トイヒラの地名の由来2012/10/03 21:52


 とりとめのない話しですけど,アイヌ語の地名は地形条件を上手に表現していると思います.

 札幌は豊平川扇状地に建設された街です.扇状地ですから川の流路は網状で増水の度に流路を変えていました.最も有名なのが,1801(寛政12)年あるいは1802(享和元)年の洪水によって,今の伏籠川へ流れていた豊平川の流路が,今の豊平川へ変わったことです.当時,対雁川(ついしかり・がわ)と呼ばれていた川へ切り替わったのです.
 現在の雁来大橋(かりき・おおはし)から下流は,豊平川下流の洪水を防ぐことを目的に1941(昭和16年)に完成した捷水路(ショートカット)です.

 トイヒラ(樋平)あるいはトイピラと言うのは,tui-pira(崩れる・崖)という意味です.松浦武四郎の西蝦夷日誌に「サッポロ(川).急流.南(東)岸をトイピラと云.茅や一棟.トイピラは土崩平の義」(山田秀三,2000,29p)と書かれていて,「松浦氏は平を崖の意味で使った.」(同前)そうです.
 松浦武四郎は安政5年1月(旧暦)に虻田に着き,羊蹄山登山の途中で一泊して山頂に立ち,降りてきて喜茂別川を遡り,薄別川(多分)から豊平川を下り,トイヒラに出て銭函,石狩へと調査をしています.

 では,「トイピラ」と言うのは何処でしょうか.現在の豊平川扇状地は約1万年前には藻岩山の山麓付近を流れていて,その後,次第に東へ移ってきました.その前は,現在の豊平川の東にある平岸面(段丘)と呼ばれる扇状地でした.この平岸面を削って今の豊平川は流れています.つまり,平岸面(段丘)の崖が増水の度に洗われて崩れていたのだと考えられます.

 一番はっきりしているのは精進川がつくっている崖です.高い所では5mほどの高さがあり,急崖を形成しています.例えば,幌平橋を渡って地下鉄南北線の中の島駅を過ぎると緩い上り坂になります.これが精進川右岸の崖で,環状通でも坂になっています.この崖は精進川が弧を描いて平岸1条3丁目で豊平川に合流する手前まで追うことが出来ます. この辺りの精進川は,昔の地図を見ると豊平川の分流であったことが分かります.そして,中の島は文字通り豊平川の中州だったのです.

 精進川の合流点より下流の平岸と水車町の境付近までは,中の島通りのすぐ川寄りに最大高さ3mほどの小さな段差が辛うじて認められます.ここでは,中の島通りは平岸面の縁を通っているようです.


写真1 環状通が平岸面に登っていく坂


写真2 地下鉄南北線・中の島駅の道路が精進川の右岸に登っていく坂


写真3 平岸1条2丁目付近の小さな崖
 車が通っている所が一段高くなっている.


 江戸時代末期から明治初めにかけて豊平橋の近くに渡船場があり,東に志村鐵一,西に吉田茂八が渡守として住んでいました.増水時には川は渡れませんから川止めの時の宿や駅逓も兼ねていたそうです.

 明治6年に箱館から札幌までの札幌本道(道幅が6.7m〜13.3m)が完成します.札幌本道出来形図というのがあります.これを見ると,札幌本道はそれまでの札幌越新道(銭函から札幌,千歳を経て勇払に至る道幅が二間<3.6m>を標準とした道路)の渡船場よりも上流に設けられているのが分かります.

 豊平橋の右岸(豊平4条1丁目)にルネッサンス・サッポロホテルがありますが,その川側に「札幌開祖志村鐵一碑」が建っています.この碑の由来記に,「この地より約百二十米川下が氏の住宅の遺跡たり」と書かれているのは,多分,上に述べたように札幌本道の位置がそれまでの道より上流になったためと考えられます.


写真4 札幌開祖志村鐵一碑
 この碑の石は藻岩山の基盤をなしている西野層の角閃石デイサイトと思われます.周辺を囲んでいるのは札幌軟石です.ただし,碑の基礎になっている石は札幌軟石と少し違う印象です.
 台座の裏には「氏は信州の剣客/にして石狩調役/荒井金助の召に/応じ安政四年移/住幕命を受けて/豊平川渡守となり/駅逓を兼ぬこの地ハ/氏の住宅の遺趾/た里/大正十年記」と彫られています.判読出来ない文字があり,これで正しいかどうか分かりません.志村鐵一は信州の剣客でした.


写真5 豊平川左岸にある「札幌開祖吉田茂八碑」
 吉田茂八は大友堀に繋がる南3条から南6条の堀の工事を請け負いました.この部分を吉田堀と呼んでいました.
 札幌本府高見沢権之丞見取図(明治3年)には,南1条付近に「茂八」と書かれた住宅が描かれています.


 なお,ここで紹介した古い地図類は「北大附属図書館 北方資料データベース」で見ることができます.
<http://www.lib.hokudai.ac.jp/>

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