稼げる大学」はどこへ行く? ― アカデミック・キャピタリズム再考 ― 2024/05/06 19:14
2024年4月30日午後1時30分から同5時まで、表示シンポジウムと現場からの問題提起の会が開かれました。主催は、隠岐さや香研究室+大学横断ネットワーク(「稼げる大学」法の廃止を求める大学横断ネットワーク)です。
プログラムは次のとおりです。
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司会進行:隠岐さや香(東京大学/科学史/大学横断ネット呼びかけ人)
米田俊彦(お茶の水女子大学[名誉]/教育史/大学横断ネッ ト呼びかけ人)
第Ⅰ部 シンポジウム
■パネリスト
・本田由紀(東京大学/教育社会学)「国立大学法人法の変更と国立大学の危機」
・堀口悟郎(岡山大学/憲法学)「国立大学の統治構造」
・田中智之(京都薬科大学/薬理学/日本科学振興協会理事)「『選択と集中』の何が成果か?」
■コメンテイター
光本滋(北海道大学/高等教育/大学横断ネット呼びかけ人)
第Ⅱ部 それぞれの現場からの問題提起
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<隠岐さやか香氏>
2004年にS.スローター、G.ローズの「アカデミック・キャピタリズムとニュー・エコノミ―市場,国家,高等教育」が出版されました。
日本では2014年に国立大学の法人化が行われました。その結果、新自由主義的なガバナンスが行われるようになり、大学内での自由の制限、トップダウンによる決定、労働環境の悪化、モニタリングと評価が行われるようになりました。
それまで知識が公有化されていたのが私有化され、特許の取得が奨励され、研究と商業の境目がなくなりました。学生は消費者と位置付けられました。
稼げる大学が目標となりました。
<指宿昭一弁護士>
大学自治の危機は過去にもありました。
1982年、東大キャンパスでポポロ座事件が起きました。松川事件を題材とした劇を上演していたところに警官のスパイが入っていました。学生達が見とがめて警察手帳を取り上げました。裁判は最高裁までいき、公共の場であるからスパイが入っても良いという判決が確定しました。この時、大学は学生達を守ろうとしました。
今日はどうなっているか。学内で政策に影響する行事はダメだと言われます。学内での撮影は許可制となっていて、主催者は撮影をしません。報道陣は自らの判断で行動することになります。
筑波大学では「芝生で本を読むデモ」が禁止されました。
第I部 シンポジウム
<本田由紀氏>
日本の高等教育は異常な構造になっています。
高等教育の拡大は私学セクターが担っていて、学費が高い、学生数が多い、人文社会系が多いという構造です。学資の私費負担は、OECD平均で31%ですが日本では67%です。
国立大学は2004年に法人化され運営費は削減されつづけています。国立大学の授業料を私立大学並みの150万円にするという話も出ています。
アカデミック・キャピタリズムさえ機能せず、大学の経済成長と防衛技術研究が目的とされています。
富裕層が国立大学へ、非富裕層は私立大学へとなっています。貸与型奨学金は社会に出てからも負担となっていて、非婚化、少子化の原因の一つとなっています。
2024年4月22日の日本学術会議第191回総会での豊田長康氏の講演は圧巻でした。
日本の研究力は国際的に低下しています。重点化と法人化がその原因です。研修制度を設け薬学部は6年生となりました。
2024年4月19日に朝日新聞が国立大学法人化20年に当たって学長アンケートを実施しています。それによると、大学間の格差、専門分野ごとの研究・教育の格差が広がったという回答が多くありました。トイレが直せない、雨漏りを放置しているといった状況になっています。
2023年12月には国立大学法人法が改定されました。そこでは、東大、京大など5大学に強大な権限をもつ運営方針会議の設置が義務づけられ、長期計画、予算執行が決められることになります。運営方針会議の委員は、文部科学大臣が承認し学長が任命します。運営方針会議では学外構成員の賛成が議決の要件となります。
政府は国立大学法人に金を出したくないけど、運営権限は握りたいと考えています。高等教育、研究は衰退し崩壊する危険があります。
研究には富士山のような広い裾野が必要です。日本では、アカデミック・キャピタリズムさえ機能しない体制がつくられようとしています。
<堀口悟郎氏>
国立大学の統治構造が変容しています。
法人化から20年が経ち教員の労働環境、教員の採用、基礎的研究教育資金などが悪化しています。トップダウンと学外者の関与が強まっています。
法人化前は、国立大学は文部科学省の行政組織で国家からの直接介入はありませんでした。
法人化を進めた有馬朗人氏は国立大学が法人格を取得すれば政府の干渉が切れると考えました。法人の教員は公務員型で国が面倒を見ると考えたのです。
しかし、文部科学省の財政による間接統治が始まりました。つまり、国立大学法人を通して国立大学を統治するという形で文部科学相の権限が強化されました。それに加えて、官邸や他省庁の間接統治が行われるようになりました。
公立大学の統治もボトムアップからトップダウンへと変化しました。国立大学法人は学長の権限が強くなり、大学では決定は学長が行うようになりました。
フランスでは管理運営評議会というのがあって、教員、職員、学生、学外者が評議員となっています。しかし、民主主義の発想に基づく制度設計となっています。
アメリカではシェアド・ガバナンスという制度になっていて、理事会、執行部、教員それぞれの役割と権限、意志決定過程が明確になっています。
日本の大学の統治方法は、学長の権限強化、学外者の権限拡大、経済界の人間が関与するという方向へ進んでいます。その典型が国際卓越研究大学です。
打開の方向としては、大学のガバナンスは憲法に基づいたものとすること、資金配分についての自治を確立すること、学問共同体の自立を確立することです。
<田中智之氏>
2018年に週刊東洋経済ONLINEに「大学が壊れる」という特集が掲載されました。
米欧などには、アカデミーのほかにアドボカシー・グループというのがあります。日本では日本学術会議(1949年設立)に対して日本科学振興協会(2022年設立)があります。
研究者の予算執行規模を見ると約3%の研究者が予算の約30%を使用しています。
2016年以降、多様性がなくなり、生産力・国際的評価が低下し、成果が上がっていません。
政策決定のプロセスが不透明でフィードバックがありません。重要人物の方針で物事が決まっています。
ムーンショット型研究開発が2019年に始まりました。この計画の特徴の一つは、失敗を許容しながら革新的成果を発掘、育成することで、「失敗」という概念が消滅していることです。
<光本 滋氏>
コメント
アカデミック・キャピタリズムは、いずれ破綻します。どう変えていくか。
国立大学の法人化によって大学の自主性が保たれ政府の干渉を切ることができると有馬朗人氏は考えました。
しかし、アカデミック・キャピタリズムは、1)学問の自由という点では研究力が低下し研究者の層が薄くなり自由な研究を行うために独立するということがなくなり、2)大学の自治という点では立憲的デザインによる制度的自由が必要です。
第II部 それぞれの現場からの問題提起
<広島大学、斉藤氏>
広島大学では三つの問題があります。
第一は、学長選考規定の改悪です。
現在の越智学長は二期8年務めましたが、三期12年に規定を改悪しました。
第二は、学内民主主義の破壊です。
学長選考での学内投票を廃止しました。
第三は、新人事制度と新教員評価です。
人事権が学術院会議に移りました。部局で必要と判断した教員について人事委員会、学長が覆すことができるようになりました。
その結果、教員、職員が疲弊し、沈黙するようになりました。忖度と分断が発生しています。
<千葉大学、松井氏>
数学者ですので、個人研究が主です。
2024年1月に学長選挙がありました。教職員に対する意向聴取で2位の横手孝太郎氏(医学部)が学長になりました。これに対して大学側の説明は、意向聴取は参考で1位の山田 賢氏(人文科学研究院)は英語論文がないのでダメと判断したとのことでした。ちなみに、山田氏は中国史の専門家で、中国語での論文を多数発表しています。
この事態に、7つの教授会から選考結果に対する意見書が提出され14,000名の署名が集まりました。3月に学長選考・監察委員会の議長見解が示されましたが、意向聴取の結果を参考にするという点には触れていません。
4月には学外委員と学内委員からなる学長選考・監察会議で選考ルールの検討を行うことになっています。
<近畿大学、藤巻氏>
近畿大学には四つの労働組合があります。その一つが近畿大学教職員組合です。
近畿大学の建学の精神は、実学教育と人格の陶冶です。稼げる大学の精神を先取りしていたと言えます。2014年に近畿大学整備計画が立てられ、400億円から700億円を投入するとされています。
<大阪公立大学、西垣氏>
大阪公立大学は、大阪市立大学と大阪府立大学が統合して2022年4月に誕生しました。財政基盤はそれなりに安定していて、財政、人事は独立的です。
問題は、大学内と社会全体にあります。大阪公立大学では防衛装備庁の資金を導入しています。
<東京大学、学生有志>
今の学生は2001年から2003年生まれが多いです。現状が当たり前になる前に何とかしたいと考えています。
問題はいろいろあります。工学系では予算が使い切れていません。一方で、雑誌購入の要望が通りません。選択と集中ということでサークル活動が有料になるかもしれません。博士号取得は就職に不利になるので避ける傾向にあります。英語の外部試験が必須になりそうになりました。
<感 想>
大学が、そして日本の教育研究環境が危機的状況にあることがよく分かりました。学問の裾野を広げるのではなく、集中的に一部の大学に資金をつぎ込み、産業界の人間が実質的に統治するというやり方は学問の衰退を招くことは明らかです。
「今だけ金だけ自分だけ」という新自由主義の方式を大学運営に大幅に取り入れることで、長期的に見たら日本の科学技術、文化は衰退の一途を辿ることになると考えます。
なお、豊田長康氏の講演資料は下のウェブサイトから入手できます。
< https://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/sokai/siryo191.html >
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