本の紹介:絣の着物 ― 2025/12/29 17:00
壺井 栄著、秦 剛編集・解説、絣の着物 壺井栄戦争末期短編集。琥珀書房、2025年6月。

表紙

裏表紙
映画にもなった「二十四の瞳」の作者である壺井 栄が、アジア太平洋戦争末期の庶民の日常生活を綴った短編小説です。「絣の着物」と12の短編のほかに「初夏を待つ」と1945年8月15日までの「茶の間日記」が収められています。
どの短編も、しみじみと心に残る余韻をもたらします。
私は戦前の生活の記憶はありませんが、描かれている風景や登場する人物は子どもの頃の会ったことがあるような人びとです。懐かしさを感じます。
この本の実物は、戦後80年を経た今年、北京で見つかったといいます。国内で発行できず北京で出版されたものが、北京大学図書館外国語学院分館に二冊残っていたのだそうです。1945年6月10日に印刷・発行されたものです。
戦争をしている国の市井の人びとの生活がどんなものなのか、若い人たちに読んでほしいと思います。
市民フォーラム リスク評価の裏側 ― 2025/12/04 14:12
2025年11月26日(水)午後1時半から同4時まで、『高木基金PFASプロジェクト市民フォーラム リスク評価の裏側−PFAS “論文差し替え” で見えた「いのちを守る仕組み」を考える』が、衆議院第二議員会館で開かれました。Zoomで視聴しました。
この講演会の趣旨は以下のとおりです。
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高橋雅恵さんの報告と原田浩二さんの講演のあと、中上祐子さんの司会でパネルディスカッションが行われました。
高橋雅恵さん(高木基金PFASプロジェクト事務局長):
『PFAS評価書』大量論文差しかえ問題で明らかになったこと
内閣府の食品安全委員会(食安委)では、2023年2月から2024年6月までPFASのリスク評価を行いました。水道水については50ng/Lという基準値が設定されました。
この基準を決めるために、いろいろな文献を収集しました。最初、275論文が採用され、その後201論文に減らされ、最終的に268論文が採用されました。
この決定過程の資料の開示請求を2025年4月に行いました。1,300頁の文書が開示されました。その結果、公開会合と非公開会合(打合せ会)とがあり、非公開会合で実質的な評価が行われたことが明らかになりました。
例えば、すい臓がんとPFASの関連については、最初関連が認められていましたが、二転三転して判断は困難とされました。非公開会合で発がん性の判断を変えています。外国の論文ではPFOAは発がん性と関連があるとされています。
PFASによる出生体重の低下については、公開資料は黒塗りで影響は不明となっています。
重要なことは、国際的なリスク評価機関では文献検索方法、選定基準、各研究の質評価を報告書に詳細に記すことが標準となっていることです。
さらに、食品安全委員会の運営規定には、非公開会議の議事録を公開すると明記されています。
原田浩二さん(京都府立大学):世界標準のシスク評価とは−WHOの科学物質リスクアセスメントを事例に−
今回紹介するのは、世界保健機関(WHO)の化学リスク評価ネットワークが作成した「化学物質リスク評価における体系的レビューの利用枠組み」です。
体系的レビューというのは、もともと臨床医学や社会科学で用いられていました。それが環境科学や健康科学に適用されるようになりました。透明性を最大化するのが趣旨です。
専門家の意見、単群研究、非ランダム化比較研究などをシステマティックにレビューします。この際、体系的なレビューに基づくことが望ましいです。利用可能なエビデンスを統合し、透明性の最大化を図ります。エビデンスの矛楯を解消し、透明性を向上させて文書化します。バイアスを低減させるため事前に決められた方法に従います。
計画段階では、プロトコル(手順)を決めます。
検索では、すべての論文を集めます。
選択では、基準に基づいてスクリーニング(篩い分け)します。
評価では、批判的に評価を行います。特にバイアスリスクに注意します。
抽出では、データを体系的に抽出します。
統合では、エイデンスを統合し確実性を評価します。
報告では、詳しく透明性のある内容とします。
研究課題を構造化(PECO)します。
一般的、労働者、動物、臨床など何を対象としているのかを決めます(P)。
どんな種類の物質にどの程度暴露させるのかを決めます(E)。
非暴露対象など比較対象を決めます(C)。
最後に健康影響などのアウトカムを記述します(O)。
プロトコルの開発では公開性、透明性、重複回避、外部レビューの確保が求められます。
文献スクリーニングでは、タイトル・抄録でのスクリーニングで明らかに無関係な文献を除外します。全文スクリーニングでは詳しい包含・除外基準によって判定が行われます。この段階では、研究の質や結果は考慮しません。独立した人が二重に評価して見落としやバイアスを防ぎます。
学術誌に掲載されていないグレー文献は、出版元による偏りを是正する上で重要です。
このようにして収集された文献からデータを抽出します。箇別研究の評価、批判的評価を行います。構造化され標準化されたアプローチを行います。これによってバイアスを除去します。
次に妥当性の検討を行います。これには内部妥当性と外部妥当性があります。内部妥当性は、研究結果の「真実性」とバイアス最小化で評価します。外部妥当性は、研究結果がレビューにどの程度「適用可能か」で評価します。
バイアスリスク評価(RoB)を行います。バイアス評価では、文献の選択時のバイアス、測定精度のバイアス、本当は関連の無い要因の間に見かけ上の「相関関係」が生じる交絡が生じていないか、報告の段階で選択が行われていないか(報告バイアス)をチェックします。
エビデンスの評価を行います。レビュープロトコルで事前に定義されていること、公平性を最大化するように構造化されていること、科学的に正当化が可能であること、文書化され報告されていることが重要です。評価の手段としては、ヒートマップが用いられ、それぞれの文献の評価結果を視覚的に一覧しやすいようにします。
個々の文献についてエビデンスの要約を行い、信頼性の評価を行うことでエビデンスを生成します。これらを記述的に統合する(定性的統合)か、メタ分析により定量的に統合します。
確実性の評価では、エビデンスの強さの格付けを行います。そこでは、バイアスリスクがないか、データなどの不精確さがないか、論理が一貫しているか、試験などに直接関わっているか、そして出版バイアスがないか、などが検討されます。
統合によって異なる証拠源が結合されます。人の疫学調査と動物実験の結果の統合などです。
そして、リスク評価者が持つ不確実性も評価します。
体系的レビューでは、透明性、信頼性と再現性の担保、バイアスと誤りの最小化、信頼性と公平性、ステークホルダーからの信頼が重要です。
そして、知識のギャップやデータの限界(不確実性)を隠さずに記述(透明な開示)することが、リスク管理者が適切な意思決定を行うために不可欠です。
質疑応答の中で原田氏は、次のように述べました。
最初に文献の質を見るのは間違いで、まず集めることが重要です。集めた後で内容を吟味して取捨選択することです。その際、選定プロトコルで選択方法を明示することです。
<パネルディスカッション>
モデレータは弁護士の中下祐子さん、パネリストは高橋さんと原田さんのほかに鯉淵典之さん(群馬大学・特別教授)と菅野 純(かんの・じゅん)さん(国立医薬品食品衛生研究所・客員研究員)でした。
鯉淵さんの発言:
培養細胞での実験を行っていて疫学とは無縁でした。しかし、2020年の末に食品安全委員会から文献を読んでくれという依頼が来ました。分量が多くて正月も休まず文献を読みましたが、信頼が置けるのかどうかを判断するのが精一杯でした。普通は、数ヶ月かけて5〜6論文を読んでレポートします。食安委では私が読んだ論文は全部リストから外されました。その後復活しましたが、いずれもその理由は分かりませんでした。
毒性研究では1回の服薬(ワンドウズ)の結果でも大事です。
菅野さんの発言:
国際がん研究機関(IARC)では発がん性について、人に対して発がん性があるグループ1、動物に対して発がん性があるグループ2、その他のグループ3に分けています。毒性症状が出るかどうかが基準です。
どういう症状を調べるかは最初に決めます。同じ場所でグループに分けて調べ、違う場所で症状が出るかを調べます。症例報告が大事で、データが蓄積されることで意味を持ってきます。
フタル酸エステルの毒性研究では同じ実験を3回行っています。GLP試験(優良試験所基準試験)はOECDで共通化されていて、テスト・ガイドラインが出ています。ラットに2年間飲ませて実験し、6〜7年かけてガイドラインを作成しました。世界中の科学者が集まって議論し、受託実験施設でできる実験を決めます。次世代への影響や神経への影響を検討します。記録を取り、きちんと残して報告できる体制を整えています。
食安委はとりあえず基準値としての数字を出したいという意図が先行しています。
そのほか、いろいろな意見が出ました。台湾は日本と同じ基準値を採用するなど、日本はアジアの標準となっていて、国際的にも責任があるとの発言がありました。
また、日本の食品安全基準の審査は国際基準を満たす内容とする必要があるという意見がありました。
裁判に訴えようにも、まだ被害が出ていないので門前払いとなるそうです。
<感 想>
水道水のPFAS水質基準は来年(2026年)4月1日から適用されます。基準値はPFOAとPFOSの合算で50ng/L以下です。現在、PFASを現場で測定する方法は確立されていません。原則3ヶ月に1回採水して、液体クロマトグラフ質量分析などにより室内で分析することになります。
アメリカの規制値はPFOS、PFOAそれぞれ4ng/Lで、カナダは25種類の PFAS合計で30ng/L、EU加盟国は20種類のPFAS合計で100ng/Lとなっています。
健康被害としては、次のような指摘があります。
「動脈硬化にもつながる血液中のコレステロール値の高さや、腎臓がん、精巣がん、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎(かいようせいだいちょうえん)、妊娠高血圧症との間に関連性が高いという結論が発表されました。」(日本財団ジャーナル、2024年10月8日)。
また、低体重出産の危険や子どもの免疫力への影響が指摘されています。
PFASによる健康障害は、第二の水俣病になる可能性があると言われています。分解しにくいため「永遠の化学物質」と言われているPFASは、石綿による肺の中皮腫などの健康被害と酷似しています。フッ素を含む有機物であることから、有機水銀による健康被害をもたらした水俣病に似た面もあると思います。
PFASの水質基準を検討している食品安全委員会が内閣府の所管だということも引っかかります。というのは、水道水の水質基準は環境省が決めているからです。
本当に国民の健康が守れるのか、非常に不安を感じます。
第13回歴史地震史料研究会 ― 2025/11/29 15:00
2025年11月23日(日)12:55〜17:10分まで表記研究会の発表会がオンラインで開かれました。
プログラムは次のようです。
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研究発表 13:00~14:00 セッション1
・齋藤瑞穂・鈴木正博 :仙台湾弥生土器編年と地震津波研究― 仙台湾最古の水田経営と松島湾の縄文/弥生貝塚形成論 ―
・前沢響暉 :遠江国白須賀の「湊」と明応地震
・松岡祐也 :織豊政権期における京都の地震と祈祷
研究発表 14:15~15:35 セッション 2
・矢田俊文 :年代記「横越島旧事記」に関する一考察― 1670 年越後蒲原地震を中心に ―
・片桐昭彦 :近世佐渡の年代記と地震
・西山昭仁・石辺岳男・片桐昭彦 :近世佐渡における被害地震の検討
・原田智也・西山昭仁・石辺岳男 :京都・奈良において有感となる地震の震源・マグニチュードの検討 ― 日記史料中の有感記録の活用に向けて ―
研究発表 15:50~17:10 セッション 3
・原 直史 :1828 年 越後三条地震における村上藩の対応について
・原田和彦 :地震と複合災害 ― 飛越地震を中心に ―
・岡崎佑也 :鯰絵にみる安政期の災害認識~鯰絵に描かれた他の地震の「鯰」について~
・中村 元 :20 世紀前期日本の地方測候所における地震の「管内観測」について
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私が興味を持った発表を紹介します。
<齋藤瑞穂氏・鈴木正博氏>
仙台市の沓形遺跡では弥生中期に遺跡が少なくなります。中期中葉に発生した津波で埋積されたと考えられます。水田の畦の断面に砂層があります。
松島湾沿岸は遺跡が密集していて弥生時代前期までは連続していますが、中期に中断しています。
弥生中期初頭(紀元前400年頃と考えられる)に二度の津波があり、突発的な環境変化が起きたと考えられます。
<原田和彦氏>
地震による複合災害は火災、土砂崩落、津波などがあります。
1858年4月9日に飛越地震が発生しました。同じ月の23日には大町地震が発生しました。1847年5月8日には善光寺地震が発生しました。
常願寺川で山崩れが発生し、山が鳴動して堰止め湖が決壊したとされています。
<感 想>
史料を読み解いて、そこから地震の規模、被害状況を探り出すのは大変な労力を必要とすると思います。
これらの成果が生かされて、住民の防災意識の向上に繋がると良いと思いました。
なお、歴史地震史料研究会は新潟大学 災害・復興科学研究所が主となって行っている研究会で、歴史地震研究会とは別組織です。
本の紹介:千木良雅弘、高レベル放射性廃棄物処分場の立地選定 ― 2025/11/23 18:15

千木良雅弘、高レベル放射性廃棄物処分場の立地選定−地質的不確実性の事前回避−。近未来社、2023年6月。
高レベル放射性廃棄物処分場について著者の思いを綴った本です。
この本から私がまず読み取ったことは、地質をやるなら山を歩きなさいということです。
例えば、2011年の台風12号によって紀伊半島で数多く発生した深層崩壊の調査では、最大厚さ6mの低角の河原樋衝上断層を見つけています。そして、その周辺には数多くの断層が分布していることが分かったのです。
著者は、「付加体は地質的不確実性が高いことから、HLW(高レベル放射性廃棄物)地層処分の立地選定には適していない。」と述べています。
現在NUMO(経済産業省 資源エネルギー庁)が進めている最終処分場の立地選定方法について、著者は疑問を投げかけています。
幾つか問題点がありますが、今の方式では分からないことが出てきたら次に進んで明らかにしましょうという立場なので、途中で後戻りが出来ないことがあげられます。さあ、処分場を建設しますということになった段階で、技術的に解決できない問題が発生して建設を断念する可能性があり得ます。
既存文献の結果を鵜呑みにすることの危険性も指摘しています。過去の文献は、さまざまな尺度、目的で地質調査を行っているので、記載されていない事柄がたくさんあります。
著者が唯一、最終処分場の立地選定の可能性があると考えているのは、花こう岩体の中心部です。ただし、花こう岩体の周辺は柱状節理が発達しています。花こう岩体の上部が亀裂の多い岩盤となっていることをドローンの映像を解析して明らかにしています。
著者は、電力中央研究所に勤めた後、京都大学防災研究所に在籍していました。HLW地層処分にも関わってきました。日本応用地質学会の会長もつとめました。
NUMOの最終処分場選定の業務は、調査設計会社の地質技術者が手伝っていると思います。そこでは理不尽な横やりが入ることを経験していると思います。
地質分野から原子力発電に関わってきた著者が、これだけのことを書いているのです。地質技術者としての矜持を持って仕事に当たってほしいと思います。
この本の「あとがき」に著者の思いがまとめて書かれています。
2025年度 講演会・研究発表会(2回目) ― 2025/11/21 15:30
2025年11月11日(火)午後1時半から午後4時半まで、日本地すべり学会東北支部主催の表記講演会が開かれました。
Teamsで視聴しました。
プログラムは以下のとおりです。
・支部長挨拶・趣旨説明:支部長 森口 周二氏
・外里(とざと) 健太 氏(八戸工業大学 工学部工学科):広域における 3次元斜面安定解析について
・山崎 孝成 氏:二次元安定解析の諸問題-c、φの決定・フェレニウス法と非円弧すべりほか-
・柴崎 達也 氏(国土防災技術(株) ):すべり面強度の温度依存性が地すべりの安定性に及ぼす影響に関する議論」
・総合討論
柴崎 達也 氏、渡辺 修氏(東北支部事業企画)
<外里健太氏>
斜面安定解析には、極限平衡法、有限要素法などの数値解析、統計的・確率論的手法があります。
極限平衡法は滑動力と抵抗力を計算し安全率を求めます。その場合、無限長斜面安定解析、二次元斜面安定解析、三次元斜面安定解析があります。
二次元斜面安定解析では、断面を土柱に分割して計算します。計算方法には、フェレニウス法、ビショップ法、ヤンブ法、スペンサー法、モルゲンシュタイン&プライス法があります。
試行錯誤で臨界すべり面を決定する臨界すべり面法があります。これは、最適化問題です。
三次元斜面安定解析は、地すべりをブロックに分割します。すべり面形状は球面、楕円体、任意の形態などです。計算方法は、ホフランド法、ビショップ法、ヤンブ法などがあります。この中で、ホフランド法は、側面の力を無視しています。
広域斜面安定性評価についてです。
斜面崩壊としては土石流、地すべり、崖崩れがあります。近年、時間50mm以上の降雨が1年当たり約2.9回の割合で増加しています。
釜石市では2017年に林野火災が発生し、2018年にUAVによる地形計測が行われていました。さらに、2019年の台風19号の豪雨の後にUAVによる地形計測が行われました。この二つのデータの標高差分解析を行いました。
降雨データを用いて浸透流解析、地表流解析を行い、ホフランド法で三次元安定解析を行いました。地表水の浸潤面深さ、間隙水圧を設定しました。
斜面形状パラメータを用い、すべり面は楕円体で長軸方向をすべり方向としました。
地形は1mメッシュで、これに地質パラメータと降雨強度を入れ、地形図上に安全率を表示しました。臨界すべり面を探索し、ヘイズ最適化を行い、モデルを作成しました。
単純な平面斜面の場合と実地形の場合の検討を行いました。地質パラメータは空間的に一様としました。参考にしたのは、八戸地域地盤情報データベースです。
八戸地域の25.5km✕29.0kmの区域について、地下水位と基盤面の深さを設定しました。データベースの8割を学習データとし2割で検証を行いました。
安定解析結果には、地下水位の有無が影響します。また、強度パラメータの精度、データの粗い細かいなどが影響します。
<山崎孝成氏>
地すべり学会支部では2001年に地すべり面の強度決定法に関する研究を行いました。
すべり面深度の1/10を粘着力とすることの実務上の問題点について述べます。
日本では、地すべり安定解析でフェレニウス法が使われますが、海外では使われていません。理由は、フェレニウス法では安全率が必ず小さくなるからです。また、非円弧のすべりに使うべきではありません。負圧が発生するからです。
地すべりの横断型を考慮すべきです。地すべりの幅(W)とすべり面深さ(D)の比(W/D)をチェックすることです。一般的な地すべりでは、この値はほぼ10と考えて良いです。この値が10を越えるとすべり面の側壁の抵抗力が無くなります。
地すべり安定解析の安全率(F)とは、F=(すべり面に沿って発揮されるせん断強さ)÷(すべり面に沿う滑動力)で表されます。分子はスカラー量で、分母はベクトル量です。アメリカで用いられている安全率も(せん断強さ)÷(せん断応力)となっています。鋼管杭の設計式も(杭のせん断強さ)÷(杭の抑止力)となっていて、1996年に右城氏がこのように定義しています。
フェレニウス法では安全率は常に小さな値となります。7%程度小さな値となることが一般的で、15%も小さくなることもあり得ます。さらに、フェレニウス法では排水工を検討する場合、水位低下による安全率を過大に評価してしまうので、安全側であるとは言えません。
すべり面の粘着力(c’)と せん断抵抗角(φ’)を決める場合、すべり面深さの1/10を粘着力としc’-φ’図から せん断抵抗角を求めることが行われています。この根拠となっているデータは吉岡・伊藤(1971)の論文で、吉岡・伊藤は「地すべり深さに関係がなく、ある幅をもって一定のようであり、c=1.6〜2.6tf/m2の間に80%が分布」と書いているそうです。
河川砂防技術基準に参考表として、すべり面層厚の1/10を粘着力とすることが採用され、1997年以降はすべり面層厚が25m以上の場合は、2.5tf/m2とするとされました。
粘着力と せん断抵抗角の設定方法は、φ’を重視するのが良いです。水位低下を過大に評価しないからです。リングせん断試験や繰り返し一面せん断試験の値も参考に決定するのが妥当です。
近似三次元安定解析では、断面積で重み付けをして安全率を算出します。この場合、c’、φ’は、どの断面でも同じ値を用います。
ボーリングの地下水位は、すべり面付近のみの水圧(水頭)を測定するようにして、自由地下水と被圧地下水を区別することが大事です。
<柴崎達也氏>
寒候期に地すべりが発生することがあります。
スメクタイトを含むすべり面粘土では、低温で強度が下がります。この強度の減少はリングせん断試験で確かめられました。粘着力は変わりませんが、せん断抵抗角が低下します。
新潟県の伏野(ぶすの)地すべりは、すべり面深度が5mほど、幅50〜70m、奥行き300mの地すべりで、側壁の影響(縁端効果)が大きく効きます。気温が低下しはじめる秋口に動きます。積雪が4mほどになるので積雪荷重による側壁の土圧が増加することと雪のサイドフリクションが効いてきて積雪期には動きが止まります。
側壁の土圧を考慮した安定解析では、3〜16%ほど安全率が異なってきます。
火山岩地帯の山体崩壊と大規模地すべりについてです。
雲仙の眉山が1792年に山体崩壊しました。熱水変質によってスメクタイトが生成していました。
富士山の御殿場岩屑なだれやハワイ島の巨大斜面変動などがあります。
大変位せん断試験では温度を上げると強度が低下します。熱圧化という現象です。カルシウム型ベントナイトで顕著で、カオリン粘土では強度は低下しません。
1888年の磐梯山の山体崩壊は、等価摩擦係数が0.225(12.7°)です。シーバートほか(1987)は、山体崩壊のタイプを 1)マグマ噴火を伴うベズイミアニ型、2)火山性地震と伴う磐梯型 に分けています。すべり面を形成する粘土は温度上昇によってひび割れます。ナトリウム型ベントナイトは温度上昇によってサラサラになります。
鳥海山の象潟岩屑なだれ、蔵王火山の酢川泥流、湖底堆積物の上に噴火した八幡平火山の巨大地すべり、吾妻火山、安達太良山の池ノ平付近の熱圧化、浅間山の鎌原土石なだれなどの例があります。
<感 想>
非常に興味深い講演でした。
安定計算のフェレニウス法の問題点は、申 潤殖氏が「地すべり工学−理論と実践−」(山海堂、1989)で指摘していたことです。
すべり面の粘着力とせん断抵抗角を設定する場合、地すべり層厚からc’を決め、c’-φ’図からφ‘を決める方式の根拠は、私も大分探したのですが見つかりませんでした。データをまとめた吉岡・伊藤の見解と異なる考え方で決められたという話は、ちょっと衝撃でした。
すべり面粘土の温度による性質の変化が地すべりの活動性に効いてくることが、実験により確かめられたのは重要と思います。
