本の紹介:地方創生の正体2017/09/07 15:39


地方創生の正体
山下祐介・金井利之,地方創生の正体—なぜ地域政策は失敗するのか。ちくま新書,2015年10月。

 地方創生,国家戦略特区(国家戦略特別区域)など,最近の政治が何を目指しているのかが分からないものが多すぎる気がします。印象としては,本当は一部の人たちの利益のための政策を,その目的を隠して受けの良い言葉で国民を騙しているという感じです。加計学園の問題は,図らずも露骨にその狙いが明らかになってしまった例だと思います。
 ちょっと古いですが,今でも考える材料を与えてくれる本です。

 著者達の問題意識は,
 「そこに,2014年秋から全国的に『人口減少』→『地方消滅(自治体消滅)』→『地方創生』という唐突かつ周到に仕組まれた国の政策が展開することになる。ここでも『震災復興』と同様に,一見すると,地域社会をよくしようという『善意』が前面に立ちながらも,『選択と集中』という言説に象徴されるように,結果として国による政策がそれぞの地域社会で奮闘する人たちの活動を妨げ,地域社会における市民生活の維持をかえって困難にさせようとしている。」(本書008頁)
 ということです。

 「こうした事態に直面して,金井も山下も,もう一段深いところで地域社会の統治機構を読み解いていかなければならないという問題意識を共有し,本書が企画された。」(同009頁)

 政府が進める「地方創生」にどう対応するのがよいのか,から始まり,自治体は誰のためにあるのか,統治技術としての科学など様々な議論がされています。

 具体的事例が示されていると,もっと理解しやすいのだろうと思います。


積丹町美国の宝島2017/09/04 20:30

 積丹町美国漁港は,北西側を黄金岬で守られている。この岬から北西の海岸は角閃石石英安山岩のハイアロクラスタイト(集塊岩)や凝灰質砂岩・凝灰岩で構成される美国—湯内累層の上部層が広く分布している(5万分の1地質図幅および説明書「美国および幌武意」)。時代は中新世から鮮新世である。
 積丹半島を一周する国道229号は,ここで海岸から離れて標高200m弱の丘陵地へと登って行く。美国漁港のすぐ北の茶津集落から約7km北にある浜婦美の集落までの間,海岸に集落はなく海岸に降りる道もない。

 美国漁港の北にある面積4平方キロメートル,周囲1.5kmほどの島が宝島である。「ハート型の島」としてパワースポットとされている。そう言われてみるとハート型に見えなくもない。
 島の左側(北西側)の標高96mに最高点があり,ハートの右半分はやや標高が低くなっている。

 黄金岬(おうごん・みさき)から見ると南東から北西に上昇してきたことを示す馬蹄形の流理構造が見える。島を北西から見ると南西側(向かって右側)の部分は,西に10°ほど傾いた柱状節理が見える。島の南西側の部分は,南東から北西に貫入してきたドームと考えられる。
 これに対して,島の北東側の部分は,海面から20m付近の高さまで幅の広い西に80゚ほど傾いた柱状節理が見られ,その上にハイアロクラスタイト様の構造を持った溶岩が載っているように見える。

 天気の良い日に行くと,見事な積丹ブルーの海を堪能出来る。


黄金岬
写真1 美国漁港南東の小泊から見た黄金岬(左)と宝島(右)
 赤灯台の向こうが黄金岬で先端付近に展望台がある。宝島は左側の溶岩ドームと右側の平坦なハイアロクラスタイト様溶岩の部分に分かれる。


黄金岬の火砕岩類
写真2 黄金岬
 美国漁港から見た黄金岬である。先端付近は溶岩ドームでその左は二次堆積性の火砕岩類である。部分的に葉裏が発達した凝灰質砂岩が挟在している。


茶津のハイアロクラスタイト
写真3 茶津集落付近のハイアロクラスタイト
 一見土石流のように見えるが,基質もブロックと同じ岩質でハイアロクラスタイトである。灰白色・粗しょうで,一見デイサイトのように見えるが石英はあまり目立たない。


宝島
写真4 黄金岬から見た宝島
 右下から左上に向けて貫入してきたと思われる流理構造が見える。船は,水中展望船「ニュー積丹号」である。水深の浅いところでは石英安山岩の白い色が見える。


積丹半島
写真5 黄金岬から北西を見る
 陸からは近づけない海岸線が続く。一番手前の防波堤が茶津集落の入り江,その向こうにビヤノ岬,一番右の岬はマッカ岬であろう。
 

北西から見た宝島
写真6 北西から宝島を見る
 右側は緩く傾いた柱状節理であるのに対し,左側は下部に急立した幅の広い柱状節理がありその上にブロック状の溶岩が載っている。この二つの岩体の境界が凹んでいて,ハート型の窪みとなっている。ビヤノ岬を回った付近からカモメが船についてきた。


本の紹介:自然由来重金属と環境汚染2017/08/30 20:51


自然佑雷獣金属と環境汚染
島田允堯(しまだ・のぶたか),自然由来重金属と環境汚染—応用地質学・地球化学的データバンク—.愛智出版,2,014年2月.

 ちょっと古いですが,重要な内容の本です。

 建設工事による掘削で発生する土砂や岩塊などの掘削ズリに自然由来の重金属が基準値以上含まれている場合,処理が必要になります。
 この本は,土壌汚染対策法の対象となっている第二種特定有害物質(重金属等)のうち,シアン化合物を除く八つの重金属について述べています。

 トンネル工事では,比較的早くから掘削ズリ中の重金属について調査・対策が行われてきました。私の知る限りでは,道道洞爺湖登別線のオロフレトンネルで行われたヒ素についての対応が最も古いようです(例えば,原田,1989)。

 著者は,2,006年4月に発行された「地下水からなぜヒ素が検出されるかーグローバルな環境問題—」(深田研ライブラリー No.87)で,ヒ素についての総括的な解明を行っています。ヒ素は,硫黄鉱床などの酸性環境で溶出すると考えられていました。しかし,粘板岩などではアルカリ環境で溶出してくる例が知られ始めました。その溶出機構を酸化還元電位と水素イオン濃度の図(Eh-pH図)で説明していました( http://www.fgi.or.jp で入手可能)。

 この本は,A4版で240頁で内容が濃いので,全部読み通すのは時間がかかります。ざっと目を通し必要に応じて熟読すれば,得るところは非常に大きいと思います。
 そして,それぞれの重金属ごとの章の最後に挙げられている参考文献が圧巻です。例えば,ヒ素の章だけで215の文献が挙げられています。

 建設工事の調査・設計・施工に関わる人は,一度は目を通しておくことをお薦めします。

<参考文献>
・原田勇雄,1989,4.北海道の主要プロジェクトに関する土質・基礎の話題 5.オロフレトンネルの設計施工—鉱化変質帯のトンネル施工例.土と基礎,37巻,9号(No.1965).


海老名香葉子 いつも笑顔で2017/08/17 10:52


いつも笑顔で
海老名香葉子,いつも笑顔で—あの戦争と母の言葉—。2017年6月,新日本出版社。

 著者は1933(昭和8)年生まれです。1937(昭和12)年7月には盧溝橋事件が起こされ日中全面戦争が始まっています。それから1945(昭和20)年8月の日本の敗戦まで著者は12年間,戦争の時代を生きたことになります。
 
 この本では,母の想い出から空襲により兄一人のほかすべての家族を失った著者が三遊亭金馬師匠を訪ねて救われるまでが語られています。
 書かれている体験は本当に辛いものですが「いつも笑顔で」生きてきた著者の語りに救われます。

 表紙の絵と挿画は,いわさきちひろのカラーの絵です。

 戦争はけっして起こしてはいけない,ましてや隣国との戦争は多くの犠牲者を出すことを忘れてはならないと強く思います。


シンポジウム「軟石を生かしたまちづくり」2017/07/28 16:48

 表記シンポジウムが,2017年7月27日,午後6時15分から午後8時45分まで,札幌市の教育文化会館で開かれました。都市計画学会北海道支部10周年記念シンポジウム 兼 平成29年度第1回都市地域セミナーです。

 シンポジウムに先立って,午後14時30分から石山緑地などの現場見学会が開かれました。南区常磐にある辻石材工業株式会社の採掘所も見学し,最後は教育文化会館向かいの札幌市資料館の見学だったようです。私が会場に着いた時に,ちょうど見学者の方達がバスから降りてきました。


佐藤俊義氏
写真1 講演する佐藤氏

 佐藤俊義氏(札幌軟石を語る会):北海道の軟石文化
 北海道造園設計株式会社の取締をやりながら,札幌軟石を語る会の活動をしています。2002年に藻南公園の「札幌軟石広場」の設計を担当しました。この広場は2004(平成十六)年に完成しています。
 札幌建築鑑賞会と一緒に札幌市内の軟石建物の調査を行い,300棟以上の建物のデータを揃えてきました。
 札幌軟石は支笏カルデラが出来たときの火砕流が固まったもので,加工がしやすく断熱性に優れて耐火性も備えていたために,明治の初期から石材として利用されてきました。
 札幌軟石の特徴は,白い軽石が入っていることです。最近の使用例では,軽石が,舞う雪のように見えると言うことで室内にも使われているそうです。
 昔はすべて人力で採掘していて,ツルハシで溝を切り,金矢を打って石を割り出し,野取りで表面に模様をつくるという作業を行っていました。

 島松軟石というのは,島松駅逓近くで採掘されたもので,札幌軟石と同じく支笏カルデラの火砕流です。オレンジ色の軽石が入っているのが特徴です。

 小樽軟石は小樽市の桃内(桃岩),奥沢,手宮などで採掘されていました。これらは新第三紀の水中に噴出したもので,縞模様が美しいのが特徴です。

 登別軟石はクッタラ火山の火砕流で,登別川のほとりに採石場がありました。石積の間知石として使われていました。

 美瑛軟石は,120〜150万年前の十勝カルデラの噴火による十勝火砕流が固まったもので, JR 美瑛駅の北西側に採掘所がありました。石山という地名が残っています。JR 富良野線の美瑛駅の建物がこの軟石を使っています。
 *十勝カルデラは旭岳からトムラウシ山にかけて南北にやや長い形をしたカルデラです。

 金華(かなはな)軟石は,北見市留辺蘂町で採掘されてきました。赤味を帯びているのが特徴です。北見市端野町の石倉公園に倉庫が残っていて交流センターとして使われています。

 網走軟石は,網走湖の東に採石所がありました。網走監獄屋内施設の建材として囚人によって切り出されました。
 *図幅とこの日見せてもらったサンプルから判断すると網走層の礫岩のようです。

 古梅(ふるめ)軟石は,屈斜路カルデラの34万年前の火砕流が固まったもので,青みがかっているのが特徴です。

 神明石は松前城の石垣に使われているもので,いわゆるグリーンタフです。最近,切り場跡が発見され埋蔵文化財包蔵地にされました。

 札幌市南区常盤に採掘所を持つ辻石材工業株式会社は,1892(明治二十五)年に石山地区で石工となった初代以来続く札幌軟石生産業者で,札幌軟石だけでなく全道の石材の加工を行っています。その役割は重要です。

 札幌軟石を,地域のブランドとして新たな展開を試み続ける必要があります。


小原恵氏
写真2 パネリストの小原氏

小原 恵氏(軟石や代表):
 札幌市南区石山で軟石の端材(はざい)を生かした商品を作って売る「軟石や」をやっています。
 石山で生まれ,札幌軟石のツル目仕上げに惹かれ辻石材工業に入社しました。
 最初は端材を使ってマグネットを創りました。それから,アロマストーン「かおるいえ」を創りました。
 東海大学札幌のデザイン文化部の学生に授業で軟石を使って作品を作ってもらいました。スマートフォン用のスピーカなどユニークな作品が出来ました。
 札幌軟石でパンを焼く石窯を創りました。cafe スロープで,このパンを売っています。
 石山緑地でキャンドルナイトを行いました。3,000個のキャンドルを一人の女性がつくりました。
 地域の人に支えられ,「かおるいえ」は順調に売り上げを伸ばしています。


角 幸博氏
写真3 パネリストの角氏(右)
 左はコーディネーターの小松正明氏(都市計画学会北海道支部 副支部長:国交省北海道開発局 稚内開発建設部 部長)

角(かく) 幸博氏(NPO 歴史的地域資産研究機構代表・北大名誉教授):
 網走軟石は,網走監獄の地産地消であり,石材のほかに瓦なども自作していました。
 現在,石切職人などと飲み会をやっていますが,古い建物の修繕などの相談があると,この人たちがすぐに動いてくれます。
 技術の継承と快適な都市空間を作るという目標があります。
 建築基準法や消防法との兼ね合いで,古い建物を改修して使うことが難しくなっています。 
 ニッカの余市蒸留所の建物は炭素繊維で補強して,ガチガチの補強を行っています。
 札幌では明治初年に硬石(こうせき)が,円山と八垂別(はったりべつ)で見つかり使われます。その後軟石が使われ始めます。
 ユジノサハリンスクの博物館(旧樺太庁博物館)は,日本の石材が使われていますが,補修には韓国の石材を使っています。


地蔵 守氏
写真4 会場から発言する地蔵 守氏(手前)

 その他,札幌建築鑑賞会の杉浦正人氏,辻石材工業の元石工の地蔵 守氏が,会場から発言しました。


(感想など)
 2011年に北大総合博物館などが中心となって,「わが街の文化遺産 札幌軟石−支笏火山の恵−」(地質の日展)という展示を北大総合博物館で開きました。この時に,佐藤氏や杉浦氏の活動の成果そ展示しました。
 さらに,北大総合博物館が改修中で使えなかった2015年と2016年に,この展示を札幌市資料館で開きました。この時には,地質百選検討グループ(日本地質学会北海道支部)の名で「札幌市資料館で見られる石」というリーフレットをつくりました。このリーフレットの表紙に,佐藤氏の札幌市資料館のスケッチを使わせてもらいました。

 佐藤氏は,道内の軟石採掘所を実際に廻って,地元博物館の人たちと協力して採掘跡を確認しています。この情熱に敬服です。
 なお,佐藤氏の講演資料は下のURL で,その一部を見ることが出来ます。
( https://sapporonanseki.jimdo.com/北海道の軟石文化/ )

 軟石やの「かおるいえ」は,真駒内滝野霊園の売店で見て買いました。シンプルな形と手頃な値段が,その場ですぐ買った理由です。女性の感性が光った作品です。

 石材を通じて街の景観に対する関心が高まると良いと思います。同時に,石材の生い立ち,地質や岩石にも関心を持ってもらえると,ありがたいなと思います。


岩見沢トレイルラン20172017/07/24 11:54

 7月23日(日)に,岩見沢公園の背後の丘陵で開かれました。遠くから観覧車が目立つ岩見沢グリーンランド遊園地の隣りにあるキタオンが,スタート・ゴールです。

 この日は久しぶりに天気が良く,曇りから晴れに変わりました。後半,グリーンランド遊園地の脇を通る頃には,かなり強い日差しとなりました。

 去年は15km に出たのですが,10km過ぎからガス欠状態となったので,今年は10km にしました。制限時間は2時間,5km を1時間,1km を12分 で走れば大丈夫なわけで,1km9分,10km を1時間半で走ることを目標としました。結果は1時間32分12秒で,完走者82人中79位でした。気持ちよく走れました。
 気軽にトレイルランをやってみようという人にお勧めの大会です。
 コース図は下のウェブサイトで見ることが出来ます。
( https://iwamizawa-trailrun.jimdo.com/コース-アクセス/ )


開会式
写真1 キタオンでの開会式


スタート直後
写真2 スタート直後
 岩見沢公園の中の遊歩道を行きます。日差しが強くなってきました。


急坂
写真3 最初の急坂
 早くも歩く人が出る急な坂です。傾斜は15度程度です。 それほど長くないので頑張れる坂です。
 端で見ている人には歩いていると思われるでしょうが,一応,走るポーズで登り切りました。


萩の山スキー場
写真4 萩の山スキー場の尾根をゆく
 急坂を登り切ると,多少の上り下りはありますが,快適な道が続きます。坂の下に先行のランナーが見えます。


林の中
写真5 林の中を走る
 2km 過ぎからは林の中の道です。下が土なので,走っていて気持ちが良いです。日差しも届かないので快適です。


岩見沢公園
写真6 岩見沢公園の中を走る
 岩見沢公園の北の端にあるキャンプ場の中を走ります。日差しが強いです。


グリーンランド脇
写真7 グリーンランド遊園地の脇を走る
 ジェットコースターが,頭の上を轟音をたてて 走っていきます。


苔の道
写真8 林の中の苔の道
 このコースで一番気持ちの良い所です。ふかふかの苔の道です。


展望台
写真9 展望台の中を走る
 展望台をぐるっと回って反対側から下って行きます。ここからは下るだけですが,足に来ているので,結構辛いものがあります。


麦秋
写真10 麦秋
 帰りは当別経由で帰りました。麦秋の季節です。夏らしい雲が浮かんでいます。


第35回北海道小学生陸上競技大会2017/07/18 10:38

 標記大会,今年は7月16日(日)と17日(月:海の日)に開かれました。会場は室蘭市の入江陸上競技場でした。この大会は,第33回全国小学生陸上競技交流大会(8月18・19日:神奈川・日産スタジアム)の北海道予選会を兼ねています。

 各地方協会の大会で標準記録を突破した選手が参加するので,かなりレベルの高い争いになります。ここ数年で,記録が大幅に伸びた印象があります。


3年女子800予選
写真1 小学3年・女子800mの予選
 三組に分けて予選が行われました。この3組は10人が参加。予選通過は2着プラス2名と熾烈です。2分55秒台で予選通過です。


5年女子100m決勝
写真2 小学5年・女子100m決勝
 1位は抜け出し14秒26でしたが,2位から4位までは0.01秒差でした。


35年記念Tシャツ
写真3 35回記念のTシャツ
 キタキツネが頑張っています。

 全道大会では,各地方協会に所属する選手同士が声援や応援を送る姿がありました。予選を通過出来なかった選手に寄り添って,慰めている姿もありました。

 1日目は土砂降りの雨となりました。2日目は曇りで,条件としては良かったです。
 小学生の大会ですが,なかなか感動的な大会でした。


日本応用地質学会北海道支部 2017個人・招待講演会2017/06/24 14:39

 前日の日本応用地質学会北海道支部に続いて,日本地質学会北海道支部の個人・招待講演会が2017年6月17日(土)に開かれました。場所は,北大理学部5号館の大講堂でした。個人講演は8件でした。


 最初に,宮坂ほかによって,翌18日に日行われた『2017年春巡検 「札幌の失われた川を歩く」の紹介』が行われました。

 二つほど紹介します。


 林 圭一・川上源太郎・廣瀬 亘・渡辺真人,北海道東部能取湖周辺の新第三系層序と渦鞭毛藻シスト化石-渦鞭毛藻シスト群集に基づく堆積場の古環境変遷-


 網走地域の能取湖周辺の新第三紀層は,常呂層,網走層,能取(のとろ)層,呼人(よびと)層です。能取湖東岸では珪藻化石による年代が明らかにされていますが,西岸では詳細な地質年代は不明でした。渦鞭毛藻シストと年代測定によって,この地域の層序と年代対比の再編を行いました。時代の新しいものから要点を記します。

1)能取湖西岸の上部呼人層は東岸の能取層~呼人層に対比されます。

2)西岸の下部呼人層は中期中新世~後期中新世前期に対比されます。泥岩主体であることから網走層の同時位相の鱒浦層に対比されます。

3)東岸の能取層は中期中新世(16Ma-12Ma)です。

4)西岸の能取層は漸新世~中期中新世前期以前に対比されます。ジルコンの放射年代は20Ma(2千万年前),フィッショントラック年代は15.5Maです。このことから,前期中新世に対比されます。常呂層の一部として再定義しました。

5)常呂層上部の砂岩部層上部層・泥質砂岩部層は放射年代,フィッショントラック年代とも21Maです。

6)常呂層下部の礫岩部層・砂岩部層は後期漸新世(28Ma~23Ma)に対比されます。


 渦鞭毛藻シスト化石群集から当時の堆積場を推定すると,網走層上部から呼人層下部,つまり中期中新世から後期中新世にかけて(16Ma~5.3Ma)堆積場が急激に深海化しました。


*渦鞭毛藻というのは,泳ぐ推進力を生み出す2本の鞭毛を持った単細胞藻類です。主に海に棲んでいますが淡水にも棲んでいて,休眠状態では厚くて強い膜に包まれたシスト(cyst:休眠体)になります。これが化石として残りやすいのです。

**放散虫による層序年代によって、日本の地質についての解釈が大きく変わったことを思い出してしまいました。


栗原憲一氏

                講演する栗原憲一氏


招待講演:栗原憲一,地質学会が選定する北海道の化石「アンモナイト」について


 日本地質学会は,2016年5月10日の「地質の日」に「県の石」などを発表しました。北海道は、石として「かんらん岩」,鉱物に「砂白金」,化石に「アンモナイト」が選ばれました。


 北海道のアンモナイトについては,松浦武四郎が「カボチャ石」としてスケッチを描いている(東蝦夷日誌 五編。1870(明治3)年)ほか,ライマンも記述しています(北海道地質總論,1878(明治11)年)。

 アンモナイトはオーム貝やイカの仲間なので,アンモナイトの内部構造を調べることとあわせて,ある程度どのような生活をしていたかを推定できます。

 卵からふ化した直後の殻の直径は0.5~2mm程度で,大きくても10mmです。ふ化直後は比重が海水より小さく浮遊性であったと考えられます。海水を噴出する「ろう斗状」の器官があり,移動能力があったため生息場が広かったと考えられます。

 アンモナイトが死ぬと殻の中に海水が入り,海底に沈んでいくと考えられます。

 アンモナイトの中には,こんがらかったような巻き方をしているものがありますが,この巻き方も規則性があることが分かっています。

 この異常巻きのアンモナイトの一種が浦幌町の茂川流布川(もかわるっぷ・がわ) で見つかりました。産出した層準は,K-Pg境界の直下で6,680万年前です。北太平洋最後のアンモナイトとされています。

 博物館学芸員として,学術,教育,技術(保存など)の三つを総合的に進めていきたいと考えています。


*栗原さんのアンモナイトの話を聞くのは二度目ですが,いつも,その面白さに引きつけられます。

**私が学生の頃は,九州大学の故松本達郎氏がアンモナイト研究で大きな業績を上げていました。1980(昭和55)年に,松本氏が昭和天皇にご進講した際のアンモナイト化石標本が,九州大学総合研究博物館に残っているそうです。


 なお,この講演会の要旨は下のサイトからダウンロードできます。

( http://www.geosociety.jp/outline/content0023.html の「北海道支部平成29年度例会(個人講演会)」



日本応用地質学会北海道支部 研究発表会2017/06/23 14:52

2017年6月16日(金)に物理探査学会との共催で,表記発表会が開かれました。興味のあった発表について述べます。


伊東佳彦氏

     開会の挨拶をする伊東佳彦氏(日本応用地質学会北海道支部 支部長)


岡崎賢治・倉橋稔幸・山崎秀策:トンネル施工時の速度検層と岩石試験よる弾性波速度に関する一考察


北海道では,トンネル施工時に切羽から水平(先進)ボーリングを行って切羽前方地質を確認し,速度検層や岩石試験の結果を含めて地山分類を見直しています。

火山岩を地山とするトンネルで得られたデータを使って,速度検層の弾性波速度と岩石試験による弾性波速度(超音波伝播速度)について検討しました。

なお,水平ボーリングの坑内速度検層による弾性波速度をVph,ボーリングコアによる弾性波速度をVpcと表示しています。


結果の概要は次のとおりです。

1)VpcとVphの関係は,Vpc=1.08Vphでした。

 2)Vph>Vpc,つまり,速度検層の弾性波速度(地山弾性波速度)がコアの弾性波速度よりも速い試料が,380試料中134試料(36%)ありました。

3)コアの弾性波速度は,有効間隙率の増加とともに低下します。

 4)有効間隙率が20%以上のコアでは,ボーリング掘削から測定までに時間をおくと,明らかにコアの弾性波速度が低下します。


 *凝灰岩のように空隙の多い地山のコア試験は,ボーリング後の資料の保存方法に工夫が必要です。また,できるだけ早く試験することが望ましいです。


鈴木浩一・田中和弘・徳安真吾・浅野慶治:新第三紀堆積軟岩地点における電磁探査法による泥火山調査


新潟県・十日町と台湾・烏山頂(Wushanding)の泥火山で深度約1kmまでの比抵抗構造が把握できる電磁探査を行い,泥溜まり(マッドチャンバー)の存在と流体の経路を推定しました。

十日町の泥火山は北越急行ほくほく線・鍋立山(なべたちやま)トンネルの難工事区間の上に位置しています。ここでは,地下300m~800m付近にマッドチャンバーと泥火山の通路となったと思われる低比抵抗部が検出されました。

烏山頂でも同じように深度300m~500mに低比抵抗帯があり,また周囲に推定されていた断層部分でも低比抵抗帯が検出されました。

これらの結果から,十日町のように背斜軸にある泥火山では,地下に泥溜まりが形成されその後陥没が発生してその周辺に泥火山ができると考えられます。一方,断層沿いでは断層に沿って流体が上昇してそのまま噴出する,あるいは褶曲軸に沿って移動し泥溜まりを作って噴出するといった二つのパターンが考えられます。


*鍋立山の難工事区間では,膨潤圧のほかにガス圧が作用したと言われています。その正体がこの地下構造にあったのだと納得いきました。


草茅太郎・鈴木敬一・森島邦博・成田浩司:原子核乾板とシンチレータ方式による宇宙線ミュー粒子探査の比較


ミュー粒子探査は,1955年頃から始められました。割合歴史は古いです。

この発表で比較した測定方法は,次の二つです。

 1)原子核乾板を用いる方法:荷電粒子の通過によって乾板にできた潜像核による飛跡を処理することによって観測対象の内部構造を求めます。

 2)シンチレータを用いる方法は,荷電粒子が通過すると微弱に発光をするプラスチックの微弱光を高感度センサで検出します。


    表-1 原子乾板とシンチレータ方式の比較(当日資料から)


原子核乾板

シンチレータ方式

電源

不要

必要

空間分解能

高い

低い

大きさ・重さ

薄い・軽い(葉書程度)

大きい・重い(約2m)

取り扱い

易しい

難しい(光電子倍増管)

時間分解能

無し

有り

データ読み出し

遅い

早い

温度耐性

低い(約30℃)

高い(約70℃)

 

比較実験は大谷石の採掘跡のさらに下の坑道で行い,上の採掘坑道がうまく捉えられるか試験しました。

結果は次のとおりです。

 1)原子乾板方式は角度分解能が高いため,空洞の影響をより明瞭に捉えることができました。

 2)シンチレータ方式は時間分解能が高いため,同一機器で複数の方向を観測できました。


 地質の話から物理探査の話まで,豊富な内容の発表会でした。




本の紹介:シュメール人の数学2017/06/20 21:38


シュメール人の数学
室井和男,コーディネーター 中村 滋,シュメール人の数学 粘土板に刻まれた古の数学を読む。2017年6月,共立出版。

 今から4,600年前(紀元前26世紀)から4,000年前頃までのシュメール人の数学の概説書です。
 シュメールというのは,「葦の多い地方」という意味で,ティグリス川とユーフラテス川に挟まれたメソポタミアの河口地域です。治水が難しく,たびたび大洪水に悩まされました。今のイラクです。
 この時代は,日本では「縄文中期の小海退」の時期です。青森県の三内丸山遺跡が,この時代に相当します。

 著者は数学的視点から粘土板を読んで,シュメール人の数学を明らかにするために,この本を書きました。楔形文字の読み方から始まって,粘土板から数学的な部分を読み取って解説しています。

 非常に興味深い内容が一杯ですが,60進法の起源の部分が一番感心しました。360日で1年が元に戻ると言うことが 60進法の起源だと言うことです。円が360度というのも,ここからきていると考えます。

 若い人が挑戦して,新しい発見をして欲しい分野だと思いました。