令和5年度 北海道地すべり学会特別講演会・研究発表会2023/05/11 21:02

 2023428日(金)午後1時から午後520分まで、表記の行事がTKP札幌ビジネスセンター赤レンガ前ホールの会場とオンラインで開かれました。特別講演、研究発表の概要を紹介します。

 

<特別講演>

 

太田英将(太田ジオリサーチ):実測値のみを用いた斜面解析と対策工

 

 大学を卒業して地質コンサルタント会社に入社しました。しかし、そこで行っていることは対策工のための抑止力を算定することのみでした。

 崩れていない斜面の評価と対策が必要と感じました。2000(平成12)年に土砂災害防止法(土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律)が成立し、翌年4月に施行されました。この法律は、どこが、いつ、どんな風に崩れるかを明らかにし予防することが目的です。

 しかし、「この崖、危なくないですか」という問いに答えられるかと聞かれると、難しいというのが実際です。どんな時に危ないのか、今の安定度はどうか、崩壊する可能性のある土層の厚さはどのくらいか、土層強度はどの程度か、不確実性はどの程度あるのか、など課題は沢山あります。

 

 一方、工事によって造られる新しい斜面については標準勾配というものが決められています。この標準勾配がどうやって決められたかいろいろ調べましたが、はっきりしません。水力発電に関わってダムの地すべりで用いられたのが最初のようです。目的は必要抑止力を算出するためらしいです。

 

 道路災害事例を検討した結果、50%以上が調査を行った箇所以外で発生していることが明らかになりました。

 土壌雨量指数を用いると崩壊地域を推定できます。

 山地斜面の土の中で何が起きているのか。山地斜面には植物根や動物の巣穴などのパイプが形成されていて、排水システムとして働いています。この排水システムの許容量を超える水が供給されると崩壊が発生します。許容量は土壌雨量指数にほぼ等しいと考えられます。一度崩れたところは安全になります。

 斜面技術の目的は、斜面崩壊を一時的に防止することです。崩壊の直接的原因は水です。その場所が一番先に崩れないように水圧を低減することが重要です。周辺が崩れれば落ち残った箇所は水圧が低減するので安全度は上がります。

 

 地すべりの安定計算を順算法で行う場合、実測値で計算できるか。

 必要なことは土質定数を正確に設定できるかと三次元解析です。残留強度を用いるか、準残留強度か初期強度か、などの問題があります。

 表層崩壊に対しては現地での土層強度検査棒試験(土検棒試験)が有効です。この試験では土層厚、換算N値、粘着力、内部摩擦角を得ることができます。

 斜面の安定計算では、1)土の単位体積重量、2)土の内部摩擦角、3)土の粘着力、4)間隙水圧、5)斜面の傾斜角が必要です。検査棒試験で内部摩擦角と粘着力が得られます。過剰間隙水圧を上載荷重で代用すれば崩壊時の安全率を順算法で算出できます。逆に、崩壊した時の安全率を0.99とすれば崩壊時にどの程度の水圧が作用していたかを推定することができます。


 2003年の菱刈町の崩壊では100トンの岩塊が飛びました。2004年の新潟県中越地震では直径2mの岩塊が、2010年の広島県庄原水害や2012年の京急追浜の斜面崩壊では直径10mの岩塊が飛びました。

 表層崩壊の特徴は、1)簡単には崩壊しない、2)土壌雨量指数は地中の排水パイプの能力を表している、3)過剰間隙水圧が発生するには斜面上方に一定程度の高さが必要である、4)一度崩壊したら崩れにくく隣接する斜面は崩れにくい、5)小崩壊があると崩れにくい、6)崩壊する深さには最頻値があり、粘着力のみで土が自立する深さに等しい、などが挙げられます。

 

 表土層は基本的に風成層です。例えば、古墳は、もともとは石張りでしたが、その上に風が運んだ土が積もって今見るような姿になりました。その厚さは1700年間で80㎝(1年で0.5mm)です。

 

 裏に崖を抱えた民家などでは対策工がいるかどうかの判断を迫られます。また、崩れたら補償してくれるかと言われます。

 このような場合、鍵は水圧ですので過剰間隙水圧をどうやって抑制するかです。旧国鉄では線路脇の斜面に水平の排水パイプを打設して過剰間隙水圧を減少させていました。先に崩れる場所を予測し地下水排除工で崩壊を遅らせます。隣の斜面が先に崩壊すれば地下水が排除されます。

 地下水流の音を探知して水みちを探す手法があります。

 

 三次元安定計算を行って一番危険な場所を探すという方法もあります。基盤岩の上面、地下水位面、地表面のデータが必要です。

 

 民間の斜面対策を行う場合は、補償の問題がつきまといます。斜面対策を提案して崩れた時は、調査費の10倍の補償費が必要になります。民間の仕事は、低予算・短工期、結果責任ですがノウハウはたくさん手に入ります。

 安定解析は、確定論的解析から確率論的解析へと移行しつつあります。その場合、信頼性設計の手法が役に立ちます。現在採用されている安全率、1.2とか1.5の理論的裏付けは明確ではありません。三次元解析の計画安全率を決めたものはありません。なので、安全率が 1.0を上回れば良しとします。信頼性設計法のレベル2が現在広く行われている計画安全率を用いた仕様規定設計法に、ほぼ近いと言えます。

 

 手順としては、土検棒で土層深と土質定数を決めて三次元土層モデルを作成します。降雨は年に1-2回の大雨を想定し、地震の水平震度は0.25を用います。記録的大雨は、土壌雨量指数第一位相当の雨量です。

 このようにして対策工を立案しますが、対策するかどうかは依頼者に決めてもらいます。その場合、残存崩壊確率を明記し、絶対に崩壊しないとは言えないが崩壊する確率は0.数パーセントになることを説明します。

 依頼者に理解してもらい、納得してもらうことが大事です。

 

<研究発表> 

 

石川達也氏ほか:機械学習を用いた地盤特性を考慮した広域斜面災害リスク評価

 

 北海道土砂災害警戒情報システムは空振りが多いです。5kmのメッシュについて縦軸に60分間の積算雨量、横軸に土壌雨量指数をとり、このグラフ上に過去に災害が起きた時の雨の降り方をプロットして整理し、「土砂災害のおそれが高まる範囲」を設定します。この線をクリティカルライン(CL)とよびます。2時間後の60分間積算雨量と土壌雨量指数を予測し、CLを越えるようであれば土砂災害警戒情報を出します。

 北海道の場合、日高山脈がこのシステムの対象外となっています。また、災害発生データなしでCLを引いている、小規模崩壊に対応できない、地盤特性が考慮されていないなどの問題があります。

 今回は、地形、降雨、凍結融解に関する20項目について機械学習を行い、CLの設定の妥当性を検討しました。

 

石丸聡ほか:周氷河斜面周辺の崩壊発生場と形態的特徴

 

 周氷河斜面には後氷期の開析前線が形成されます。この前線によって形成された急斜面を含んで崩壊する深層タイプと前線の上部の堆積物が崩壊する浅層タイプとがあります。

 深層タイプの崩壊は、2014年の礼文島・高山、2016年の日勝峠、同年の羅臼町などで発生しています。礼文島や羅臼町の崩壊地では、最終間氷期(5e海成段丘形成の時代)の上に斜面堆積物が載っていて、薄い遮水層や様々な堆積物が含まれています。羅臼町の崩壊ではパイピングホールが崩壊斜面に現れました。周氷河堆積物は透水性の異なる地層が積み重ねっています。

 現在、「周氷河斜面調査マニュアル」を作成中です。

 

雨宮和夫:奥尻島神威山岩屑なだれについて

 

 神威山岩屑なだれを初めて認定したのは勝井(1984)です。加藤ほか(1985)はトリガーとして地震を想定しました。

 岩屑なだれの表層付近には1640年の駒ヶ岳のテフラ(Ko-d)が載っています。崩壊は2回連続的で起きました。岩屑なだれの内部構造は、発生源の地質構成をほぼ保存している岩塊層と源構造が破壊されて残っていない基質相に分けられます。岩屑なだれ堆積物中の埋もれ木の放射性炭素年代測定から、発生年代は930年前頃で1113世紀と考えられます。

 北の神威脇から神威山の下を通り、南のホヤ石川へ続く弓状の巨大変形構造が想定されます。この地形にも注意する必要があります。

 

<感 想>

 

 太田氏の話は大変面白い内容でした。

 土木系の技術者はあまり注目していないように思いますが、砂防系の人たちは斜面でトレンチを掘って表土層の水みちがどうなっているかを調べています。斜面崩壊の場合、地下水の処理を行えば崩壊を遅らせることができるという発想は、現場から得られた知恵であると同時に、対策を行った結果からも自信を持っているのでしょう。

 民間の発注者の仕事で大事なことは「理解と納得」というのは、不確定要素の多い自然を相手にする技術者としては肝に銘じておくべきことと感じました。

 

 石丸氏らの発表では「周氷河斜面調査マニュアル」の作成を進めていると言います。

 奥尻島・高山の現場では人が亡くなっていますし、羅臼町の崩壊では土砂が泥しぶきを上げて海まで高速で流れ下っています。これまで見過ごされていた高速の斜面崩壊が発生する素因に周氷河堆積物が関与していると考えられます。どこに注目して、どんな調査をすれば良いのかをまとめてほしいと思います。

 

 雨宮氏の発表は、若い技術者への伝言と聞きました。本当に地震で崩壊したのか、崩壊土砂は海に突っ込んで津波が発生したのか、など興味のある課題があると感じました。