今村文彦氏と片田敏孝氏の津波についての講演会2009/12/23 21:12

 下記にような講演会が開かれました.二つの講演は大変面白い内容でした.
 北海道から東北にかけての太平洋沿岸は津波常襲地帯です.特に,海を生活の場としている人たちのための防災対策がどういうスタンスで構築されればいいのかと言うことについて,非常に優れた内容でした.

 以下に当日の講演の内容を要約します.講演ではシミュレーションの動画やスマトラ沖地震津波が町に入ってくる動画など迫力のある映像が紹介されました.
 写真は執筆者が撮影したものです.

寒冷地域における津波防災技術に関する技術講演会
2009年12月21日 午後2時から5時
北海道開発協会会議室(セントラル札幌北ビル)
(社)寒地港湾技術研究センター主催


講演する今村文彦氏
講演する今村文彦氏


講演する片田敏孝氏
講演する片田敏孝氏



1.最近の地震・津波被害の実態とそこからの教訓
東北大学大学院工学研究科教授 今村文彦

<最近の巨大津波>
 最近の巨大津波は1992年にニカラグア津波以来,27事例がありそのうち2004年以降に8事例が集中している.環太平洋だけでなくインド洋でも巨大津波が発生しているのが大きな特徴である.
 1940年代後半から1960年代前半にかけては地震活動期であった.1995年以降現在も再び地震活動期に入っているように思える.
 1992年以降の巨大津波は次のものがある.

1992年:ニカラグア津波・フローレス津波
1993年:北海道南西沖津波
1994年:東ジャワ津波
1996年:イリアンジャワ
1998年:PNG 津波
1999年:ヴァヌアツ津波
2001年:ペルー津波
2003年:ストロンボリ津波

2004年:インド洋津波
2005年:ニアス津波
2006年:南西ジャワ津波・千島列島津波
2007年:ソロモン津波・南スマトラ津波・千島列島津波
2009年:サモア津波・パダン津波

<日本での津波記録>
 三陸沖・宮城県沖では繰り返し地震を起こす領域があり,それぞれの領域で発生頻度が異なっている.宮城県沖地震は37年に1回発生している.それより東の領域では320年に1回,北の領域では60年に1回程度の発生頻度となっている.
 日本では1600年くらいから津波記録が豊富になる.これは,この頃から日記がよく書かれるようになり,そこに詳細な記録が残っている.また,絵画としても残っている.例えば,時代は下るが明治三陸津波で浚われた人たちを描いた「風俗画報」特集号「大海嘨被害録」に掲載された富岡永洗画「津波,家屋を破壊し,人畜を流亡するの図」がある.このような絵は聞き取りをしてかなり詳しくその時の状況を描いている.

 なお,世界の津波の記録は,アメリカの National Geophigikal Data Center(NGDC:http://www.ngdc.noaa.gov/hazard/hazards.shtml)で収集している.


2003(平成16)年9月26日に発生した十勝沖地震の津波堆積物(豊頃町の十勝川河口の大津漁港)  右側が海で草が茶色になっている高さが津波の波高である.中央に打ち上げられた漁船がある.手前の砂が津波堆積物で,押し波で持ってこられた砂の上に引き波で残された砂が堆積している.
2003(平成16)年9月26日に発生した十勝沖地震の津波堆積物(豊頃町の十勝川河口の大津漁港)
 右側が海で草が茶色になっている高さが津波の波高である.中央に打ち上げられた漁船がある.手前の砂が津波堆積物で,押し波で持ってこられた砂の上に引き波で残された砂が堆積している.



2003年と価値沖地震津波により海浜に打ち上げられた流木(大樹町の歴船川河口付近の旭浜)
2003年十勝沖地震津波により海浜に打ち上げられた流木(大樹町の歴船川河口付近の旭浜)
 ほぼ津波遡上高さを表している.よく見ると砂浜に水だけが上がったあとを認めることができ,実際の津波の遡上高は,このような津波堆積物よりやや高い位置まで達している.津波の場合,大人の膝程度が浸かっても引き波で浚われることがあるので油断できない.


<津波堆積物>
 津波堆積物の研究は Minoura,K.&Nakaya,S.(1991)が最初であろう.この中で箕浦らは津波堆積物を次の三つに分けた.
 タイプ A:遡上する津波が海浜や砂丘から陸側にものを運び,引き波が陸上の物質を海に運ぶもの,
 タイプ B:ラグーンの縁に数十cm の高さで貝殻を積み上げるもの,
 タイプ C:大量の海水がチャネルを通じて潮間のラグーンのような水溜まりに侵入し微結晶質の炭酸塩を沈澱させるために水溜まりを一時的に白濁させるもの.海浜は砂丘から運ばれた砂粒は水溜まりの底に集積し数 cm の砂層を形成する.この堆積物では堆積層準中に化学的変化をもたらす.
 また,陸上に堆積するものばかりでなく引き波で海底に運ばれた陸上の物質が海底に堆積して残るものや津波の押し波・引き波の堆積構造が海底に残ることもある(Sugawara,D.et al,2008,27pp).
 仙台平野の名取川の北側の海岸低地での調査で,貞観(じょうがん)津波(西暦869年)の津波堆積物の調査が行われた.検土杖による掘削で貞観津波の堆積物と考えられる砂層とその上位の915年と推定される十和田 a 火山灰層が広い範囲にわたって採取された.この津波堆積物は阿武隈川の南では当時の海岸線から2-3km(現在の海岸線からは3-4km) 遡上しており,名取市,岩沼市,名取川の北では現在の海岸線から4km ほど遡上していることが判明した.
 仙台市若葉区霞目には波分神社(浪分神社)がある.この神社は貞観津波直後の874年に建てられたとされている.このように,津波の記録が残っていることもある.

<科学技術への期待>
 津波の科学に期待されるものは,1)原因が説明できる,2)観測や定量的評価により見えないものを見えるようにする,3)シミュレーションなどにより未来が予測できる,の三つであろう.
 津波が発生するのは90%は海底地震で衝上断層が形成されることによる地形変化であり,6%が火山の山体崩壊による岩屑なだれが水域に突入するものであり,3%が地すべり移動土塊が水域に突入して発生するものである.1958年7月9日に発生したアラスカ地震では標高525m まで津波が遡上した.水深が浅くなると波高が高くなる.
 海底地震では津波の進行方向にはまず波の谷ができそれに続いて浪の山が追いかける.2004年のインド洋大津波ではまず波が引いてそれから波高5m 以上の津波が押し寄せた.

<津波の恐ろしさ>
 津波は海全体の水位が上昇するという点で通常の波と異なる.この波の力のほかに,船,樹木,壊れた家屋などの漂流物が津波に浚われた人の命を奪う.
 インド洋大津波では,2m 以上の大きさの サンゴのブロック,船,列車,大型のガソリンタンクなどが大きく移動している.また,津波の浸食により海岸線の土砂が移動して大きく改変された.

<対応方法>
 例えば,防潮林によって減災効果を期待するという方法がある.さらに,人間誰でも持っている「自分だけは大丈夫」と言った偏見(バイアス)を考慮した防災教育を行っていくことが重要である.



2.津波災害に強い魚号地域の安全・安心プロジェクトについて
群馬大学大学院工学研究科教授 片田俊彦

<このプロジェクトの目的>
 津波が漁港に襲来した場合,減殺・防災の観点からもっとも問題となるのは漁船をどうするかである.漁船そのものが津波により破損したり沈没したりして大きな被害を受けることと津波で移動する漁船が建物や人に衝突して被害を大きくすることとがある.
 2006年3月に水産庁は「災害に強い漁業地域づくりガイドライン」を定め,漁民の命が第一であると言う理由で地震が発生した場合,漁港に係留されている漁船を沖に出すことを禁止した.つまり,地震が発生し津波警報が出た場合,船が命の漁民は津波の被害から船を守るために港内から沖に船を出していたが,それを禁止すると言うことである.
 しかし,2007年1月13日の千島列島沖地震(M=8.3)の時に,各漁港で漁船の沖出しが見られた.この地震では北海道の太平洋岸東部とオホーツク海沿岸に「津波警報」,北海道から和歌山県に掛けての太平洋沿岸に「津波注意報」が出された.
 根室市の落石漁港では,午後1時24分の地震発生後,午後1時36分に津波警報が発表されたあと,午後1時40分(地震発生後16分)に組合指導船「おちいし」が出船し,午後2時00分(36分後)には10隻を除く50隻の沖出しが完了した.
 津波警報が解除されたのは午後5時59分(4時間35分後),津波注意報が解除されたのは午後9時30分(8時間6分後)であったが,午後2時40分(1時間26分後)には最初の船が帰港し,午後3時30分(2時間6分後)には全船が帰港,さらに10分後には「おちいし」も帰港している.

 このガイドラインと地震時の漁船沖出しの実態との乖離をどうするのかというのがこのプロジェクトの問題意識である.そして,これを少しでも解決する方法を確立するのがこのプロジェクトの目的である.

落石漁港
落石漁港
 標高40mほどの段丘崖に囲まれた落石湾の奥にある港で,大津波が襲来した場合,港に係留している漁船の大部分は大破すると予想される.写真の左側が北で港口は北寄りに位置している.

<避難海域の条件と漁民の対応>
 地震時に漁船を沖出しする場合,避難する海域に求められる条件が二つある.

 条件①:流速条件=船の速度が津波流速の5倍以上であること.
 漁船が10ノット程度で走っている場合,操縦不能となる流れの限界流速は,2ノット(3.7km/hr::1ノット= 約1m/sec=1.85km/hr) 程度である.つまり,人の早足程度の速さの流れがあると船は操縦不能になる.
 条件②:砕波条件=水深が30m 以上であること.
 大洋を伝播している時の津波は波長が長く,船に乗っていて津波に遭遇してもほとんど分からないという言われている.岸に近づくにつれて波が砕け破壊力を増す.

 地震時の漁民の対応を調査した結果では,多くの漁民が漁船を沖へ避難させているということのほかに,1)安全な海域に避難していない,2)津波警報解除前に帰港している,3)避難時の港内での輻輳により離岸できない,などの問題点がある.
 漁船を避難させるのは,非常に高価な財産であり,日常生活の糧であるためで,さらに,現行の漁船保険制度では損傷した漁船の保障が100%でない,休業期間中の収入に対する保障がない,と言った問題がある.

 北海道太平洋東部沿岸では,通常規模の地震のほかに500年間隔で発生する巨大地震津波が確認されていて,この地震で発生する津波は,例えば,落石地区では最大遡上高6.8m,津波到達時間28分と予想されている.

 これまでの地震の時には,約8割の漁民が漁船を港から避難させている.また,命の危険がある場合でも6割の漁民が漁船を避難させるとしている.ここには「自分は津波に巻き込まれない」という「正常化の偏見」(危険性の過小評価)が働いている.一方,警報が出るほど大きな津波が来れば漁船は間違いなく損傷する.この二つの要因により沖出しをすることになる.
 沖出しして避難している場所を調べると,島影であったり,岬の突端・湾の入口の狭窄部であったりする.これらの場所はいずれも津波の高さが局所的に大きくなる場所である.

<プロジェクトの方向>
 落石漁業協同組合には,落石港,浜松港,昆布盛港の3つの漁港がある.これらを対象にして次のような方向性を設定した.

①「気象庁の情報を活用して,無理な避難を排除する合意形成.
②津波現象は複雑であり,予測・予報の限界を学ぶ.
③気象庁の情報の仕組みおよび活用の限界を知る.
④情報利用のあり方を漁民自らで考えて貰う.

<気象庁の津波予報>
 津波がある場所のどの程度の規模で襲来するかは,様々な要素が絡んでおり予測は難しく津波警報の空振りがあり得る.
 気象庁の津波予想は次のように変遷している.

1952年:津波予報開始 
 地震後20分以内で津波予想を発表.
1983年:日本海中部地震
 地震後14分で津波警報を発したが,津波は7分で到達し死者約100人が発生.
→津波予報システムの見直し.
1993年:北海道南西沖地震
 地震後5分で津波警報を出したが,津波は3分で到達.死者約230人.
→津波予報システムの見直し.
1999年:量的津波予想の導入

 量的津波予報では1)全国を66の予報区に分割,2)津波予報発表までの時間は地震発生から3〜5分を目標とする,3)予報の種類は波高3m 以上の大津波,1m 以上の津波,0.5m 程度の津波に分け,津波警報(大津波),津波警報(津波),津波注意報と津波到達予想時間を発表する.
 北海道太平洋沿岸東部では襟裳岬から根室市のノシャップ岬までが一つの予報区となっている.この場合,襟裳岬では3.4m の大津波が観測されたが,根室付近では1m 未満の津波でしかなかったと言うことが生じる.一つの予報区としては大津波警報が出されるが,実際には津波注意報の規模であることになる.気象庁としては予報は当たったことになるが,根室付近の漁民にとってはハズレである.
 このようなことが発生するのが今の津波予報である.

<漁船の沖出し可否判断支援システムの構築>
 気象庁の津波予報を利用して,漁船を津波に巻き込まれないで沖出しできるかどうかを判断し,だめな場合は漁港に設置した信号機を赤にすると言うシステムを構築することにした.つまり,地震発生後,津波が砕波しない海域まで漁船を移動させることができる時間と津波が砕波する水深より沖合に到達する時間との勝負となる.

 2008年6月9日に落石漁業協同組合管轄の落石港,浜松港,昆布盛港の総計24隻の漁船により漁船避難の実証実験が行われた.この時の条件は,地震に震度は6強,津波の高さは4m で津波警報(大津波)が出されたという設定である.
 この実験に参加した船の漁師は GPS ユニットを持っていて,いつ,どこにいるのかが記録された.漁船の航行速度は,港内は8〜10ノット,港外は18〜20ノットである.
 その結果は,何分後のどの漁船がどの位置にいるかという地図上のシミュレーションとして表されるとともに,出港準備時間,港口到達時間,水深20m ・30m ・40m 到達時間として整理された.

 この実験に基づいて漁船避難シミュレーションによる検証を行った.
 津波のシナリオは,①波高6m 以上の津波警報(大津波),②波高3〜4m の津波警報(大津波),③波高1〜2m の津波警報(津波)の3種類である.
 避難シナリオは,①自宅での準備時間,②自宅から船までの移動時間,③出向準備時間,④港内の航行速度は9〜11ノット,⑤港外の航行速度は18〜20ノットとした.
 500年間隔で発生するとされている波高6m 以上の巨大津波の時は漁船の避難は諦めざるをえない.波高3〜4m の大津波の場合,落石港の長節では自宅から船までの移動時間型の地域の6倍近い17分かかるために沖出しできないが,その他の港では沖出し可能という結果であった.

 これらの結果を用いて,パソコン上で自宅の位置,自宅から船までの時間を入力すると避難可能かどうかを判定できる「漁船沖出しシミュレータ」を作成した.このシュミレータでは自宅を出て港から避難海域に向かう漁師(船)の軌跡と沖から津波が来る様子が再現される.
 このシミュレータを使ってそれぞれの漁師が,出港時点で津波予想到達時刻まで残り時間が何分あれが大丈夫かを判断することにした.第三者が判断するのではなく,避難する本人が判断を下すというのがこの避難ルール作成の最大の要点である.

<落石地区での漁船避難ルール>
 漁師が陸上に滞在している時に地震が発生した場合の漁船避難ルールは次のようなものとなった.

①津波警報(大津波):予想津波高さ6m 以上,避難海域水深50m以上;
 避難させない(赤信号)
②津波警報(大津波):予想津波高さ3〜4m,避難海域水深40m 以上;
           予想津波高さ1〜2m,避難海域水深30m以上;
 出港時点で津波予想到達時刻まで20分未満=避難させない(赤信号)
 同上25分未満=直ちに出港すれば避難できる可能性がある(黄信号).
 同上25分以上=速やかに出港すれば安全に避難できる可能性がある(青信号または無し).
③津波注意報:予想津波高さ0.5m;
 各自判断とする(黄信号).

<その他の問題>
 その他の問題としては
①動力船が,津波が砕波する海域で操業している場合の避難方法
②岸あるいは沖合の島周辺の浅瀬で操業している船外機付き漁船(磯舟)の避難方法
の二つの問題がある.

①動力船の場合は沖合の避難水域に避難するか,それが間に合わない場合は漁船の損傷を覚悟して漁師が助かるために帰港して高台に逃げるかの判断が迫られる.
②の船外機については基本的に近くの浜に上陸して高台に逃げることになる.そのためには地震発生と津波警報を伝えるサイレンや防災無線,屋外スピーカーの新設・増設が必要となる.

 講演の内容は以上.

【感想】
 この津波警報発表時の漁船避難システムの要点は,沖出しの実証実験を行い,それをもとに,どのくらいの時間があれば避難海域まで船を出せるかを漁師自身に判断して貰っていることである.この利点は,当事者が自分の命と財産がかかっているために真剣に考えること,第三者が決めるのではないので最も現実的な答えが得られることであろう.
 漁民の環状にマッチした避難システムを構築したいという講演者の熱意が伝わってくる大変面白い講演であった.

【参考】

 群馬大学大学院社会環境デザイン工学専攻 災害社会工学研究室 
 http://dsel.ce.gunma-u.ac.jp/>研究紹介>津波災害に強い漁業地域の安全安心プロジェクト

 東北大学大学院工学研究科災害制御研究センター 津波工学研究室
 http://www.tsunami.civil.tohoku.ac.jp/hokusai3/J/index.html>

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