本の紹介:破壊する創造者 ― 2011/04/03 13:31

イギリスの進化生物学者で医師であるフランク・ライアンによるウィルスの話です。
分子レベルでの進化を解明することが医療への応用につながるという話ですが、その中でウィルスが生物の進化で果たしている役割に焦点を当てています。この本の英語の主タイトルは、"Virolution" です。VirusとEvolutionを合成した言葉です。
生物進化の駆動力として、ダーウィンの自然選択、突然変異、遺伝子の三つを考慮したのが「進化の総合説」だそうです。進化の中でウィルスは宿主と共生していることがはっきりしてきていますが、「宿主の進化を促進させる最大の原動力」であるというのが、著者がこの本を書いた目的です。
ヒトゲノムの構成は、タンパク質を合成するための情報を保持する機能遺伝子は全体の1.5%しかなく、人間に過去に感染したウィルスの名残とされる「ヒト内在性レトロウィルス」が9%、そのほかの90%近くが、何のために存在するのか分からないのだそうです。
その他、ゲノムの水平移動とか分子進化学の難病への応用、ウィルスが進化で果たしている役割とか話題は豊富です。進化論、遺伝学の基的な知識を持って読むと、より理解が進むでしょう。
防災教育の成功例 ― 2011/04/06 23:02
今回の東北地方太平洋沖地震で津波に襲われた宮古市では,登校していた約3,000人の小中学生は,ほぼ全員が津波から逃れることができました.津波の犠牲になったのは,病気で休んでいた子供,親が家に引き取った子供など,ごく一部でした.その理由の一つは,片田敏孝氏(群馬大学大学院教授)が行ってきた防災教育です.
片田氏の防災教育のポイントは二つです.
第一は,想定にとらわれずその場でできる最善を尽くすことを教え込んだことです.ハザードマップで安全とされていた避難場所に逃げた中学生たちが,ここも危ないと自分達で判断してさらに高いところまで逃げ助かりました.最初の避難場所は3mの津波に襲われました.その場で,自分で判断して行動することの大事さ,生きるための直感力といったものの大切さです.
防災の授業では,ハザードマップを渡しすぐに,これを信用しないで自分で判断せよと教えたそうです.
第二は,「津波てんでんこ」を実行する心構えを植え付けたことです.「津波てんでんこ」は知っている人も多いと思いますが,津波の時は親も子もなく自分の身を守るために一目散で逃げろという教えです.
津波てんでんこについては,子供の頃,昭和三陸地震津波【1933(昭和8)年3月3日発生:マグニチュード8.1;死者・不明者あわせて3,064人】に遭い,今回の津波も経験した山下文男氏はこう書いています.
『私が、「津波てんでんこ」という言葉を覚えたのは、津波の後で、末っ子である私の手も引かずに逃げた津波の時の父の「非常」を、母が話題にするたびに、父が、「何! 津波てんでんこだ」と弁解していたからであった。父は、明治の津波のとき、自身は辛うじて助かったが、母親と乳飲み子の小さな妹、それに許嫁を失っていた。母親と妹の死はとくに哀れであった。』(津波ーTUNAMI、1997,171p.あゆみ出版)
この言葉が,いつ頃から言われるようになったのかは分かりませんが,明治三陸地震津波【1896(明治29)年6月15日発生:マグニチュード6.8;死者26,360人】の時には,すでにあったのです.
この「津波てんでんこ」には,人を置いて自分だけ逃げるという非常さが,つきまといます.これを片田氏は「とにかく高いところへ逃げ、自分の命を守る率先避難者たれ」と子供たちに教えました.つまり,自分だけ助かりたくて逃げるのではなく,「自分が逃げることによってみんなが助かる」という風に気持ちを切り替えろというのです.この発想がじつにすばらしい.これなら,誰でも真っ先に避難することができます.
災害心理学には「正常化の偏見」(正常性バイアス)というのがあるそうです.これは,地震があって津波が来ることが分かっていても,そんな異常なことは起きないと自分に言い聞かせ,平常通りの判断や解釈を続けて楽観的に考えようとする心理状態です.
今回の津波では釜石東中学校の生徒が,地震が起きたらすぐに全力で,必死で高台を目指して逃げ始めました.それを見ていた小学生や保育園児も必死で高台を目指して走りました.ここでは逆に「集団同調性のバイアス」が働いて,みんなが必死に避難し誰も津波に飲み込まれずにすんだのです.
このように,正常性バイアスを破り,同調性バイアスを生み出したのが,「自分が必死に逃げればみんなが助かる」という気持ちの切り替えだったのです.あとで何と言われようと,自分が危ないと感じたら必死で逃げる.これが災害から身を守り,みんなを助ける一番の秘訣なのだと言うことです.
片田敏孝氏のインタビューは,「ビデオニュース・ドットコム」で見ることができます.これは,聞いていて涙が出そうになる内容です.防災教育に多少とも関心のある方は是非聞いて下さい.月525円です.
インタビューの概要は,文章で見ることができますが,片田氏の話の方が数百倍,面白いです.