大久保雅弘著「或る地質屋の記」 ― 2010/05/07 18:37

不思議な本です.今この時期に出版する意義は何なのかという疑問が湧く一方で,読み進んでいくうちに引き込まれる内容を持っています.
東京大学地質学科の2年生の時に,大学の疎開先の山形県大石田で敗戦をむかえるまでの「生い立ちの記」と北上山地の研究を中心とした「日本の古生層研究史」とからなっています.
「生い立ちの記」では戦争中の生活,特に大学の研究室の疎開とそこでの生活は大変興味深いものです.自分の人生は25才までと考えて生活をしていたのが敗戦となり,「・・正直なところ、このときほどうれしかったことはない。」という.食糧事情の悪い中で,卒論ではまるまる2ヶ月間フィールドを歩いたという馬力には感心させられます.
戦争中の大学での生活が具体的に書かれているのは大変貴重です.
「日本古生層研究史」は専門的な内容になりますが,1964年の"The Geologic Development of the Japanese Islands"の刊行までの古生層研究史として興味深いものがあります.
特に,東大地質の小林貞一教授の佐川造山輪廻に対して,地学団体研究会が中心となって新しい研究体制がつくられ,学閥やフィールドの縄張りなどが薄らいでいった成果の一つとして,この本の刊行があったということは忘れてならない歴史だと思います.
この中で,故湊正雄北大教授の指導力と自己主張の強さから来る欠点が,具体的に書かれているのが印象的です.
立場によって,様々な受け取り方があると思いますが,この本で述べられているような地質研究の歴史があって,現在の日本の地質学の到達点があることは間違いのないことでしょう.
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さっぽろ農学校 ― 2010/05/09 21:15

サッポロさとらんど(小さい子供を遊ばせるのには絶好の芭蕉です)
札幌の北東に’サッポロさとらんど’があります.イサム・ノグチの設計で有名なモエレ沼公園とは道路一つ隔てていて,夏にはさとらんどとモエレ沼公園の間を馬車が往復しています.
このさとらんどで毎年4月から9月末まで「さっぽろ農学校」が開かれています.全18回の講義のみの入門コースと「専用ほ場を利用した実習や講義を通じて,基礎的な農業知識や技術を身に付ける」専修コースとがあります.
今年は入門コースを受講している.毎日曜日なので継続して通うことが難しいと考えて少し早めに行って当日受付で受講しています.
内容は,基本的なこともありますが,実際的で大変面白いものです.何と言っても,講師の方々が農業に愛着を持っていることが伝わってくるのがいいですし,へえ〜と思うことが数多くあります.
例えば,ホップコーン用の小粒で皮の固いとうもろこしの品種があるとは知りませんでした.

ポップコーン用のトウキビ(小粒で皮が固いようです)
これまで家の小さな庭で野菜を作ってきましたが,農業をやってみたくなるような講義です.何と言っても,作物を作るというのは,天候を見ながら焦らずしかし機を逸しないように作業を進めるものだというのを学んだのは大きいです.また,少なくとも数年先を見ながら作物を選んだり,土壌改良をしたりしなくてはならないと言うことも学びました.
そこで紹介された本が「家族で楽しむ 北国の家庭菜園」((社)北海道農業改良普及協会,1996,2009 第6刷)です.これほど親切に地域にあった記述のある本はめったにお目にかかれません.

それでも,さっぽろ農学校の講義は大変面白く,家庭菜園造りにはとても役に立ちます.
<参考ウェブサイト>
<http://www.city.sapporo.jp/keizai/nogyo/index.html>
「ローマ人の物語 全ての道はローマに通ず」 ― 2010/05/11 17:45

塩野七生氏の「ローマ人の物語」を文庫で読み始めて半年以上になりました.ようやく27に到達しました.折しも土木学会誌(5月号,65p)の私の本棚で森杉壽芳氏(東北大学経済学研究科)がローマ人の物語27,28を紹介しています.
文庫本は2冊合わせても1,000円弱で買えますが,ローマ時代の様々な遺構がカラーで紹介されている上に,古代と現代の道路網の地図までついているという’超お得版’となっています.
ローマの道路網の建設は紀元前3世紀に始まりました.ちょうどこの頃中国では万里の長城の建設が始まっているそうです.しかし,万里の長城が外敵の侵入を防ぐ目的で建設されたのに対し,ローマの街道網は第一の目的は軍隊の敏速な移動であったのですが,ローマ帝国内の交流を大きく促進する役割を担っていました.
そして,感心するのはその維持を数百年にわたって行っていたこと,街道沿いには宿や馬の交換所や馬車などの修理所を一定の距離で設けていたことです.そして,郵便制度もあったというのです.
遺構で一番迫力のあるのは水道橋です.フランス.ニームの3階建ての水道橋やチュニジア,カルタゴの畑の中を走る水道橋の写真は感動ものです.
ローマ人は社会資本整備を「人間が人間らしい生活を送るためには必要な大事業」と考えていたらしいと著者は言います.また,借金(国債発行)などしないで予算内で可能な事業だけをするという風にして息長く道路網などを整備していったと言います.
土木に関わる人はこの2冊だけでも読むことをお奨めします.
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本の紹介:ブロッカー、クンジグ「CO2と温暖化の正体」 ― 2010/05/24 17:39

海洋の深層水と表層水の流れを「ベルトコンベヤー」としてモデル化した W.S. ブロッカーの著書である。
この本の主張は、気候変動は凶暴な野獣のようなもので急激に変化するというものである。そのことを過去の気候変動についての様々な資料にもとづいて詳しく説明している。
1955年ころ、ブロッカーは大学院生で放射性炭素年代測定を手がけていた。この技術を武器に氷河期の名残であるネバダ州のピラミッド湖周辺の調査を行い湖岸段丘の時代を決定した。これは、まさに気候変動を示す現象である。
ブロッカーの博士論文がリビーのノーベル賞受賞講演で引用されていることは有名である。
1980年代末には、それまでの海洋水循環の研究をまとめて「ベルトコンベヤー」として海洋の熱塩循環を模式的に示した。この循環の原理も、この本の中で解りやすく説明されている。
ダンスガード-オシュガーサイクル(グリーンランドの氷床コアから)、ハインリッヒ・イベント(氷山によって運ばれた岩屑層)などの気候のジグザグの変動も明らかにされてきた。それらの中でもっとも急激な変動がヤンガー・ドリアス期の変動である。
このような気候変動がベルトコンベヤーの動きが停止することによって生じるとブロッカーは考えた。
最近の気候変動についても詳しく述べられている。中世温暖期にはシエラネヴァダ山脈の東側で大干ばつが発生していたこと、この現象は太平洋東海域に冷水塊が形成されるラニーニャと密接に関連していることなどである。
気候変動は自然に起こっている現象であるが、人間の放出してきた二酸化炭素がそれを加速しているというのがブロッカーの考えである。そして、社会は不要となった水を下水として処理しているように、これまで大気中に放出し放題であった二酸化炭素を回収する必要があると考えている。そのための装置の開発にも着手している。
地球温暖化に関する本は、日本ではセンセーショナルというか、どぎついタイトル・内容のものが多い。しかし、この本は非常にていねいに気候変動で何が起こっているかを説明している。
また、この本は科学者とライターの共著となっている。スベンスマルクとコールダーの「不機嫌な太陽」もそうである。
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