講演会報告:「土壌汚染に関するリスクコミュニケーション」2010/08/05 12:01


 表記のセミナーが2010年7月28日(木)13時30分から16時30分まで,ホテル札幌ポールスターで開かれた.
 日本環境協会が全国で開催しているセミナーの一環で,2010年4月1日に改正土壌汚染対策法が施行されたのを受け,現段階の状況について環境省(柴垣泰介氏)),北海道(山口拓磨氏),日本弁護士連合会(佐藤 泉氏)の3氏が講演した.また,土壌汚染がらみのリスクコミュニケーションの具体例を大成建設の佐藤和郎氏が講演した.

 以下に講演の内容を述べる.なお,*印は筆者による補足である.

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講演する柴垣泰介氏


柴垣泰介氏(環境省 水・大気環境局 土壌環境課長):土壌環境行政の最新動向

 足尾銅山鉱毒事件から始まった日本の土壌汚染は,ダイオキシン類の土壌汚染対策で一つの画期を迎え,2003年の土壌汚染対策法,今回の改正となった.土壌汚染問題は,1)過去の負の遺産・ストック型の汚染である,2)対象が土地という私有財産である,3)汚染があっても健康被害が出ないことがある,と言った特徴がある.これが土壌汚染対策の法制化が遅れた原因である.
 旧土対法の第三条調査では有害物質特定施設の廃止件数が5,212件などあったが,第四条調査では調査命令発出が5件,指定区域指定が3件であった.また,この間,法に基づかない土壌汚染発見が約9割に達している.
 改正土対法のポイントは三つである.

1)土壌汚染状況把握のための制度の拡充
 ・3,000平方メートル以上の土地改変は届け出る.
 3,000平方メートルの形質変更を行う場合は届け出て,土壌汚染の恐れがある場合は都道府県知事が土壌汚染調査を命じることができる.(第四条)
・自主調査による申請
 土地所有者などが自主調査を行って土壌汚染が分かった場合,都道府県知事に申請して規制対象区域(要措置区域,形質変更時要届出区域)として指定し適切に管理する.(第十四条)
・都道府県知事による土壌汚染情報の整備・保存・提供
 都道府県知事は規制対象区域の台帳を作成し,保管し閲覧に供する.これは努力義務である.(第十五条)

2)規制対象区域を分類し講ずべき措置の内容を明確にした.
・土壌溶出量基準,土壌含有量基準に不適合で健康への被害が想定される場合は,「要措置区域」とし,汚染除去などの措置を都道府県知事が指示し,土地の形質変更は禁止される.(第六条,第九条)
・二つの基準には不適合であるが健康被害の恐れがない場合は「形質変更届出区域」とし,土地の形質変更時には計画の届出が必要である.(第十一条,第十二条)
・健康被害の恐れがある場合というのは,周辺の土地で地下水を飲用に利用していたり,人がその土地の立ち入ることができる状態になっている場合である.

3)要措置区域・形質変更時要届出区域(要措置区域等)内からの土壌の搬出に規制を設けた.
・搬出する前に都道府県知事に届け出る.都道府県知事は計画の変更を命令できる.(第十六条,第十七条,第十九条)
・搬出土壌の処理は許可を受けた業者が行う.(第二十二条)
・搬出した汚染土壌については,汚染土壌の運搬・処理を委託した側が受託者に対し管理票を交付する.この管理票は処理が終了したときには委託者に写しを送付する.(第二十条)

 また,有害物質使用特定施設であった土地の調査(第三条)は,指定調査機関が行う.指定は5年ごとに更新し,技術管理者を置くことになっている.この技術管理者となるには,「土壌汚染調査技術管理者試験」(国家試験:環境省)に合格し,資格を取得する必要がある.
 第1回の試験は2010年12月19日(日)に仙台・東京・名古屋・大阪・福岡で実施される.(http://www.env.go.jp/water/dojo/kikan/exam.html 参照)

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山口拓磨氏(北海道 環境生活部環境局 環境推進課主任):土壌汚染の現状と取り組みについて

 土壌汚染対策法に基づく調査は,第三条調査,第四条調査,第五条調査がある.その他に,自主調査により行政指導で対応しているものや自然由来の土壌汚染などがある.北海道での状況は次のとおりである.

1)第三条調査はテトラクロロエチレンを使用しているクリーニング業,シアンや有機溶剤を使用しているメッキ・金属表面処理業などの調査で,2006年度から増加傾向にあり,2009年度は18件である.
2)第四条にもとづく届出件数は全道で769件で国の機関と道の機関が大半を占めている.
3)第五条に基づく調査命令の発動は2010年7月28日現在で発生していない.
4)自主調査で多いのはガソリンスタンドで,2007年度に26件とピークとなりその後急激に減少している.
5)自然由来の土壌汚染案件は2007年度が最も多かったが,2010年度も途中経過ながら多くなっている.最も多いのはトンネル掘削工事で,工場・事業場敷地,道路・橋梁工事,河川改修・地すべり対策工事の順となっている.
6)北海道で形質変更時要届出区域として指定されているのは,ふっ素およびその化合物が2件,シス-1,2-ジクロロエチレンが1件の合計3区域である.これらは新期の指定ではなく,改正法以前からのものである.
7)自主調査による要措置区域等の指定は2010年7月1日現在で申請受理は発生していない.

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佐藤 泉氏


佐藤 泉氏(日本弁護士連合会 公害対策・環境保全委員会委員):土壌汚染と土地活用について

 今回の土壌汚染対策法の改正は全く違う法律になったと言える大規模な改正である.
 その趣旨をまとめると次のようになる.
1)可能な限り過去に遡って土壌汚染を網羅的に把握する.
 このことは,法施行以前あるいは法施行後追加された有害物質,そして将来追加される有害物質についても過去に遡って把握するということになる.
 ただし,2010年6月に出た最高裁の判決では,法施行前の有害物質(ふっ素)については土地の売り主に責任はないということになった.この裁判では,一審は責任無し,二審高裁は責任ありで最高裁で責任無しとなった.

*<http://www.georhizome.co.jp/news/news100602.html 参照>

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*過去に遡って網羅的に把握するという根拠は次の文言と思われる.
「使用等されていた特定有害物質の種類のみならず、・・過去の土壌の汚染の状況に関する調査の結果や・・履歴を踏まえ、調査の対象となる特定有害物質の種類を選定することとされた・・」

「なお、旧法においては、使用が廃止された有害物質使用特定施設において製造し、使用し、又は処理されていた特定有害物質の種類を土壌汚染状況調査の対象としていたところであるが、改正法施行後は、有害物質使用特定施設の敷地である土地においては土壌汚染のおそれが相当程度あると見込まれることから、その使用の廃止を契機として調査義務を課すという旧法と同様の考え方を採りつつも、当該使用が廃止された有害物質使用特定施設において使用等されていた特定有害物質の種類のみならず、土壌汚染状況調査の対象となる土地(以下「調査対象地」という。)における過去の土壌の汚染の状況に関する調査の結果や特定有害物質の埋設、飛散、流出又は地下浸透(以下「埋設等」という。)、使用等及び貯蔵又は保管(以下「貯蔵等」という。)の履歴を踏まえ、調査の対象となる特定有害物質の種類を選定することとされたので((5)参照)、留意されたい。」(土壌汚染対策法の一部を改正する法律による改正後の土壌汚染対策法の施行について,3p. 以下,「施行について」という)

*また,汚染の恐れのある有害物質には分解生成物が含まれることにも注意が必要である..(「施行について」5p)
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2)土壌汚染対策法の対象範囲は開発区域全体である.
 3,000平方メートル以上の土地の形質変更は届け出ることになる.この場合,肝心なのは設計段階で形質変更の届出をするかどうか決めることである.
 大きな問題は,届け出たが調査命令が出なかった,しかし工事にかかったら土壌汚染が発見されたという場合である.この場合,汚染土壌の処理費は誰が負担するのか.
 さらに,汚染が確認されれば指定区域となるが,行政の対応が開発のスピードについていけるのかどうかと言う問題もある.

3)都道府県知事が汚染の恐れがあるとして調査させるという事態はあまりで出ないであろう.(第五条調査)

4)土地所有者などが自主的に調査(第十四条調査)して規制区域指定を申請するメリットは何か.
 要措置区域等(要届出区域,形質変更時要届出区域)に指定されていると第四条の手続きを経ないで開発行為に移れるというメリットがある.要措置区域は都道府県知事の指示によって汚染除去等の措置を行うことになり,要措置区域の指定を解除される.また,形質変更時要届出区域も汚染除去がされれば指定は解除される.
 ただし,土壌が汚染された土地であると言うことで,近隣住民などの評判や株価への影響が出ないかと言った心配もある.
 この自主調査でも,調査費用の低減及び調査の効率化の観点から、試料採取の省略など土壌汚染状況調査の過程を省略することができる.これは,ギブアップ制度と呼ばれる.

5)法改正の大きな目的の一つであった掘削除去は減るか.
 汚染を抱えたままの土地が売買できるかどうかを考えると,対策工としての掘削除去は残ると考えられる.

6)自然由来重金属土壌汚染は混乱を招く可能性がある.
 例えば,大規模な宅地造成で,自然由来重金属で汚染された土地を売った場合,売り主の責任がどうなるのかは不明である.

7)公共事業などでの換地などの場合どうなるのか.
 例えば,道路用地として買収されて代替地を得たが,その代替地が土壌汚染されていた場合,誰が対策費用を負担するのか.

8)土地売買や土地の賃貸での売り主・貸し主の義務はどこまでか.
 土地売買では地歴調査を行って分かったことのみを伝えればいいのかどうか.
 また,以前は土地を借りた場合,元の状態に戻すというのが多かったが,最近は貸し主が不利なことが多くなっている.

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佐藤和郎氏


佐藤和郎氏(大成建設株式会社 環境本部 土壌・環境事業部長):度所汚染とリスクコミュニケーション−事例を中心に−

 企業として土壌汚染リスクとどう取り組むのかという視点からの話であった.
 リスクコミュニケーションの目的は「関係者が,相互に情報を要求・提供・話し合い・意見交換を行い,関係者全体が問題や行為に対して理解と信頼のレベルを上げてリスク低減に役立てること.」である.
 そのためには,企業,地域住民,行政がお互いに双方向の情報のやり取りを行うことが不可欠である.そのためには,企業が日常的に地域住民と十分な信頼関係を築いておくことが大切で,工場見学会・地域行事への参加や後援などを行うことが基礎となる.
 リスクコミュニケーションの方法としては,ビラ・チラシの配布・回覧,住民説明会,戸別訪問,メディア発表やインターネットによる公表などがある.
 以上の観点から行った三つの土壌汚染対策の実例とリスクコミュニケーションの紹介があった.具体事例では,それぞれの状況に応じた情報伝達の方法が採られた.住民説明会では,行政と相談しながら進めること,即座に要望に対して見解を述べることができる責任ある立場の人間が出席することが重要である.

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【END】


ダイヤモンドと地球の物質大循環2010/08/05 13:32


超高圧変成作用起源のダイヤモンド(小笠原義秀:早稲田大学出版部)


 日本でダイヤモンドの発見が報告されたのは2008年(Mizukami,T. et al)です.場所は愛媛県四国中央市の玄武岩質火山岩露頭からでした.このランプロファイアーと呼ばれる火山岩はマントル捕獲岩を取り込んでいて,その中の輝石の包有物の壁にダイヤモンドが形成されていました.大きさは1μm 程度と極めて微少でした.このダイヤモンドはマントルからもたらされたものと考えられます.この発見は,海洋プレートの沈み込み帯でのマントル上昇流の解明に寄与すると考えられています.

 一方,世界各地の大陸間衝突帯には超高圧変成岩が分布していて,ざくろ石の中に微粒のダイヤモンドが形成されています.特に,カザフスタンのコクチェタフ(Kokchetav)変成帯では数多くの微少ダイヤモンドが産することが知られています.そのダイヤモンドの産状,流体中でのダイヤモンドの相平衡と安定性,炭酸塩岩中での変成反応,ダイヤモンドの形成過程,地球物質大循環についての知見などを述べたのが,「超高圧変成作用起源のダイヤモンド−大陸衝突に伴う表層物質深部沈み込みの証拠−」(小笠原義秀,2009年3月,早稲田大学出版部)です.

 かなり専門的な内容ですが,写真,図をまじえて分かりやすく説明されています.ダイヤモンド粒の写真や岩石薄片の写真を見るだけでも楽しい本です.
 是非,一読をお奨めします.

<参考文献>
鍵 裕之,2010,地球内部関連物質の分光学的研究.岩石鉱物科学,Vol.39,41-49.
Kaneko,Y.,Murakami,S.,Terabayashi,M.,Yamamoto,H.,Ishikawa,M.,Anma,R.,Parkins   
    on,C.D.,Ota,t.,Nakajima,Y.,Katayama,I.,Yamamoto,J. and Yamauchi,K.,
    2000,Geology of the Kokchetav UHP-HP metamorphic belt,Northern  
    Kazakhstan.The Island Arc,Vol.9,264-283.
水上知行,2008,日本の天然ダイヤモンド〜前弧に浮上したマントルのなぞ〜.日本地  
 球惑星科学連合ニュースレター,Vol.4,No.1,3-5.
Mizukami, T.,Wallis, S.  Enami,,M.  and Kagi,H. ,2008,Forearc diamond from 
    Japan.Geology,Vol. 36, No. 3, 219-222.

【END】