久しぶりのモエレ沼公園 ― 2025/01/13 08:09
第43回地質調査総合センターシンポジウム ― 2025/01/11 16:47
第43回地質調査総合センターシンポジウム「地質を用いた斜面災害リスク評価−高精度化に必須の地質情報整備−」が2024年12月20日(金)に開かれました。会場は福岡アクロスでした。Microsoft Teams で視聴しました。
当日のプログラムを下に示し、講演の概要を述べます。
<千木良雅弘氏>
斜面災害を軽減するには、災害発生場所、雨量の予測が必要です。地形データは定量的取り扱いが可能になってきましたが、地質については定性的な説明で対応せざるを得ません。地質構造、地盤物性、水理特性など、すべてを定量的に説明することは難しいです。
土砂災害ハザードマップの対象は、急傾斜、地すべり、土石流などがあります。地震では傾斜20度未満の斜面で、浅いすべりが発生しています。そのほかに、深層崩壊があります。
土砂災害警戒情報は、60分積算雨量、土壌雨量指数、地盤の水分量などを用いて計算します。土壌雨量指数は、3段のタンクモデルで計算します。しかし、同じ三つのタンクが自然を反映しているかは疑問です。手法としては高度ですが不確実なのは否めません。
災害には地質による癖があります。
2024年能登半島地震の想定震度と斜面災害の密度は厳密には対応していません。特定地質の場所に集中しています。
輪島市と珠洲市の境界にある水山では、斜面崩壊で発生した土砂が谷と流れました。この付近は軽石凝灰岩の分布域で、軽石は簡単に潰れて泥ねい化します。
水山の東北東で発生した大久保地すべりでは、シルト岩中に挟在する凝灰岩層ですべりが発生しました。
2004年の新潟県中部地震では、泥岩中の凝灰岩がすべり面となって地すべりが多発しました。芋川地すべりでは古い地すべり土塊の末端が洗掘されてすべりが発生しました。
これらの地すべりでは地層の走向・傾斜と斜面の関係が重要で、斜面に対して流れ盤で斜面勾配より地層の傾斜が緩い柾目盤がすべりやすいです。
火山灰や軽石の分布域では、地表を一面に覆った火山灰などの斜面下方が洗掘されて不安定化した火山灰層がすべります。2018年北海道胆振東部地震の時の樽前d層でのすべりがその例です。このような降下火砕物の地震時崩壊は、9千年から1万2千年くらい前に噴火した軽石層とその直下をすべり面として発生しています。
注意が必要なのは、斜面上に残った不安定な土塊が無くなるまで崩壊が続くことです。
降雨による崩壊には表層崩壊と深層崩壊があります。花こう岩分布地域では表層崩壊が多く発生します。斜面の微地形に表層崩壊の痕跡が出ています。
付加体堆積物分布域では深層崩壊が多く発生します。付加体中には知られていない断層があり、それが弱層となって崩壊が発生します。耳川や川辺川などの崩壊が一つの例です。
地質分布に着目すると深層崩壊発生頻度推定マップが出来るかもしれません。
斜面災害のデータを蓄積しアーカイブを作成すること、見かけではなく事実をとらえることが大事です。
<梅本武史氏>
土砂災害は、急傾斜地の崩壊、土石流、地すべりです。都道府県が基礎調査を行い、渓流や斜面など土砂災害により被害を受けるおそれのある区域の地形、地質、土地利用状況について調査を行います。この調査結果にもとづいて、土砂災害警戒区域あるいは土砂災害特別警戒区域を指定します。この警戒区域の指定にどんな課題があるか。
令和5(2023)年に発生した土砂災害は1,471件、令和6年は1,329件で能登半島地震による石川県の土砂災害がありました。
最近、雨の降り方が変わりました。この10年では崖崩れ(急傾斜地の崩壊)が一番多いです。人的被害を減少させることが重要です。
方法としては、施設整備、土地利用の規制、特別警戒区域での規制、警戒避難態勢の整備などがあります。
<宮縁育夫氏>
2012年の九州北部豪雨で阿蘇カルデラの東壁が崩壊しました。地質は阿蘇溶結凝灰岩で27万年前、14万年前に噴出したものです。カルデラ壁の下の崖錐堆積物には巨礫が含まれています。阿蘇火砕流堆積物(Aso-1、Aso-2)の上位にある後カルデラ期火山灰層で最初の崩壊が発生し、崩壊頭部に1.0〜1.5mの滑落崖ができました。カルデラの中央火口丘の斜面でも浅層崩壊が多発しました。
阿蘇カルデラでは1990年と2001年にも豪雨で浅層崩壊が発生していて、3,000年前の火山灰層で崩壊が発生しています。崩壊した土砂は土石流に転化しました。
2012年7月12日の豪雨では黒色火山灰と褐色火山灰の境界で浅層崩壊が発生しました。8,000年間の層序を検討すると、3,000年前のテフラである王城岳スコリアが崩壊していることが分かりました。
伊豆大島では2013年10月15日〜16日にかけて4時間で90mm以上、元町では時間100mm以上の豪雨が発生しました。地震計に斜面崩壊を示す波形が記録されていて、豪雨のさなかに崩壊が発生したことが分かっています。
大島の西岸斜面の大金沢では1777年の火山灰(Y1)の下底がすべり面となっていました。さらに下位には1421年火山灰(Y4),1338年火山灰があります。これらの火山灰層で支持強度、飽和透水係数を測ってみるとギャップがあり、現地ではパイピングホールが形成されていました。
長沢流域では2013年の土石流は砂主体でした。土砂堆積量は1平方キロメートルあたり1万立方メートルでした。
阿蘇中央火口丘の話に戻りますが、阿蘇中央火口丘群の一つに高野尾羽根火山があります。約5万年前に流紋岩質溶岩が噴出しました。斜面には3万年前のATテフラ(姶良Tn)、7.3千年前のアカホヤテフラが堆積しています。地震による崩壊はATテフラの直上で発生しています。このテフラにはハロイサイトが形成されています。
南阿蘇の遺跡発掘では弥生時代の遺跡が出ました。
カルデラの東壁では5千年前と2千年前の二つの土石流があります。
最近3,000年間に火山灰が2m以上積もった場所で崩壊が発生しています。
<大石博之氏>
九州には、天草の地すべり、筑豊の土石流、火山地域の崖崩れなどの斜面災害があります。
斜面災害の発生には、地形、地質構造、降雨量、地下水位などの要素があり、安定解析によって評価します。地形の変化については河川による侵食が引き金になります。
熊本県の山都町に五老ヶ滝があります。この滝は約27万年前の阿蘇1火砕流とその上位の阿蘇2火砕流が急傾斜で接していて、トップリングによる崩壊で滝が形成されています。
このような第四紀火砕流堆積物では雨が降らないのに崩壊します。火砕流堆積物の間から湧出する地下水によって侵食されるためです。
災害発生の共通パターンを見出すことが重要です。急傾斜地の土砂災害警戒区域指定の要件である崖の高さ5m以上、斜面の傾斜30度以上という要件について、ほかの要件を考慮する必要があります。地質単位で地域を区分し、災害が起きない条件も明らかにするのが良いと思います。
<宮地良典氏>
斜面災害リスクの評価を行う感受性マップを作成しています。例えば、地すべり感受性マップを作成し、これをもとに地すべりハザードマップ、災害リスクマップを作成するという流れです。感受性マップは、地形、地質、植生、土壌などを考慮します。また、履歴情報、斜面変動情報、地史や災害記録、衛星情報などを収集します。20万分の1地質図に対応した脆弱地質の分布図を作成します。脆弱地質の分布を把握するために、現地調査、微動アレイ探査、熱水変質の分布と性質、広域磁気測定、走向・傾斜図と流れ盤地すべりの抽出、すべり面の深度と物性値などのデータを収集しています。衛星情報による感受性マップを検討しています。
*これらの成果の一部は、GSJ研究資料集として公開されています。
<水落裕樹氏>
斜面災害リスクを衛星情報、航空機やドローンによるデータなどを用いて解析しました。
現在、人工衛星は8,000基以上が運用されています。可視光観測、熱放射観測、マイクロ波観測などのデータがあります。オープン・フリーデータを用いて斜面災害の検知、分類、モニタリングを行い、過去の災害履歴と合わせて斜面災害リスックの評価を行っています。
光学衛星データは太陽光によるデータで、植生変動の把握に有効です。マイクロ波衛星データは長波長の電磁波の反射をとらえるもので、雲を透過するので天候に左右されることがありません。干渉波解析を行えば微地形の変動をとらえることができます。
植生の変動は地すべりが発生している可能性を示します。マイクロ波の衛星データ(SAR)では時系列の干渉解析を行うことで変位速度を把握できます。SARで検出した変位地形の6割は地表踏査で確認できました。北松型地すべり地域ではcmオーダーの変動を検出しました。
今後は、機械学習と組み合わせて地すべりの危険度評価を行う予定です。
*SARによる変動解析は、Lバンド(波長15〜30cm)を使うと樹林帯でもできるとのことでした。
<大熊茂雄氏>
日本には火山が440箇所あります。
火山では熱水による変質作用によって岩盤が粘土化し、すべり破壊が発生しやすくなります。熱水変質した岩盤は、磁性が極端に低いのが特徴です。それで、磁気探査によって変質帯を検出できます。
ドローンによる空中磁気探査を阿蘇中央火口丘の一つである烏帽子岳の西方約2.6kmにある吉岡地域で実施しました。高度25mで測線間隔25mでの探査の結果、変質帯が地下に広がっていることが確認できました。また、溶結凝灰岩の地割れを検出できました。
<斎藤 眞氏>
九州の地質の整備を進めてきました。
先第三紀の地質は低角な傾斜をもつ構造です。付加体堆積物の上に表層堆積物が分布しています。三波川変成帯は島原と長崎に分布しているだけです。四国海盆の沈み込みを除いた地質が九州の地質です。
北九州は石炭紀、ジュラ紀の高圧変成岩が分布し、九州山地の蛇紋岩が境界となっています。椎葉村の白亜紀、古第三紀の付加体は低角です。知覧層や柊野(くきの)層がこれに相当します。
九州のジュラ紀付加体は秩父古生層に蛇紋岩が挟在しています。三畳紀〜ジュラ紀の高圧変成岩を御船層群が不整合に覆っています。中央構造線は分布していなくて、800万年前から正断層群が形成されています。
斜面災害との関連で不足している地質情報として接触変成岩があります。接触変成岩類の分布域では地すべりは少ないですが、土石流の危険性は高いです。
<総合討論>
総合討論で出された意見を列記します。
・どこで崩れるかを判断するには、歩いて地質を把握することが大事です。テフラ層のマッピングや接触変成岩の分布マップが必要です。
・崩壊予測は難しいです。ただ、崩壊深度は予測可能と考えています。崩壊地と崩壊地の間が崩壊しやすいことも注意が必要です。
・地すべり感受性マップのような手法を用いて、地質が斜面災害にどのように効いてくるか、データを整備する必要があります。
・過去の地質情報資産は価値があります。いろいろな情報を統合することが必要です。それぞれの地域と結びついた情報の検証が必要です。
・情報をどういう風に出すか検討が必要です。地形的要件のみで的を絞り、地質的要件を付加するという方法もあると思います。いずれにしても、不確実であること、地域によってリスクが異なることを考えることです。
・風化は岩石に固有の性質です。花こう岩は深層風化します。このような風化の程度は地形に現れます。福島では弱溶結の火砕流堆積物の風化が崩壊を起こします。
・岩石ごとの風化様式を整備すること、岩石をグループ分けしグループごとの地質情報を結合することで斜面災害の起こりやすい場所、条件を示すのが良いと思います。
<感 想>
地形学に比べ地質学では定量的な取り扱いができていないことは大分前から言われてきました。地質の場合は「質」が重要な要素なので定量化が難しいのは当然と言えば当然です。そこでは時間的要素が、かなり重要な役割をしています。堆積岩類の固化過程や逆に岩石の風化過程などです。2018年の北海道胆振東部地震の斜面崩壊では、9千年前に噴火した樽前dテフラの軽石がハロイサイト化して脆弱になり、崩壊発生の素因となったことが指摘されています。
斜面災害のリスク評価に地質的要素をどう取り入れていくのか、今後も様々な試みが必要と感じました。
2024年度 土砂災害予測に関する研究集会 ― 2024/12/16 17:57
防災科学技術研究所が主催した表記の集会がありました。
2024年12月9日の午前10時から昼休みを挟んで午後5時半までで、テーマは「能登半島地震による土砂災害の実態と特徴―新潟県中越地震 20 年を迎え過去の災害を振り返りつつ―」でした。
zoomで視聴しました。
柳井清治氏の基調講演は聞き逃してしまいましたが、興味深い発表を紹介します。
今回の能登半島地震は、1月1日に発生しましたが、その被災の復興途中で9月21日から23日にかけて豪雨災害に見舞われました。地震で発生した斜面崩壊が豪雨でどのような影響を受けたかも、今回の集会の話題の一つでした。
大丸裕武氏(石川県立大学):2024年の能登半島地震による斜面変動が地震後の降雨による崩壊・地すべりに与えた影響
1月1日の能登半島地震では輪島での地震による斜面崩壊は少なかったのですが、9月の豪雨による崩壊は多かったです。
輪島市の北東にある天笠山(てんがいやま:標高234.9m)周辺では、地震によって移動した土砂の末端が洗掘され、9月の豪雨によって流動して被害が発生しました。斜面を構成する地質は、風化珪質泥岩で、その上に成因不明の角礫層が載っていました。地震による崩壊地に隣接した崩壊していない斜面が、豪雨によって崩壊しました。あるいは、地震で斜面上に残った板状のブロックが豪雨で移動しました。赤褐色の風化皮膜が崩壊土砂の下底となっています。
現地踏査をすると、航空レーザ測量では捉えられていないクラックが崩壊地の隣に見られました。
高見智之氏(国際航業):2024年能登半島地震で生じた低角並進地すべり
2024年能登半島地震で発生した地すべりは、低角並進地すべりと呼べるものです。
航空レーザ測量の地形図を地震発生前後で比較、現地調査、空中写真判読を行いました。
斜面崩壊は半島北部の褶曲帯に集中しています。
輪島市・町野町の真喜野地区は向斜の軸部にあります。地すべりの変位ベクトル断面図を描くと長さ800mで5〜9m移動していて、地すべり先端部で移動量が大きくなっています。
真喜野地区の南地域の地質は、珪質シルト岩で暗灰色泥岩が挟在しています。層理面のほかに亀裂が発達していて、グラーベン(地塁)が形成されています。地すべりは褶曲軸の軸方向の凹み(デプレッション)に向かって移動しています。
輪島市と珠洲市の境界にある八太郎峠(はったろう・とうげ)の斜面崩壊は、向斜軸に位置していて地下水が集中しやすい地質構造となっています。
珠洲市にある国道249号の大谷ループ道路地区では、すぐ東を流れている烏川の両岸で川に向かって崩壊が発生しています。低角の並進地すべりです。
輪島市蛇喰(じゃばみ)地区で発生した地すべりは流れ盤構造で、頭部陥没帯は5m沈下し末端は5m隆起しました。
同じような地すべりは、1914年の秋田県仙北地震、2008年の岩手・宮城内陸地震、20018年の北海道胆振東部地震などでも起きています。低角並進地すべりが発生する条件は、新第三紀の褶曲帯、すでに重力変形による微地形が形成されている斜面、古い地すべり地形とその周辺、古い地すべりの末端が河川侵食を受け小規模な崩壊が発生している場合などがあります。
佐藤 浩氏(日本大学):令和6年能登半島地震の PALSAR 2 データピクセルオフセットによる地すべりの把握
ピクセルオフセット法は、2枚のSAR強度画像の精密な位置合わせによって地表変位を計測する技術です。今回はSAR画像の後方散乱強度画像を用いました。
ALOS-2が進行する軌道方向(アジマス方向)の電波成分とそれに直交する電波照射方向(レンジ方向)の電波成分を使って画像を得ます。精度は低くて10数cm程度で、空間分解能は数100m〜1km程度です。
地形の3次元成分の推定には、ALOS-2の北行きと南行きのデータを使いますので、4成分のデータを使うことになります。この中から地殻変動の成分を除去して地すべり移動域あるいは斜面崩壊堆積物の分布域を抽出しました。
珠洲市・若山町の出田(すった)から輪島市・町野町栗蔵(あわぐら)へ抜ける白米坂断層付近の変動は、起震断層ではなくノンテクトニック断層と考えられます。その北をほぼ並行に通る若山川向斜付近に地すべりが集中していることも確認できました。
井口 隆氏(防災科学技術研究所):防災科研の地すべり地形分布図との比較による地震地すべりの再活動性―新潟県中越地震の事例も踏まえて―
2004年10月に新潟県中越地震が発生しました。この時、国際分類に準拠して斜面変動分布図を作成しました。
この時発生した東竹沢地すべりは、芋川を閉塞しました。地すべり移動体は、芋川による末端侵食で再移動しました。
泥岩地域で発生した地すべりは、規模とAHP(Analytic Hierarchy Process: 階層分析法)の得点に関連があります。
今回の地震で珠洲市の若山川沿いに現れた段差地形は地すべり移動体の末端と考えられます。
国道249号・大谷トンネルや中屋トンネルの地すべりなどがあります。
地震地すべりと推定されている地すべりが、北海道にあります。日本海側の苫前町・古丹別から道央の士別市に抜ける国道239号の古丹別川右岸や羽幌町の築別川上流左岸の巨大地すべりです。
図1 古丹別川右岸の巨大地すべり(地理院地図より)
地質は中新世の古丹別層の礫岩・砂岩・泥岩互層で、走向は北東−南西、傾斜は西に25度ほどです。
千木良雅弘氏(深田地質研究所):地震前後の降雨の斜面崩壊に対する影響
能登半島地震では輪島市・市ノ瀬町で崩壊性地すべりが発生しました。この地すべりの動画が公開されていますが、最初土塊が移動してきて、後から泥流状の土砂が移動してきています。地下水が噴出した痕跡がありました。
輪島市と珠洲市の境界にある水山(標高404.5m)では、成層した軽石凝灰岩の軽石が粘土化し地すべりが発生しています。今回の地震前1ヶ月の累積降水量は400mmを越えています。2007年の能登半島地震での地震前1ヶ月の累積降水量は、200mmほどでした。
新潟県中越地震では地すべり移動体の末端が侵食され、地震が起きて崩壊しています。また、地震によって不安定化した土砂が斜面に残っていて500mmを越える降水があると移動する可能性が高くなります。
しかし、地震前の先行降雨が多ければ崩壊数が多くなるわけではありません。北海道胆振東部地震での崩壊は、火山灰の風化による地下水の貯留や粘土鉱物の形成が素因となっています。
八木浩司氏(深田地質研究所):輪島市東部八太郎峠付近で発生した地震地すべりの活動履歴
八太郎峠付近には大規模な並進地すべりがあります。八太郎峠の北から北西にかけてグラーベン(地溝)があります。地質的には向斜軸(若山川向斜)となっています。この向斜軸を挟んで並進地すべりがあり、南側へはね上がって末端が押し出し、斜面崩壊が発生しています。グラーベンの閉塞凹地埋積堆積物から試料採取し、炭素同位体分析を行ったところ、BC500〜700という年代が得られました。これは能登半島北岸の第3海成段丘(L3)の年代に相当します。
村上智昭氏(株式会社復建技術コンサルタント):能登半島地震による層理面に規制された地すべり性崩壊について
輪島市の名舟海岸には古い地すべり地形があります。今回の地震で、その末端の一部が崩壊しました。地質は珪質のシルト岩で、北西に50度ほどで傾斜しています。
珠洲市の国道249号・逢坂トンネル付近の地質は中期中新世の粟倉層の流紋岩質火砕岩と珪質シルト岩です。シルト岩の層理面に沿って並進地すべりが発生しました。移動土砂の中に熱水変質粘土が含まれていましたが、その由来や地すべりとの関係は不明です。
杉本宏之(土木研究所):輪島市市ノ瀬地区で発生した地すべりの地形・地質的特徴
輪島市・市ノ瀬町では尾根から崩壊が発生して河道閉塞し、渓流沿いに土砂が移動しました。規模は奥行き1kmほどで、地質は第三紀・漸新世〜中新世の繩又層で火山砕屑岩を含む砂岩。泥岩・礫岩の互層です。
斜面は、尾根型斜面で下部が急傾斜となっています。側方には谷が入っていて解放されているので、地震によって揺れやすい地形条件となっています。層理面は流れ盤で、節理や小断層が発達していて引っ張りの力に弱い状態です。今回崩壊した頭部には線状凹地があり、もともと重力変形が起きていたと考えられます。
輪島市・町野町の鈴屋川沿いの崩壊も同じ地質条件にあります。
崩壊対策を行っていた斜面の隣接斜面で新たな崩壊が起こっています。既存地すべりの周辺の点検が重要です。
稲垣秀輝(株式会社環境地質):土砂災害の法的指定ハザードマップの適用性と地震・豪雨への対応
今回の地震で多くの人が亡くなった穴水町・由比が丘ではハザードマップの指定地域でないところで崩壊が起きました。
由比ヶ丘は、傾斜50度の崖の上に傾斜20度の崖があり、地形傾斜とほぼ同じ傾斜の流れ盤となっています。泥岩の上に火砕岩が載っていて、その境で湧水があり崩壊が起きました。
地形だけでなく地質構造を考慮する必要があります。また、隣接斜面の崩壊状況を見ることも重要です。
今回起きたのは地震豪雨複合災害です。2024年9月には7日間で540mmという100年に1回の降雨があり、1時間最大雨量は121mmでした。この地域には大量の降雨に対する免疫がありません。
輪島市曽々木では直径8mの転石が運ばれてきました。稲船町の運動公園の奥で崩壊が発生しました。中屋トンネル坑口では豪雨によって0次谷で崩壊が発生しました。
豪雨によって崩壊が奥に広がると同時に地震で緩んだ土砂が崩壊しました。崩壊跡のデータベース化が必要で、その場合0次谷を評価要素に加える必要があります。
総合討論
この後、総合討論が行われました。列挙します。
・2007年能登半島地震で崩壊したのと同じような場所で崩壊している。
・安山岩溶岩の分布域では震度が大きくても崩壊は少ない。
・斜面の傾斜35度以上で崩壊が発生しやすい。
・斜面の向きによる崩壊のしやすさは、傾向が見られない。
・流れ盤という地質構造が崩壊に効いている。
・並進地すべりは弱層がすべり面となっている。
・道路に併走している褶曲軸で地すべりが規制されている。
・航空レーダ測量などによって地形データは高精度になっているが地質データの精度が不足している。
・風化などの要素を考慮した地質図が必要である。
・地すべり移動体を地質図の地質区分に加える必要がある。
・地質情報は、せいぜい50mメッシュであるが、大縮尺の地質図・地質構造図が必要である。
・水山付近の軽石凝灰岩は水を吸いやすいので注意が必要である。
・半島の西部に豪雨による崩壊地が密集している点に注意が必要である。
・崩壊地の地質は水中火砕岩であることが多い。堆積構造に支配されて地形が形成されている。
・変質を受けていて粘土鉱物が多い。
・赤色風化の面で崩壊を起こしている。
・0次谷の崩壊が発生している。
・木造家屋が破壊される外力はある。
・付加体堆積物では深層崩壊が起きるため威力が大きくなる。
・地震が発生したあと、線状降水帯による豪雨が起きること考えて対策する必要がある。
・2022年度から地理総合が必修科目となったが、複合災害を扱っている教科書は1社のみである。
・航空レーザ測量で斜面に残存している土砂を捉えて評価する必要がある。
・流域単位での危険度認識が必要である。
・先行降雨があって地震が発生した場合の土砂災害をどう評価するかが問題である。
・過去の事例が最大かどうかに注意が必要である。
・土砂災害危険区域などは地形で指定しているだけなので、表現されていないハザードがある。どう表現するかが問題である。
・建築基準法で規制するのが良いであろう。
・建築物の耐力に対する外力の予測が必要である。
・砂防施設は効果を発揮している。0次谷の崩壊で土砂量は決まる。
ブックレット:「高レベル放射性廃棄物」はふやさない、埋めない 同:福島第一原発の汚染水発生量を抜本的に減らす対策 ― 2024/12/09 17:35
左:地団研ブックレットシリーズ13 「高レベル放射性廃棄物」はふやさない、埋めない−「科学的特性マップ」の問題点−
右:地団研ブックレットシリーズ18 福島第一原発の汚染水発生量を抜本的に減らす対策−海洋放出開始後の実態を踏まえて−
経済産業省資源エネルギー庁が2017年に公表した「科学的特性マップ」でいう「好ましくない地域」の選定基準が適切か?が問題です。
「ブックレット13」では、地震、活断層、火山について検討しています。そして一番の問題は、地下水についての扱いです。
地下水の扱いは原子力発電所の建設に関わった技術者の弱点です。それが最もよく現れているのが、福島第一原子力発電所の汚染水を未だに止められないとう事態です。
汚染水を止めるには、まず原発周辺を含めた水文地質的な最新の知見を得て、地下水の専門知識を駆使して対策を立てる必要があります。
「ブックレット18」で提案されているのは、原子力発電建屋の山側に集水井群を設け、さらにその外側に広域遮水壁を設けるというものです。破壊された原子炉建屋周辺に地下水が流入することを止めるという発想です。集水井も広域遮水壁も多くの実施例がある確立された工法です。「ブックレット18」では地下水流動シミュレーションによって、上に述べた対策工の効果を予測しています。
東京電力は、2023年8月から「汚染水」(処理水)を海に放出していますが、汚染水を海水で薄めて流しています。これは、公害問題の原点とも言える足尾鉱毒事件で、大雨で川の水が増えた時にカドミウムなどを含んだ鉱毒水を放流したのと同じ発想です。総量規制の考えがありません。
2024年11月にNUMO(原子力発電環境整備機構)は、北海道寿都町と神恵内村の処分地選定のための文献調査の報告書を公表しました。
この中で、寿都町については、ほぼ町全体が次の段階である概要調査地区の候補となっていて、さらに大陸棚外縁までの海底下も候補となっています。
神恵内村については、積丹岳が第四紀火山と判定されているため、村の南端付近と大陸棚外縁までの海底下が概要調査地区の候補となっています。
この大陸棚外縁までの15kmというのは、「科学的特性マップ」にはない要素で、2016(平成28)年に4回開かれた「沿岸海底下等における地層処分の技術的課題に関する研究会」で検討されたものです。
図1 沿岸部における地下施設設置のイメージ(沿岸海底下等における地層処分の技術的課題に関する研究会 とりまとめ、平成,28年8月)
二つのブックレットは、放射性廃棄物の処分方法、福島第一原発の汚染水の抜本的解決について、明確な処方箋を示しています。
本の紹介:イスラエルとパレスチナ ― 2024/11/29 21:25
ヤコブ・ラプキン、鵜飼 哲 訳、イスラエルとパレスチナ ユダヤ教は植民地支配を拒絶する。岩波ブックレット、2024年10月(電子書籍版)。
2024年8月に書かれた日本語版への序文が強烈です。
「植民地主義的なシオニストの夢は一貫して、相互の尊重に基づく共存と平和を求めることよりも、パレスナ人をまるごと厄介払いすることでした。」
1800年代の半ば頃のパレスチナは、オスマン・トルコの辺境の属州でした。住んでいる人々は、宗教、種族、言語の異なる様々な集団のモザイクでした。アラビア語が共通語の役割を果たしていました。
そして話は創世記の時代へと飛びます。トーラー(ヘブライ語聖書の最初の五巻、モーセ五書)との規範的関係がユダヤ人を伝統的に特徴づけてきたものです。そこにはユダヤ人が優越性を持つという観念は全く含まれていません。
シオニスト(パレスチナ回復・祖国建設を目指した運動を担った人々)が現れる前は、イスラームとユダヤ教ほど共通点が多く、相互理解のチャンスに恵まれた二つの宗教は存在しないと言われていました。
1600年代に聖地イスラエルにユダヤ人を集めようとしたのは、プロテスタントの福音主義の人々でした。今日、イスラエル国家がアメリカその他のプロテスタント福音主義集団から膨大な支援を受けているのは、ここにルーツがあります。
シオニズムは1800年代の終わり頃に現れました。しかし、軍事的暴力に傾斜するシオニズムは、多くのユダヤ人に忌避され続けました。
アルベルト・アインシュタインは、現在イスラエルの政権を握っているリクードに繋がるシオニストの青年運動を非難しました。
この運動は、「ドイツの青年層にとってヒトラー主義が危険なのに劣らず、われわれの青年層にとっても危険である」とアインシュタインは考えていました。
1922年〜1948年まで、パレスチナはイギリスの委任統治となりました。この時、パレスチナに入植したユダヤ人は東欧やロシア帝国の出身者でした。ロシアでは「世俗的ユダヤ人」という概念が結実しました。何世代ものイスラエル人が好戦的な価値観の中で育てられ、軍務につくことを誇りにしています。イスラエル国家の「生存権」は、こうして保証されているのです。
これが今現在のガザでの状況を生んでいる根源のようです。シオニスト全体主義という言葉でイスラエルのやり方を批判したのは、ヘブライ大学の学長でアメリカ人のリベラル派ラビであったユダ・マグネスです。
そして今、国民ユダヤ教がイスラエルで根を張り、これを信仰する人々に対してシオニストとして社会参加することに宗教的意味を与えています。このような人たちがヨルダン川西岸地区へ入植し、暴力を振るっているのです。
また、シオニズムと反ユダヤ主義がつながっています。つまり、反ユダヤ主義者は、ユダヤ人を今住んでいるところから厄介払いしたいと考えています。シオニストは、ユダヤ人を今住んでいるところから移民させてパレスチナに住みつかせたいと考えています。
イスラエル社会が右傾化するにつれて世界中で右翼過激派、反ユダヤ主義者を含む人種差別主義者がイスラエルを支持する状況が生まれています。
現在でも、ナチスによるジェノサイドが繰り返されることを阻止するということがユダヤ人を動員する道具となっています。そこでは、パレスチナに住んでいたパレスチナ人は、アラブ人でありアラブの国々に住めば良いと考えています。
帝政ロシアでは激烈なユダヤ人抑圧が行われました。1881年にロシア皇帝アレキサンドル二世がサンクトペテルブルグで暗殺されます。この時に一連のポグロム(ユダヤ人に対する集団的暴力行為)が起きます。ニヒリズムと人命軽視の風潮が政治的テロリズムを生んだのです。
第二次大戦後にヨーロッパのユダヤ人が大挙パレスチナにやってきたのは、北米の移民制限政策とともにシオニスト工作員が強制的にイスラエルに行くよう強要したためです。
現在、イスラエルにはアラブ系住民と非アラブ系住民がいますが、その格差は顕著です。アラブ系住民は非アラブ系住民に比べて、平均収入は1/3、土地所有は3%、乳幼児死亡率は2倍です。
イスラエルの今の財務相ベザレル・スモトリッチは、2023年1月に自分は「ファシストで同性愛嫌悪者だ」と述べています。
イスラエルは国境のない国家です。国境がないと言うことからイスラエルは全世界のユダヤ人に属しているという主張が出てきます。その結果、世界中のユダヤ人団体がイスラエルの代理人に転化しました。学校の評議会からホワイトハウスまで、あらゆるレベルのアメリカでの選挙でイスラエルの利益を守っています。
ヨルダン川西岸のパレスナ人は、裁判抜きの恣意的拘束、収奪、道路封鎖、イスラエル人用と非イスラエル人用に分離された道路、令状なしの家宅捜索と死が頻繁になっています。
ガザでは、平和的なデモでも柵の向こうからイスラエル兵に発砲されて人々が死んでいます。住民の80%が国際援助に依存し、水は配給制、電気は1日2時間しか供給されず、慢性的な食糧不足です。
このような状況が続いた後、2023年10月7日がやってきます。
イスラエルによるジェノサイドが行われている現在、大事なことはユダヤ教とシオニズム、ユダヤ人とイスラエル人を混同しないことです。イスラエル国家を支配しているのはシオニスト的信仰を信じる人々で、ラビ・ユダヤ教の教えからは根本的に逸脱しています。
<感 想>
何故、あれだけの民族的打撃を受けたユダヤ人の国家であるはずのイスラエルが、ガザに対してジェノサイドを実行できるのか、ずっと疑問でした。今のイスラエルを支配しているのは、ファシストだからということです。
2023年10月7日以後のことについて書かれた最後の方も読み応えがあります。また、脚注、参考文献、訳注、訳者あとがきも非常に大事な内容となっています。
ガザ問題にモヤモヤを感じている人は、ぜひ読んでみてください。問題の根本を理解できます。