狩勝峠の鉄道遺産2011/07/28 21:53

 2011年7月28日に土木学会北海道支部主催の「北海道の東西を結ぶ峠の物語〜旧狩勝産の鉄道遺産と全線開通間近の道東道」という見学会が行われました.今回は,狩勝峠新得側の鉄道遺産について述べます.

 私が感動したのは新内(にいない)隧道です.今回は新得側の坑口を見ました.1904(明治37)年に完成し,すでに100年以上経っていますが,この工事に携わった人たちの,良いものを造ろうという気迫が伝わってくる佇まいを見せています.
 特に坑門の上半アーチは見事で,天端には一回り大きな要石が配置されています.下半は坑門もトンネル本体も石積みでがっちりと上半を支えています.これらの石が十勝溶結凝灰岩を使っているのか花崗岩や安山岩なのかは判定できませんでした.それぞれの石のブロックは加工に苦労したような形をしています.
 トンネルの形は綺麗な馬蹄形です.見事というほかない形です.下半は坑門部を含めて石積みです.トンネル本体の上半はコンクリート覆工です.
 この付近を構成する地質は,日高変成帯上部花崗岩の佐幌岳岩体です.新内トンネルの落合側は崩落していてマサ状の土砂がトンネル内に堆積しています.トンネルの下からは冷たく清冽な水が湧き出しています.


新内隧道の新得側坑口
綺麗な馬蹄形の断面で,石のブロックでアーチを造っています.


アーチの要石
ちょっと大きめの石を使っています.


トンネル本体下半の石積み
現在でもほとんど狂いはなく綺麗に揃っています.


この感じが何とも言えない趣があります.


 新内隧道の標高は約450mでさらに50mほど登って狩勝トンネルの坑口に達します.次に紹介する小笹川橋梁付近から狩勝隧道までの間は平均勾配25/1000で計画されました.2.5%の勾配ですから鉄道としては急勾配です.この勾配を維持するために4つのヘアピンカーブが設けられました.その中でも,「大カーブ」と呼ばれるものは高さ16mの築堤で線路を通しました.

 新内隧道に行く道の途中に,「新内沢の大築堤」というのがあります.注意していないと通り過ぎてしまいますが,遙か下を沢が流れているので分かります.水路橋を築いて高さ80mの盛土をして線路を確保しています.

 国道38号を新得方向に下っていくと右側に「ラーメンのロッキー」があります.その裏に小笹川橋梁があります.この橋が横断しているのは下新内川です.橋の幅は約9m,高さ約7m,アーチ径4.6mの煉瓦造です.アーチは煉瓦を縦にして6列積んでいます.側壁下部が凍結融解によると思われる剥離を起こしていますが,全体としては十分機能を保持しています.


小笹川橋梁
煉瓦積みのアーチ橋です.


小笹川橋梁の上から下新内川を見たところです.


 そばの里の裏に旧狩勝線の線路跡があります.現在は遊歩道になっています.狩勝峠を新得側に降りてくると,途中から緩い直線の道路になります.この付近は旧狩勝線も直線で一定勾配となっています.その様子がそばの里の裏の遊歩道で良く分かります.狩勝線が使われなくなったあと,この直線は実験線として,衝突,脱線,火災などの実験に使われたそうです.
 現在はマサを敷いて歩道として整備されていてとても歩きやすい,走りやすい道となっています.

 国道38号新得側の3合目付近にウェスタンビレッジサホロがあります.ここは,旧狩勝線の新内駅があったところで,蒸気機関車59672機と寝台車があり,資料館となっています.この59672蒸気機関車は,1922(大正11)年に川崎造船所兵庫工場で製作され,1975(昭和50)年に廃車になるまで53年間で2,537,498.3km走ったそうです.この資料館の鉄道模型は,なかなかの見ものです.また,前と後ろに蒸気機関車がついて大カーブを登っていく写真もあります.

59672機の正面
後ろに資料室となっている車両と寝台車がつないであります.寝台車は匂いまで昔の匂いそのままです.


 狩勝峠の落合側でも旧狩勝線の鉄道遺産を見ることができます.

 新得側,落合側を含めた「旧狩勝線ガイドマップ」(定価200円)があります.A3縦で写真付きの見やすい案内です.