立山砂防国際シンポジウム2023/10/24 17:50

 20231021日(土)、午後130分から同500分まで富山国際会議場メインホールで表記シンポジウムが開かれました。YouTubeでのオンライン配信を視聴しました。

 最初に、新田八郎・富山県知事の主催者挨拶、国交省の草野愼一砂防部長と文化庁の大川室長の来賓挨拶(代読)がありました。

 

立山砂防シンポジウム

立山砂防国際シンポジウムの案内

 

基調講演:筑波大学大学院准教授の下田一太氏「日本の世界遺産の動向~資産形成と推薦へのアプローチ~」

 下田氏は建築学が専門で、2007年から2013年までカンボジアのアンコールワット、ヴェトナム、ミャンマー、インドネシアで遺跡の保存・修復作業に携わりました。

 アンコールワットなどの遺跡群は、50kmほどの範囲に都市群が点在していて8km×2km規模の貯水池を造って水の監理を行っていました。水の管理に失敗したことがアンコール王朝の滅亡を招いたとも考えられています。

 アンコールワットの南東約140kmにあるサンボ―プレイクック遺跡では1300年前にダムや貯水池を造っていました(注:この遺跡の東にはトンレサップ湖に流れ込むセン川があります)。

 

 日本の文化遺産は、長崎の潜伏キリシタン関連遺産、沖ノ島、百舌鳥・古市古墳群、佐渡金山など25か所があります。世界遺産条約は、自然や文化を保護するための条約で、利用による経済効果を期待するジオパークとは趣旨が異なります。保護が確実に行われることで世界遺産の候補となります。

 2007年、日本は推薦する世界遺産の暫定一覧表を作成しました。四国八十八箇所霊場と遍路道、錦帯橋と岩国の町割などです。

 日本で世界遺産一欄表に登録するには十のカテゴリーのどれかを満たす必要があります。立山砂防の場合、「II. 建築,科学技術,記念碑,都市計画,景観設計の発展に重要な影響を与えた,ある期間にわたる価値観の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すものである」が該当するでしょう。さらに、自然との共生や災害対応も該当項目とすることが可能でしょう。

 

 世界遺産の推薦書には、価値の所在、価値の根拠物件、価値の証明、価値を保護する地域、価値を保護する方法を記載します。例えば、富士山の場合、富士信仰が伝統・思想・信仰の価値を、北斎の赤富士などが西洋絵画への影響(文化の交流)を与えたことが価値の根拠となりました。

 

 立山砂防の場合、SABO技術の世界的な交流に貢献し世界に影響を及ぼしています。土木工学的に傑出した技術の代表であり、人と環境のかかわりを示しています。過酷な自然の驚異に対する人類の英知の結集です。

 根拠物件としては、立山カルデラ内の泥谷堰堤、カルデラ出口の白岩(しらいわ)堰堤、常願寺川中流付近の本宮堰堤の砂防施設があり、江戸・明治・大正の歴史的施設があります。国内の代表的な施設との比較や世界での比較対象遺産との関係も大事です。

 価値形成事例として、造った人、造った思想が分かるという点で近代化遺産であり産業遺産に該当します。日本での過去の産業遺産としては佐渡金山、軍艦島、富岡製糸場などがあります。

 現在も生きている遺産としては、ル・コルビュジェが設計した上野公園にある国立西洋美術館があります。都市の開かれた美術館という考えで設計されたものです。同時に、無限成長する美術館として、らせん状に成長することが期待されていました。1997年に建物の基礎を免震構造とし、2022年には改修工事を行って南西側の前庭の地下に企画展示室を増設しています。当初の設計思想を生かしながら、時代に対応して変化している世界遺産です。

 

 立山砂防の場合、全体と個々の施設の関係、砂防に関してのオリジナルなアイディア・コンセプト、設計思想、構造の理念、運用指針などが重要です。

 カルデラ内の立山砂防の施設を誰もが気軽に見ることはできないので、価値を伝える仕組みが必要です。参考になるのは石見銀山の世界遺産センターのヘッドマウント・ディスプレイによるバーチャルリアリティの映像「VR銀山」です。

 今後、気候変動による海面上昇、土壌温度・地下水位の上昇、気温・降雨全般などが世界遺産に及ぼす影響を考える必要があります。立山砂防の場合、極端気候への対応、土砂崩れの多発、自然回復力・メンテナンスなどが有利に働きます。現在も稼働する施設として保存管理計画や変化・更新を行う遺産として、本質的価値を失わず本質を維持するために施設を更新することが必要です。

 

報告:竹内氏(富山県地方創生局)「富山県の立山砂防の世界遺産登録に向けた取り組み

 立山カルデラは、年間降水量が5,000mmあり、カルデラからは常願寺川が流れ出ています。1858(安政5)年の飛越地震(マグニチュード7.1)によってカルデラ内で大崩壊が発生しました。崩壊地は大鳶(おおとんび)クズレ(現在は、鳶山崩れ)と呼ばれ、天然ダムの形成と決壊によって富山平野を大土石流が襲いました。崩壊土砂のうち2億立方メートルと推定される土砂がカルデラ内に不安定なまま堆積しています。

 1906(明治39)年に富山県営の砂防事業が始まり、1926(大正15;昭和元)年に国直轄砂防事業に移管されました。この間、1914(大正7)年に大出水がありました。

 2017年、白岩堰堤、本宮堰堤、泥谷堰堤と立山砂防工事専用軌道が「日本の20世紀遺産20選」に選定されました。

 立山砂防の世界遺産としての意味は、防災の総合技術、総合的な水系管理技術、近代的な防災技術にあります。国際語となっているSABOを世界に説明できるか、砂防の機能を維持しながら文化遺産の価値を保護できるか、カルデラ内は立ち入りできないので現地の状況をどう伝えるか、が課題となっています。

 

 以上が基調講演と報告でした。

 

 この後、日本ICOMOS国内委員会の西村幸夫氏がコーディネーターとなり、第8代ユネスコ事務局長の松浦晃一郎氏、下田一太氏、清華大学(中国)の呂 舟氏、慶星大学(韓国)の姜 東辰氏の4氏によるパネルディスカッションが行われました。

 

 世界的に見た場合の立山砂防の世界遺産としての意味、土木遺産が世界遺産となり得るか、構造物だけでなく人が災害とどう闘ったかを示すこと、生きている遺産の価値をどう伝えるか、砂防の説明・案内の中心となる担い手の人たちを作り出すこと、など様々な話を聞くことができて、なかなか面白いシンポジウムでした。

 


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