本の紹介:つくられた放射線「安全」論 ― 2014/03/17 17:38

つくられた放射線「安全」論(島薗 進,2013年2月,河出書房新社)
著者の専門は宗教学,死生学,応用倫理学である。本の副題は「科学が道を踏みはずすとき」である。
福島第一原子力発電所の事故に対して専門家がどのように反応したかを見ることによって,「事故後に信頼を失うような科学者・専門家集団を生み出した日本の科学技術や学術研究のあり方も問い直されなくてはならない。」(本書,2p)と言うのが著者の問題意識である。目次は次のようになっている。
序章 不信を招いたのは科学者・専門家
第一章 放射線健康影響をめぐる科学者の信頼喪失
第二章 放射線の安全性を証明しようとする科学
第三章 「不安をなくす」ことこそ専門家の使命か?
終章 科学者が原発推進路線に組み込まれていく歴史
日野行介氏の「福島原発事故 県民健康管理調査の闇」(岩波新書,2013年9月)で,異常な対応が明らかにされた「県民管理調査」を率いた山下俊一氏の考え方,そこに至る長崎大学医学部の面々の考え方が具体的に述べられている。「不安を取り除く」という目的のために調査・診察を行うということである。
そして,「放射線の影響は,実はニコニコ笑っている人には来ません。くよくよしている人に来ます」(本書,180p:『週刊現代』2011年6月18日号)と言う山下氏の発言になる。これも不安を取り除くための発言であろう。この考え方の恐ろしいところは,例えば,原発から放出された放射線によって甲状腺がんになっても「あなたは不安を抱えて生活していたから,がんになったのだ」と言い得ることである。
2014年2月7日に発表されたデータによると,福島県で甲状腺がんと確定した人は34人で100万人当たりにすると126人となる。この数字は,スクリーニング効果によるものではないとされている(下の表 参照)。
なお,スクリーニング効果というのは,「それまで検査をしていなかった方々に対して一気に幅広く検査を行うと、無症状で無自覚な病気や有所見〈正常とは異なる検査結果〉が高い頻度で見つかる事」です。(首相官邸災害対策ページ:第六十二回 福島県における甲状腺超音波検査について (平成26年2月12日)(山下俊一 福島県立医科大学副学長、長崎大学理事・副学長(福島復興支援担当)より)
この山下氏のコメントでは,約27万人が検査を受け75名が「悪性ないし悪性疑い」と報告され,手術によって小児甲状腺癌と診断されたのは33名としている。10万人当たり約12名である。これらの数値は,下の津田敏秀氏の記事にもとづいた表の数値とは異なっている。
この本で述べられているのは,主に医学的な問題である。しかし,原子力発電所の建設では地質調査は必須であり,原発建設地が本当に適地であったかどうかの判定は地質技術者・研究者が行っている。このことも,真剣に検討されるべき課題である。
原発から出た廃棄物をどう処分するのかは,まさに地下水を含む地質の問題である。ここでも原発を建設した時と同じようなセンスで調査にあたり判定を下したとしたら将来に大きな禍根を残す。
それまでのやり方が間違っていたことが判明した時に,抜本的に修正することが非常に難しいことをこの本は示している。今,科学技術が抱えている問題を真剣に考える大切さを教えてくれる本である。