野田徹郎氏の講演2012/10/03 07:16

 地熱をエネルギーとして利用することは,日本の自然条件を考えると非常に有利なことだと思うけど,なかなか進まない.この講演で少し希望が持てた.

講演する野田徹郎氏


 北海道環境地質研究会の例会で,産総研の野田徹郎氏が「地熱発電と温泉の関係」と題して講演をしました.

 現在,大気中の二酸化炭素濃度は390ppmを越えています.過去40万年間に,現在を含め4回の温暖期がありましたが,32万年前に300ppmになったのが最大値で,これほどの高い値を示すのはこの40万年間で初めての事態です.人間の活動がどの程度温暖化に影響を与えているのか,本当に温暖化しているのかといった議論はありますが,大気中の二酸化炭素が増大し続けているという異常な事態になっていることは間違いないことです.

 地熱発電は、発電時に二酸化炭素を排出しない,純国産の再生可能エネルギーであるという特徴があります.また,再生可能エネルギーの中では太陽光発電や風力発電のように天候に左右されません.設備利用率は70%と太陽光発電や風力発電の3〜6倍となっています.
 ちなみに,原子力発電の設備利用率は60%(経産省,2009,「平成20年度の原子力発電所の設備し量率について」)です.
 石油に関しては,油田の発見は1950年から1970年がピークで、生産量は1970年代初めまで急増しましたが,その後,漸増で推移しています.21世紀前半には石油貧窮に陥り最終石油危機が到来します.また,石油価格は,この30年で1バレル(約160リットル)当たり20ドルから100ドルへと上昇しています.

 地熱発電は1996年以降,認可出力が500MWで押さえられていて,1997年以降,年間発電電力量が3,700GWhから3,000GWh程度に減少しています.これは,国の政策が大きく影響しています.
 地熱資源の開発プロセスにおける課題は次のことがあります.
1)規制によって地熱開発が出来ない.
2)初期投資コストが大きい.
3)多額の建設費用の調達が必要である.
4)発電コストが高い.

 北海道では,豊羽,武佐岳,阿女鱒岳,阿寒,白水沢,美瑛,奥尻などで地表調査,探査が進んでいます.電力会社が開発を進めている地点はありません.
 道内で稼働している地熱発電所は森発電所があります.定格出力5万kWのところ2010年現在,1.5万kW程度の発電量しかありません.原因は,当初計画が過大で定格出力分の蒸気が取れないことです.2012年9月に定格出力は2.5万kWに変更されました.

 地熱発電の方式には二つあります.一つは生産井からの蒸気で直接タービンを回す「フラッシュ蒸気プラント」,もう一つは生産井からの高温水の熱を熱交換器を通して炭化水素などの物質に伝えてタービンを回す「バイナリサイクル発電プラント」です.フラッシュ方式の場合,熱水の温度は150℃以上は欲しいです.バイナリサイクル方式では70℃〜150℃程度の温度で発電出来ます.

 地熱発電と温泉との関係ですが,一般的には地熱貯留層は温泉貯留層よりも地下深くにあるので,両者の関係を明らかにし,降雨などによる水の供給量と地熱発電や温泉で汲み上げる熱水の量のバランスを取れば問題ないと考えます.深い方から地熱貯留層,不透水層,温泉貯留層と分布していて,地熱発電の方がより地下深くの貯留層から蒸気や熱水を取り出すので,この取り出す量が過剰にならなければ温泉に影響は及ぼさないと考えます.
 

地熱貯留層と温泉との関係(野田氏の講演資料から作成)


 地熱貯留槽と温泉貯留槽の関係は5つのパターンに分けられます.
1)同一熱水型(タイプI):地熱発電も温泉も同じ地熱貯留層から採取しているタイプです.地熱発電による蒸気採取の影響が直接温泉の泉源に現れます.熱水の成分は塩化ナトリウム(NaCl)が主体です.
2)熱水浸出型(タイプII):深くにある地熱貯留層から不透水層を通じて熱水が少し滲み出している場合です.温泉貯留層へも天水(降雨が地下に浸透したもの)が供給され, 地下深くからの熱水と混ざり合って温泉の供給源となっています.温泉の成分は濃度の低いNaClです.
3)蒸気加熱型(タイプIII):地熱貯留層から温泉貯留層へ熱水はほとんど上昇してきませんが,温泉貯留層で天水が地熱貯留層からの蒸気によって暖められている場合です.温泉の成分は酸性でSO4が主になります.
4)伝導加熱型(タイプIV):地熱貯留層と温泉貯留層に間に完全な不透水層があって熱水が直接上昇せず,地熱貯留層の熱だけが温泉貯留層に伝わるタイプです.
5)独立型(タイプV):地熱貯留層と温泉貯留層の間に不透水層があり,しかも両者が離れていてほとんど相互に影響しないタイプです.この場合は,地熱発電の影響は出ないと考えて良いです.

 つまり,地熱貯留層と温泉貯留層との関係,両者の間にある不透水層がどの程度相互影響を遮断しているかと言うことと同時に,両者が同じ水系に属しているのかと言うことも重要な点です.同じ水系内の温泉相互,生産井相互の影響が最も大きいからです.


温泉の変動の影響による分類と特徴(野田氏の講演資料から作成)


 温泉の状態が変動する原因は,上の表に示すような4つに分けられます.
 温泉の変動の原因で多いのは,温泉相互作用です.例えば,箱根の温泉は地熱開発は行われていませんが,30年間の変動を見ると泉源数,湧出量とも激減している温泉が数多くあります.全体として泉源数は,381→309,自噴泉の湧出量が,11,091L/min→3,659L/min,動力泉の湧出量は,15,700L/min→14,835L/minとなっています.

 大分県の八丁原・大岳発電所の周辺の温泉では,自然湧出泉の枯渇や温度低下,湧出量の減少が見られました.長期的な自噴量を見ると非常に緩やかに減少しています.これが地熱発電の影響と考える人がいましたが,この原因は動力源泉による揚湯量の急激な増加であることが分かりました.

 地熱発電による温泉への影響を見る上で重要なのは,地熱貯留層全体の圧力と噴出量の変化です.モニタリングにより熱水が安定的に採取されていることを確認することです.また,地熱貯留層と温泉貯留層の繋がり具合を把握して,地下構造,熱水供給路などのモデルをつくり,影響の可能性がある場合はシミュレーションで適性採取量を把握するのが有効です.

 地下熱エネルギーは多様な利用が可能です.15℃程度の地温でもヒートポンプによる熱交換で利用することが出来ます.温泉として利用することはもちろんです.さらに高温の熱水は発電に利用します.
 平成22年度現在で,全国で地熱電所数は17,総発電電力量は2,652,214MWhです.温泉数は27,671(平成20年度)です.

 温泉と地熱は一体の地下熱資源ですので両者が得をするような利用を考えるべきです.日本の地熱資源量は2,347万kWで,世界的に見てもアメリカ,インドネシアに次いで3番目です.アイスランド,ニュージーランド,イタリアなどの4倍強の資源量です.地域の特色を活かしたエネルギー源として利用していく必要があります.


トイヒラの地名の由来2012/10/03 21:52


 とりとめのない話しですけど,アイヌ語の地名は地形条件を上手に表現していると思います.

 札幌は豊平川扇状地に建設された街です.扇状地ですから川の流路は網状で増水の度に流路を変えていました.最も有名なのが,1801(寛政12)年あるいは1802(享和元)年の洪水によって,今の伏籠川へ流れていた豊平川の流路が,今の豊平川へ変わったことです.当時,対雁川(ついしかり・がわ)と呼ばれていた川へ切り替わったのです.
 現在の雁来大橋(かりき・おおはし)から下流は,豊平川下流の洪水を防ぐことを目的に1941(昭和16年)に完成した捷水路(ショートカット)です.

 トイヒラ(樋平)あるいはトイピラと言うのは,tui-pira(崩れる・崖)という意味です.松浦武四郎の西蝦夷日誌に「サッポロ(川).急流.南(東)岸をトイピラと云.茅や一棟.トイピラは土崩平の義」(山田秀三,2000,29p)と書かれていて,「松浦氏は平を崖の意味で使った.」(同前)そうです.
 松浦武四郎は安政5年1月(旧暦)に虻田に着き,羊蹄山登山の途中で一泊して山頂に立ち,降りてきて喜茂別川を遡り,薄別川(多分)から豊平川を下り,トイヒラに出て銭函,石狩へと調査をしています.

 では,「トイピラ」と言うのは何処でしょうか.現在の豊平川扇状地は約1万年前には藻岩山の山麓付近を流れていて,その後,次第に東へ移ってきました.その前は,現在の豊平川の東にある平岸面(段丘)と呼ばれる扇状地でした.この平岸面を削って今の豊平川は流れています.つまり,平岸面(段丘)の崖が増水の度に洗われて崩れていたのだと考えられます.

 一番はっきりしているのは精進川がつくっている崖です.高い所では5mほどの高さがあり,急崖を形成しています.例えば,幌平橋を渡って地下鉄南北線の中の島駅を過ぎると緩い上り坂になります.これが精進川右岸の崖で,環状通でも坂になっています.この崖は精進川が弧を描いて平岸1条3丁目で豊平川に合流する手前まで追うことが出来ます. この辺りの精進川は,昔の地図を見ると豊平川の分流であったことが分かります.そして,中の島は文字通り豊平川の中州だったのです.

 精進川の合流点より下流の平岸と水車町の境付近までは,中の島通りのすぐ川寄りに最大高さ3mほどの小さな段差が辛うじて認められます.ここでは,中の島通りは平岸面の縁を通っているようです.


写真1 環状通が平岸面に登っていく坂


写真2 地下鉄南北線・中の島駅の道路が精進川の右岸に登っていく坂


写真3 平岸1条2丁目付近の小さな崖
 車が通っている所が一段高くなっている.


 江戸時代末期から明治初めにかけて豊平橋の近くに渡船場があり,東に志村鐵一,西に吉田茂八が渡守として住んでいました.増水時には川は渡れませんから川止めの時の宿や駅逓も兼ねていたそうです.

 明治6年に箱館から札幌までの札幌本道(道幅が6.7m〜13.3m)が完成します.札幌本道出来形図というのがあります.これを見ると,札幌本道はそれまでの札幌越新道(銭函から札幌,千歳を経て勇払に至る道幅が二間<3.6m>を標準とした道路)の渡船場よりも上流に設けられているのが分かります.

 豊平橋の右岸(豊平4条1丁目)にルネッサンス・サッポロホテルがありますが,その川側に「札幌開祖志村鐵一碑」が建っています.この碑の由来記に,「この地より約百二十米川下が氏の住宅の遺跡たり」と書かれているのは,多分,上に述べたように札幌本道の位置がそれまでの道より上流になったためと考えられます.


写真4 札幌開祖志村鐵一碑
 この碑の石は藻岩山の基盤をなしている西野層の角閃石デイサイトと思われます.周辺を囲んでいるのは札幌軟石です.ただし,碑の基礎になっている石は札幌軟石と少し違う印象です.
 台座の裏には「氏は信州の剣客/にして石狩調役/荒井金助の召に/応じ安政四年移/住幕命を受けて/豊平川渡守となり/駅逓を兼ぬこの地ハ/氏の住宅の遺趾/た里/大正十年記」と彫られています.判読出来ない文字があり,これで正しいかどうか分かりません.志村鐵一は信州の剣客でした.


写真5 豊平川左岸にある「札幌開祖吉田茂八碑」
 吉田茂八は大友堀に繋がる南3条から南6条の堀の工事を請け負いました.この部分を吉田堀と呼んでいました.
 札幌本府高見沢権之丞見取図(明治3年)には,南1条付近に「茂八」と書かれた住宅が描かれています.


 なお,ここで紹介した古い地図類は「北大附属図書館 北方資料データベース」で見ることができます.
<http://www.lib.hokudai.ac.jp/>

「日本列島“大変動期” 最悪のシナリオの備えろ」2012/10/09 17:56



 NHK取材班による本です.今回の東日本大震災で得られた様々な観測記録から,日本列島の地震・津波災害について何が言えるのかをまとめたものです.

 さすがNHKと思わせる取材力で,第一線の成果を紹介しています.3.11の地震が巨大化したメカニズムとして,これまで認識されていなかった超巨大なアスペリティが動いたこと,さらにプレート間の変動が宮城沖から福島沖へと場所を移して行ったこと,これまで地震が起きないとされていた海溝寄りの浅いプレート間でも変位が発生したこと,海底地すべりが発生していたことなど,総合的に今回の地震のメカニズムに迫っています.

 今回の地震で日本列島だけでなく,全世界的に地震の活動期に入ったのではないかと言う.地震考古学からのアプローチも紹介されています.さらに,巨大地震と火山噴火との関係についても述べられています.

 今回の地震で何が分かったのか,我々はどう備えなければならないのかを考えさせてくれる内容です.


最高の天気の摩周湖2012/10/09 21:02

 10月8日に北海道東部の景勝地を巡ってきました.ここでは,川湯温泉の硫黄山,摩周湖を紹介します.

 アトサヌプリ火山(川湯温泉の硫黄山)は,屈斜路カルデラのカルデラ内に形成された後カルデラ火山で現在も活動中です.アトサヌプリ火山自体は,成層火山の形成→軽石噴火・カルデラ形成→溶岩円頂丘群の噴出という活動史を持っていて,現在活発に噴気を挙げているのは,アトサヌプリ山新期円頂丘溶岩と呼ばれるものです.この新期溶岩の周辺には古期溶岩が分布していて,北西に位置するマクワンチサップ,サワンチサップ,南西のリシリなどの溶岩ドームがあります.これら火山は約1万年前から活動していて岩質はデイサイト質です.

 アトサヌプリの見所は,何と言っても噴気孔に直接触れられることです.シューシューと音を立てて蒸気が噴出している噴気孔の回りには黄色い硫黄の結晶が付いています.また,噴気孔から流れ出している水をなめると,ピリッとした酸性水独特の味を経験することが出来ます.

写真1 摩周湖第三展望台からのアトサヌプリ
 中央の灰色の山がアトサヌプリ,その背後にマクワンチサップ,右にサワンチサップが見える.


写真2 アトサヌプリ


写真3 アトサヌプリ
 噴気孔とその周辺の硫黄の結晶


 アトサヌプリを後にして,摩周湖のカルデラ壁のつづら折れを登っていきます.登るに従ってアトサヌプリとその背後の屈斜路湖が見えてきます.カルデラ壁の尾根に着くとすぐに第三展望台があります.標高が660mで第一展望台より約100m高いのです.

 この展望台で西を見ると硫黄山,マクワンチサップ、サワンチサップが間近に見え,その向こうに屈斜路湖が横たわっています.そして,南西に阿寒富士,雌阿寒岳,雄阿寒岳が見えます.北東には斜里岳も見えます.湖面には溶岩ドームであるカムイシュ,その向こうにカムイヌプリ(摩周岳)です.

写真4 湖面のカムイシュと対岸のカムイヌプリ


写真5 左から阿寒富士,雌阿寒岳,雄阿寒岳


写真6 カムイヌプリと遠方の斜里岳

紀伊半島における四万十付加体研究の新展開2012/10/14 10:44



 プレートテクトニクスの考えにもとづいて紀伊半島の四万十帯の地質を解明した論文集です。紀州四万十帯団体研究グループの編著です。

 かって、紀伊半島の海岸線を通る高速道路のトンネル調査に関わったことがありました。泥岩主体の地層では、土被りが50m ほどしかない所で天端崩落が頻繁に発生しました。切羽近傍では掘削によって割れ目が開いて、地山弾性波速度が極端に小さくなっていることが分かりました。付加体堆積物の怖さを実感した現場でした。

 この論文集は、第一部:四万十付加体の地質と構造、第二部:四万十付加体に関する諸問題、再三部:構造発達史、からなっています。巻末には「紀伊半島四万十帯(四万十付加体)20万分の1地質図」(カラー)が付いています。

 四万十帯には堆積時の初生層序が成り立つ付加体があり、これに対して付加シークエンスという用語を用いていて、複合岩類である付加コンプレックスと区別しています。

 現在、紀伊半島沖で地球深部探査船「ちきゅう」による深部掘削が進行中ですが、前期中新世までの四万十付加体の地質がまとめられたことの意味は大きいと思います。

申し込みは下のところにメールで出来ます。
 chidanken@tokyo.email.ne.jp