権力を権力者に与えているのが「授権規範」的側面です(小林)。
 例えば,国会,内閣,裁判所がそれぞれの権利を行使できるのは,その範囲においてだけなのです。ですから,安倍総理(行政権だけを持つ)が「早く質問しろよ」とヤジを飛ばして国会の議事進行を促すのは,明らかな立法権(国会の権利)の侵害と考えられるのです(樋口)。

 2012年4月27日に決定された「日本国憲法改正草案 自由民主党」(自民党改憲草案)は,憲法学者から見ると憲法とは言えない代物です。
 この憲法は,明治憲法への回帰どころではなく,「慶安の御触書」です(樋口)。つまり,明治以前の法秩序に戻るようなものだという指摘が出されています。

 大日本帝国憲法が発布されたのは1889(明治22)年です。明治憲法の作成にあたっては,当時の「近代国家」を支える思想や概念を国の仕組みの中に生かしていくという意志が表れています(樋口)。
 その背景には,1858(安政5)年に結ばれた安政の五カ国条約の改正のために,日本が西欧的な基準に適合した「近代国家」であると認められる必要があったのです(樋口)。

 このような近代国家の仕組みが大きく変わったのが,1935年の天皇機関説事件でした。憲法の解釈を大きく変えて天皇は神様だから天皇の命令は絶対であると言うことになりました。
 そして,大事なことは自民党改憲草案を支持する人々は,この1935年から敗戦までの時代を再現したいと願っていると言うことです。

 自民党改憲草案では,「第十三条 全て国民は,人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公益および公の秩序に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大限に尊重されなければならない。」となっています。 
 『ここで言う「人」の意味は「犬・猫・猿・豚などとは違う種類の生きもの」といった程度の,本当に軽い存在としての「人」です。』(小林)。
 つまり,自民党改憲草案の「人」というのは,個性を持ち,権利を主張する個人としては尊重されないと言うことのようです。憲法の要の部分を破壊するのがこの条文だと言います。

 「権利には義務が伴う」という議論がよくされますが,これもおかしいと言います。自民党改憲草案では,国民は権利を持つが同時にその権利を行使するためには義務を負っていると言っているようです。しかも,「・・・,常に公益および公の秩序に反してはならない。」(第十二条)のです。

 何がおかしいか。国民は権利を保障されていて,それを国は守る義務があるとなっていれば,金を貸した者(返してもらう権利がある)と金を借りた者(返す義務がある)と言うことになり,普通に言う権利・義務の関係です。しかし,権利も義務も国民が負っているというのは明らかにおかしい。しかも,国に都合の悪いことはやってはならないと念を押しているのです。

 さらに,緊急事態条項,キメラのような自民党草案前文,九条改正議論にかけているもの,憲法制定権力と国民の自覚,憲法を奪還し,保守する闘いと続きます。



暖かくなってきた2016/04/22 11:56

札幌も,ようやく暖かくなってきた。

 豊平川端の柳が芽を出し緑に。
 空にはモヤが,かかっている。
 ツクシが伸びてきた。
 ヒバリも鳴き出した。


豊平川下流の夕暮れ
空が霞んでいる。遠くに藻岩山が見える。牧草は緑だが土手の草はまだ。

柳が緑に
豊平川の牧草地と河畔林。

ようやくツクシ
ツクシが伸びてきた。

競泳日本選手権が面白い2016/04/09 15:37

 オリンピック代表選考会を兼ねた競泳日本選手権は,今日で第6日。非常に面白い。各種目2人,派遣標準記録を決勝で突破した者という派遣基準。
 北島選手が代表になれなかったこと,内定選手の重圧から解放された池江選手の涙などなど,なかなか面白い。

 北島選手が200m平泳ぎで代表になれなかったあとのインタビューで,コーチのことを聞かれて涙を流し,インタビューしていたアナウンサーに「その質問はずるいでしょ」と言っていた。この時のインタビューで,北島選手は二度アナウンサーに抗議している。実績を積み重ねてきた北島選手だから言えることだけど,よく言ったと思う。

 インタビューするアナウンサーの質の悪さは前から感じていた。それに対して選手は誠実に答えているのが印象的だった。

 インタビューというのは,相互のやりとりで成り立つのだから,選手の反応に応じてインタビューする方も質問を臨機応変に変える必要がある。前もって作ったシナリオの質問をぶつけるだけならロボットで十分である。もっとも,今のロボットは,かなり学習能力があるから,かえって臨機応変に対応したりして。

 陸上競技も,こういう選考会をやってほしい。4年に1度の選考会に一度ピークを合わせ,選ばれた選手は本番に備えてもう一度調子を整える。その時間も十分に検討して代表選考の日本選手権行えば,見ている方も面白い。
 それが日本の陸上競技の向上につながると思うのだが。


本の紹介:ふりかえみればーわが生いたちの記−2016/04/09 14:02


星野通平:ふりかえみれば
星野通平,ふりかえみれば−わが生いたちの記−。2016年4月,「ふりかえみれば」刊行会。

 今年93才になる星野通平氏本人の回顧録である。

 星野道平(ほしの・みちへい)氏は,赤城山西麓の横野村(現渋川市赤城町)で1923(大正12)年に生まれた。利根川と吾妻川が合流する場所のすぐ東である。
 渋川中学校から府立豊島師範学校(東京学芸大学につながる)に入学し,地質学に興味を持った。昭和18年に東京高等師範学校に入学した。
 1945年8月15日の敗戦の日のことも語られている。
 「私はとっさに,“ああ、これで死ななくてもよくなった、勉強ができる、結婚ができる”という思いにかられた。」

 1946年に東京文理科大学の地質学科に入学した。教官として藤本治義,柴田秀賢,大森昌衛,牛来正夫,渡部景隆などがいた。この頃,井尻正二と知り合った。
 東京文理科大学地質学鉱物学教室では,戦後の科学研究の進め方についての意見交換を目的に「地と人の会」という活動が進められていた。

 1947年2月2日に上野の科学博物館で地学団体研究会(地団研)の設立準備会が開かれた。この会には東京大学,東京文理科大学,科学博物館の人たちが参集した。同年5月15日に地団研の創立総会が開かれた。

 一悶着があったものの,1950年に海上保安庁水路部に就職することができた。著者,28才である。
 水路部は明治4(1871)年創立の兵部省海軍部水路局がその前身で,当時の上層部は海軍武官の身分から研究者となった人で構成されていた。

 著者は水路部での仕事をまとめて学位論文を出した。この学位論文は,地学団体研究会の専報第7号「日本近海大陸棚上の堆積物について」(1958年)として印刷された。学位を授与してくれたのは,当時,東京教育大学の学長であった朝永振一郎であった。
 1962年には地団研双書第18号として「太平洋」を出版している。

 1964年に東海大学海洋学部へ移った。そして,海洋調査,国際学会を含む様々な学会の開催と参加,本の執筆などのエピソードが綴られている。

 1965年には"The Geologic Development of the Japanese Islands"(The Association for the Geological Collaboration of  Japan) が出版されたが,著者はその編集責任者を担当した。

 著者は井尻正二を大変慕っていて,何かにつけて名前が出てくる。井尻正二は,1913(大正2)年生まれであるから著者より10才年上である。
 大学の地質学教室や地質学会の民主化に果たした地団研の役割は,大きなものがある。おそらく,この運動が無かったなら日本の地質学の発展は非常に遅れたものとなっていたであろう。

 プレートテクトニクスとは違った観点から,地球の歴史を明らかにしようと努力してきた著者の生き様は見事というほかないと思う。

 なお,この本を入手したい方は,下記へ連絡して下さい。

 佐藤久夫(イー・ジー・サービス)
 005-0861 札幌市南区真駒内138−86
 電話 :090-7054-8024
 メール:sato@egs.co.jp


夏目漱石:私の個人主義2016/04/08 13:44


私の個人主義
夏目漱石,私の個人主義,1978年8月,講談社学術文庫。

 漱石と言えば,「吾輩は猫である」,「坊ちゃん」しか,私は読んだことがない。

 この本には,以下の講演が収録されている。

「道楽と職業」:明治44(1911)年8月,明石での講演
「現代日本の開花」:同じく和歌山での講演
「中味と形式」:同じく堺での講演
「文芸と道徳」:同じく大阪での公演
そして「私の個人主義」:大正3(1914)年11月25日,学習院の輔仁会(ほじんかい)での講演

 「私の個人主義」の講演を行った輔仁会というのは,学習院全体,つまり,幼稚園から大学さらに学校法人学習院の役員までが会員となる課外活動の中心機関で,現在も様々な活動を行っている。学習院は,1947年に仁孝天皇(こうにん・てんのう:明治天皇の2代前)が京都御所内に開設した学習所が始まりである。この前年に孝仁天皇は亡くなっている。

 この講演では,まず自分がどういう道を歩んできたのかを述べている。そして,イギリスに留学しているときに,西洋人が立派な詩であると言っても自分がそう思えなければ受け売りをすべきではないと考え,「自己本位」という四字を考えた。「その時私の不安は全く消えました。」という。
 「ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた!こういう間投詞を心の底から叫び出される時,あなたがたは始めて心を安んずる事が出来るのでしょう。」
 ここまでが,この講演の第一篇に相当する。

 自分の個性を発展させることができるようになったら,他人に対してもその個性を認めるのが当然である。自分が持っている権力を使おうとするのであれば,それに付随している義務についても心得ていなければならない。金力を示すのであればそれに伴う責任を重んじなければならない。
 この三つが大事である。

 「しかも個人主義なるものを蹂躙しなければ国家が亡びるような事を唱道するものも少なくはありません。けれどもそんな馬鹿気たはずはけっしてありようがないのです。事実私共は国家主義でもあり,世界主義でもあり,同時にまた個人主義でもあるのであります。」

 「国家的道徳というものは個人的道徳に比べると,ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる,ごまかしをやる,ペテンにかける,めちゃくちゃなものであります。」

 こうしてみると,今の国の運営の仕方は,100年前と何ら変わっていないことに気がつく。漱石先生,恐るべしである。

 なお,「私の個人主義」は「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp)から無料でダウンロードできる。



本の紹介:白井 聡著,永続敗戦論 戦後日本の核心2016/04/06 09:28


永続敗戦論
白井 聡,永続敗戦論 戦後日本の核心(2013年3月,太田出版)

 なかなか難しい本である.

 まず,「永続敗戦」とは何を言っているのか.
 今の日本は,現実に進行している事態を否認する「否認の構造」が崩壊し,「本音モード」に入ってきている.
 「戦後」を批判し否定してきたのは主に右派勢力であった.8月15日を「終戦記念の日」と呼ぶ.実際には,ポツダム宣言を受諾することによって,日本は戦争に負けたことを認めたのである.その結果として,対米従属構造が永続化される一方で,敗戦を否認するという日本人の大部分の歴史認識・歴史的意識の構造が変化していない.

 『敗戦を否認しているがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる。かかる状況を私は、「永続敗戦」と呼ぶ。』(本書,48ページ).

 尖閣諸島や竹島,千島列島の領土問題の本質について述べた部分も掘り下げた議論がなされている.

 実感として,今の日本が歴史的な,つまり,ある程度長い期間で見て曲がり角に来ているのを感じる.やや古い本であるが,今読むに値する内容である.