道総研・地質研究所の調査研究成果発表会 ― 2014/05/26 12:51
2014年5月22日(木),午後1時半から午後5時まで,北海道総合研究プラザのセミナー室で地質研究所の調査研究成果発表会が開かれました.口頭発表のほかにロビーを使って1時間のポスター発表もありました.奥尻島青苗ワサビヤチ川の津波堆積物のはぎ取り標本も公開されていました.
興味を引いた発表について述べます.

ポスター発表の様子
パネルでの発表のほかに,奥尻島青苗の津波堆積物はぎ取り標本が床に展示されました.
■石丸 聡ほか「長流川流域に発生した地すべりの変動と推移」
美笛峠付近に源流を持つ長流川は,北湯沢温泉付近ではほぼ南に流れている.温泉を過ぎた先で直角に曲がり西に向かって流れていく.この付近には地すべりが密集していて長流川右岸(北岸)の上久保内地すべり,左岸(南岸)の幸内(こうない)地すべりもその一つである.
この付近の地質は,砂岩・シルト岩からなる鮮新統のレルコマベツ層とその上位の更新統の溶岩・火山角礫岩・火山円礫岩からなる安山岩類で,軟質な地層の上に硬質な地層が載るキャップロック構造となっている.
2010年9月に右岸の上久保内地すべりが活動をはじめた.2011年の融雪期に変動が大きくなり,集水井の施工によって一時変動は休止した.2012年の融雪期と大雨によって変動が大きくなり,地すべり上部に設けていたGPS観測の基準点も変動をはじめた.2012年11月頃から対岸の上流部(幸内地すべり群)へと変動が波及しはじめた.
地すべりの末端を流れる長流川の河川浸食状況を見ると,年ごとに大きく浸食されていて,この河川浸食が地すべり変動の主要因となっている.
<感想>
この地すべりは,一種の自然現象のように思います.長流川の河川浸食で地すべり末端が不安定になり活動を開始したのでしょう.影響を受けるのは,国道453号,長流川,そして地すべり地内にある牧草地などの農地,地すべり頭部付近を通っている久保内発電所への導水路トンネルなどです.最初は,国道453号の一部が沈下しました.背後には明瞭な地すべり地形(幅約1.7km,奥行き約1.3km)があり,変動範囲が順次拡大していったようです.
一方,最初は,はっきりとは活動していなかった左岸の幸内地すべり,幸内東地すべりが,2013年から活動しはじめました.
このことを念頭に地形図を見ると,南に流れてきた長流川が西の向きを変え,さらに下流で南南西に蛇行します.この部分が上久保内地すべり全体の押出し土塊に相当するようです.
問題は対策工でしょう.集水井による地下水排除工は一定の効果があったようですが,変動を止めることはできませんでした.長流川に砂防ダムや床固め工を設置して浸食を防止するのが有効かもしれません.ただし,この付近の河床勾配は約1:60と急勾配となっています.
■川上源太郎・重点研究津波堆積物調査チーム「北海道の日本海沿岸における津波履歴」
これまで空白であった北海道日本海沿岸の津波堆積物が,檜山沿岸域で発見された.1741年の渡島大島の噴火・山体崩壊に伴う寛保津波(273年前)のほかに,13世紀(西暦1,200年代)の津波(700〜800年前),1〜3世紀の津波(1,700〜2,000年前),約2,500年前,約3,000年前の5層の津波堆積物が確認された.
代表的な確認地点は,奥尻島の青苗ワサビヤチ川,江差町五厘沢の逆川,乙部町姫川である.131世紀の津波堆積物は1993年の北海道南西沖地震による津波が到達していない場所で見つかっている.
<感想>
1741年の寛保津波は,渡島大島の噴火と北側の山体崩壊によるものであることっが明らかにされていて,この時は多分,地震は起こっていないと考えられます.この岩屑なだれの陸上,海底をあわせた面積は,約17平方キロメートル,体積は2.5立方キロメートルと見積もられています.海底の岩屑なだれの末端は,崩壊前の山頂からの鉛直距離約2.7km,水平距離は約16kmと言う大規模なものです.
13世紀頃には奥尻島西岸に面する神威山が山体崩壊を起こしていることが明らかにされています.その規模は,陸上部で奥行き約2.8km,幅約1.0kmで,クズレ岬(北追岬)はこの山体崩壊の移動土塊の陸上部での末端です.
ポスターセッションの会場には,奥尻島青苗の津波堆積物のはぎ取り標本が公開されていました.これを見ると,13世紀の津波堆積物の厚さと営力の大きさにビックリします.下位の泥炭層を削って,北向き(遡上波)のカレントリップル葉理などが認められます.この規模の津波は,多分,神威山の岩屑なだれではできないだろうと考えられます.
北海道南西沖地震をしのぐ規模の巨大地震が,500年ちょっと間隔で発生していることになります.1741年の津波が地震によるものでないとすると,巨大地震の発生はかなり切迫していると言うことになります.
■仁科健二ほか「北海道オホーツク海沿岸のイベント堆積物−過去の津波履歴を探って−」
稚内の宗谷岬から知床半島さらに根室海峡の別海町までのイベント堆積物調査の結果報告である.
イベント堆積物としては,ストーム(高潮)によるものと津波によるものがある.確認されたイベント堆積物の大部分はストームが原因と考えられる.平成23年(2011)年3月に北海道が作成した浸水予測を超えるような浸水域を持つイベント堆積物は認められなかった.
<感想>
平成23年3月に北海道が発表した浸水予測図では,オホーツク海については北海道北西沖(沿岸側:Mw=7.9),紋別沖(Mw=7.6),網走沖(Mw=7.5)の地震を想定し,最大遡上高は10mとなっています(北海道防災会議報告書,2014年3月).現時点で想定地震の見直しは難しいというのが2014年3月報告書の結論です.
今回調査した地点の36%(81地点)で,津波堆積物の可能性がある堆積物が認められています.興部〜湧別では,海岸から200m内陸まで追跡可能なイベント堆積物が見つかっています.
津波堆積物と高潮堆積物の区別は非常に難しいです.
津波の規模が大きく内陸まで同じ層準の砂層が追えれば,津波堆積物の可能性は高くなりますが,内陸側では河川堆積物との区別が難しくなります.
砂層の内部構造が読めると判別できる可能性があります.つまり,高潮堆積物は海からの一方向の波によって形成されるのに対して,津波堆積物では遡上波と引き波の二方向の波の堆積構造が残っていることがあります.場合によっては波が停滞した時のドレープ堆積物(泥質の沈殿物)が識別できます.
根室市ガッカラ浜の約3,000年前の津波堆積物に見られる泥質層
折尺の50cmの目盛り付近に泥質層があり,下の礫混じり砂層とその上の細礫層に分かれています.上位には,腐植土を挟んで肌色の樽前降下火山灰(Ta-c:2,500-2,700年前)が載っています.この標本は,海岸に並行な崖から採取したものなので堆積構造は読み取れません.

閉会の挨拶をする秋田藤夫地質研究所長
なお,道立総合研究機構地質研究所と産総研の共同研究の成果である「北海道内における自然由来有害物質の分布状況」(2014年3月)が発行されています.取り扱い先は「山の手博物館」です.(http://www.yamanote-museum.com/index.htm)