2023年度 日本地質学会北海道支部例会 ― 2023/06/23 18:20
2023年6月17日(土)午後1時から5時まで、表記例会が開かれ、6つの個人講演と1つの招待講演がありました。
<個人講演>
★北野一平
「日高山脈ソガベツ沢のマイロナイト化した泥質グラニュライトの温度圧力経路」
★福地亮介、沢田健、葉田野希
「諏訪湖堆積物における氷期‐間氷期スケールでの山岳地域の古植生変遷」
★山本正伸,清家弘治,レオニド・ポリアク,ローラ・ゲメリ,ヨンジン・ジョ,内田翔馬,小林稔,小野寺丈尚太郎,村山雅史,岩井雅夫,山本裕二,リチャード・ジョルダン,山田桂,堀川恵司,朝日博史,安藤卓人,鈴木健太,加三千宣,永淵修,ロロイック・ダヴィド, 完新世北極古環境研究チーム
「西部北極海の後期完新世環境復元にむけて」
★岡本研
「士別市の岩石の観察からオリストストロームの成因を考えさせる学習」
★嵯峨山積
「北海道長沼町の上部更新統~完新統ボーリング(NGA-1)の珪藻分析」
★池田雅志,沢田健,安藤卓人,中村英人,高嶋礼詩,西弘嗣
「北海道および北米カリフォルニアにおける白亜紀海洋無酸素事変期の有機分子古植生変動の比較」
★竹下徹 「北海道支部神居古潭巡検の見どころ:蛇紋岩メランジュ中のテクトニックブロックと変成岩上昇時の重複変成作用」
*この日、竹下氏は出席できず、支部の庶務幹事の中村英人氏が巡検の応募状況の報告を行いました。
<招待講演>
★川野 潤(北海道大学理学研究院・准教授)
「炭酸塩鉱物の“non-classical”な形成過程とそれにまつわる最近の話題について」
<講演内容>
北野一平 氏:日高山脈ソガベツ沢のマイロナイト化した泥質グラニュライトの温度圧力経路
日高変成帯は東から西に向かって低変成度の岩石からグラニュライトまでが分布し、一番西に日高主衝上断層があり、それより西には日高累層群が分布しています。
日高幌別川支流のソガベツ沢のマイロナイト化したグラニュライトの転石について温度圧力経路を推定しました。その結果、400℃、250MPaから始まり、ピーク時は800℃、700MPaになり、温度降下して600℃、500MPaになるという時計回りの変成過程を経ていることが明らかになりました。下部地殻のマイロナイト化を伴うデコルマでの水平移動で形成されたと考えられます。
福地亮介氏ほか:諏訪湖堆積物における氷期‐間氷期スケールでの山岳地域の古植生変遷
長野県の諏訪湖は気候変動に応じて堆積相が変化します。集水域には八ヶ岳や蓼科山といった2000m 級の高山が含まれています。諏訪湖の南西端の陸上ボーリングのコアを解析しました。過去の堆積学的調査から堆積物は氾濫原相、沼沢相、湖成層、デルタ相と変化していることが分かっています。
植物性のバイオマーカーとして総テルペノイドに対するアビエタン、スギオール、トタロールの濃度比を用いました。スギオールとトタロールは主にヒノキ科に由来し、アビエタンは主にマツ科に由来します。結果は2.7万年以降、マツ科主体の亜高山帯針葉樹林からヒノキ科主体の温帯針葉樹林へと変化したことを推定させるものでした。
山本正伸氏ほか:西部北極海の後期完新世環境復元にむけて
ここでいう西部北極海は、ベーリング海峡北部からアラスカの北海岸にかけての地域です。この地域は、ベーリング海峡を通って太平洋の水が侵入してきます。アラスカの東では、カナダのユーコン州を流れるマッケンジー川がデルタをつくって北極海に注いでいます。この付近では、特に夏の海氷の縮小が顕著です。
太平洋の水の影響を受けているベーリング海峡の北部とマッケンジー川からの堆積物が分布している地域で、それぞれ2か所のボーリングを行い総計56mのコアを採取しました。
200年周期の太陽活動や50年周期の北太平洋の変動、太平洋の10年規模の変動が見えてきました。1950年以降の原水爆実験による137Csや西暦1600年以降の水銀の含有量の増加などが判明しています。
池田雅志氏ほか:北海道および北米カリフォルニアにおける白亜紀海洋無酸素事変期の有機分子古植生変動の比較」
9,400万年前頃の中期白亜紀は、気温が35〜42度あったとされています。この頃、海洋無酸素事変(OAE:Oceanic Anoxic Event)が発生しています。苫前町の古丹別川支流の大曲沢に分布する上部白亜系蝦夷層群佐久層(大曲セクション)とカリフォルニア北部North Fork Cottonwood Creek に分布するBudden Canyon Formation(NFCCセクション)で試料を採取し、堆積岩中の有機物から炭素同位体比変動と植生変動を復元しました。OAE2期(セノマニアンとチューロニアンの境界時期:約9,400万年前)に二つの地域の陸上植生がどのような影響を受けたかを比較し、その差異の原因を検討しました。
分析したのは、δ13C、ar-AGI(被子植物/裸子植物比を示す)、HPP(針葉樹の植生変動を示す)、テルペノイド組成(ST,DT,TTの割合)です。結果は、以下のようにまとめられます。
1)δ13C曲線は、大曲セクションではHPPと同調的で針葉樹が鋭敏に反応しているのに対し、NFCCセクションではar-AGIと似たトレンドを示す。
2)テルペノイドは、大曲セクションでは被子植物に由来するTT(トリテルペノイド)の割合が高いのに対し、NFCCセクションでは高等植物に普遍的に含まれるST(セスキテルペノイド)の割合が高い。
3)既存の花粉分析と気候変動の研究から類推すると、大曲セクションは湿潤な森林植生、NFCCセクションは乾燥したサバンナ植生と考えられる。
川野 潤(北海道大学理学研究院・准教授):炭酸塩鉱物の“non-classi-cal”な形成過程とそれにまつわる最近の話題について
水溶液から結晶が形成される過程は、従来、イオンあるいは分子の集積による核生成と成長によって説明されてきました。これが古典的結晶形成過程です。これに対して、核形成をともなわずにクラスターや非晶質層を経由して結晶が形成されるとするのがnon-classicalな結晶形成過程です。
炭酸カルシウムCaCO3は、地殻中はもちろん生体鉱物としても存在します。常温常圧で安定な他形であるcalcite、高圧相であるaragonite、安定領域を持たないvaterite、非晶質相(ACC:amorphous calcium carbonate )や水和物など様々な形態が存在します。過飽和水溶液中において、まず非晶質層が形成されその後、他形形成が行われていることが明らかになってきました。non-classical pathwayといえる多様な形成経路が存在します。
炭酸カルシウムの形成過程の最初期にナノクリスタルが形成され、これが重合してメソクリスタルが形成されます。そして、色々な経路を通って炭酸塩鉱物の結晶が形成されます。
量子化学計算によって炭酸カルシウムの結晶形成初期過程の構造解析を行いました。4つのCaCO3があればcalciteが出来、Mgが入るとaragoniteになります。水分子や有機物が関与したらどうなるかの解析も行おうと考えています。結晶形成や溶解の場で、pHやCa2+の影響などによって異なる他形が形成されることも明らかになりました。
<感 想>
聞き応えのある発表が多い例会でした。
川野さんの炭酸カルシウム形成過程の話は、充分には理解できませんが、反応を可視化できるというのはすごいことだと感心しました。
内容を紹介しませんでしたが、岡本さんのオリストストロームを露頭観察から理解してもらおうという試みは、面白いと感じました。露頭観察から何を見いだすかは、地質調査の一番面白いところだと思います。もちろん、一般的な知識を身につけていることが前提です。
なお、この講演会の要旨集は、日本地質学会ホームページの支部のウェブサイトで入手できます。