本の紹介:憲法九条と幣原喜重郎 ― 2021/01/01 18:03
あけましておめでとうございます

笠原十九司、
憲法九条と幣原喜重郎
日本国憲法の原点の解明。大月書店、2020年4月。
日本がポツダム宣言を受け入れて無条件降伏してから75年経った2020年に出版された記念すべき本です。
世界史的に見て先進的な日本国憲法の第九条は、1946(昭和21)年1月24日の連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーとの会談で幣原喜重郎首相が提案し、合意したことによって憲法に盛り込まれたのです。このことを当時の資料、文献で明らかにしたのが本書です。
経過はこうです。
1946年当時、日本政府の憲法改正案は国務大臣の松本烝治が中心となって作業を進めていました。しかし、その改正案は天皇主権であり陸海軍を残すというものでした。この案では占領軍が承認しないと考えた幣原が、マッカーサーと会談して戦争放棄と象徴天皇制を提案しました。これが2月3日の「マッカーサー・ノート」の提示となったのです。それは、1.天皇は国の元首の地位にある、2.国権の発動たる戦争は、廃止する、3.日本の封建制は廃止される、というものでした。
占領軍に押しつけられたと言われる日本国憲法は、マッカーサー・ノートの提示から連合国軍最高司令官総司令部・民政局長のコートニー・ホイットニーが2月13日に憲法改正草案を提示するまで、わずか10日間で作られたように思われています。しかし、その原点となったのは1946年1月11日にアメリカ政府からマッカーサーに送付されたSWNCC-228「日本の統治体制の改革」という文書です。この文書は、1942年にアメリカ国務省内に設けられた極東班によって作られた報告書に基づいています。日本が降伏する3年前のことです。ちなみに、日本がミッドウェー海戦で敗北したのは1942年6月5日です。
この憲法制定までの経過を見ると日本国憲法が先進的内容を持った背景がよく分かります。また、幣原喜重郎の憲法観、マッカーサーの戦争に対する考え、昭和天皇が憲法改正についてどう考えていたのか、などを資料・文献に基づいて述べています。
冬のモエレ沼公園 ― 2021/01/07 15:23
2021年1月6日、三が日のお酒も抜けたので運動不足解消のため、札幌の東北郊外にあるモエレ沼公園へ歩いて行ってきました。
雪の深さは50cm程度ですが、年末から朝は零下10度くらいで日中も気温が上がらない日が続いているので一面、雪の原です。
冬のモエレ沼公園は何度か紹介しましたが、懲りずに写真で紹介します。
写真1 モエレ沼へ行く途中のタマネギ畑と手稲山
雪の上の足跡は狐のものです。
写真2 「サッポロさとらんど」の北を通る道道112号札幌当別線歩道の並木
右手が「サッポロさとらんど」でスズカケ(プラタナス)の並木です。車道は、あいの里で国道337号(一名「手拍子街道」)に合流するまで4車線です。
写真3 冬のサッポロさとらんど
一面雪に覆われていますが、チューブ・ソリを曳いてもらったりソリで遊んだり出来ます。「さとらんどセンター」ではチーズやバター作りが出来ます。
写真4 南西から見たモエレ山
手近でスキーやソリを楽しめます。標高は62mで、ここからの高さは50mくらいです。
写真5 モエレ山南西斜面
こうやって見上げるとかなり迫力があります。左の銀の柱はGPS測定器です。造成中に山体崩壊を起こしました。今は、「三角点通」から移設された三角点が頂上に設けられています。
写真6 プレイマウンテン
手前の雪原は花崗岩の石垣に囲まれた芝生の広場です。
写真7 モエレ山
北西から見たモエレ山です。
写真8 北の空
厚い雪雲に覆われています。雨雲のように見える黒雲ですが、気温が低いのでかなり激しく降っているようです。
写真9 ガラスのピラミッド
左のカラマツ林の中に「海の噴水」があります。
写真10 ガラスのピラミッド
公園内のクロスカントリイースキーのコースは整備されています。
北海道地すべり学会・研究発表会 ― 2021/01/24 10:24
2021年1月22日(金)、令和2(2020)年度 (公社)日本地すべり学会北海道支部・北海道地すべり学会 特別講演および研究発表会が、オンラインで開かれました。
今回は元日本地すべり学会会長二人の方の特別講演と5件の研究発表がありました。
檜垣大助氏(日本工営):東北日本における氷期の斜面地形形成と近年の土砂移動
北上山地の地形は、山頂緩斜面、高位谷頭凹型斜面、低位谷頭凹型斜面、平滑尾根斜面、山麓緩斜面、崖錐、沖積錐などから形成されています。テフラは十和田カルデラ、秋田駒ヶ岳、岩手山スコリア、阿蘇4,洞爺などが分布していて、周氷河環境を示すテフラのインボリューションが見られます。
山麓緩斜面は径10cm以下の礫からなり、1万5千年前、3万5千年前の腐植土を挟んでいます。最終氷期よりも古い時代の山麓緩斜面堆積物もあり、約10万年で堆積物の厚さは8m程度です。完新世になるとウォッシュ的堆積物が見られます。段丘面を覆うように緩斜面堆積物が分布し、その緩斜面堆積物が、基盤岩が形成する段丘面の肩部を削っているように見えます。
図1 段丘堆積物と山麓緩斜面堆積物(Higaki,D.,1992より)
下の水平な層が段丘堆積物で、その上に緩斜面堆積物が載っています。この図では、緩斜面堆積物は基盤岩を削っていません。
約5千年前以前に土石流が頻発していて、現在の温暖化が進んだ場合の姿を示しているようです。
2016年の台風10号では北上山地東部で土石流や土砂流が多発しました。渓岸や河床の侵食が進みました。その素因としては、周氷河作用で山地の地形が平滑化されていたこと、滑りやすい場が形成されていたことなどがあげられます。
八木浩司氏(山形大学):空から見た全国の地すべり・変動地形(活断層を含む)
八木氏は最初、防衛大学に勤務しその後、山形大学に移りました。防衛大学校時代、講義用の資料を収集するために、自衛隊の飛行機(場合によってはヘリコプター)を使って分かりやすい斜め空中写真を撮影しました。その後の写真を含めた空から見た地すべりなどの地形を紹介しました。
鳥海山、月山、船形山、白山の西の甚之助地すべり、湯の谷川地すべり、青森県の十二湖、長野県の青木湖、御嶽山の伝上川上部崩壊、2004年・中越地震の東竹沢地すべり、2008年・岩手・宮城地震の荒戸沢地すべり、栗駒山東斜面・ドウゾ沢・産安沢川、赤石岳の百間平・広河内岳・烏帽子岳・知床の三ッ峯の重力性山体変形(二重山稜)、東日本大震災後に発生した湯ノ岳断層、富良野盆地西縁断層、国府津・松田断層、市ノ瀬台地、飯山の活断層、中央構造線活断層帯、山形盆地西縁活断層帯、鳥海山南西麓断層、横手盆地の千屋断層、山形県の山辺断層、新潟県の鳥越断層、久住高原の万年断層などを写真で紹介しました。
最後はネパールのセティ川上流の土砂災害です。2015年に発生したゴルカ地震でアンナプルナIV峰の西壁で岩盤崩落が発生し、セティ川に流れ込んだ土砂が土石流となって流下しました。
この写真集は、来年あたり出版されるそうです。
研究発表で興味深かったのは、渡邊達也氏ほかの「同時多点GNSS観測で捉えた海岸地すべりの複雑な挙動」です。GPS計測器を活動的な浜中町の後静海岸地すべりに設置し、約2年間地すべりブロック内での土塊の移動を追ったものです。地すべりが一気に活動する様子が5回捉えられ、地すべり末端で海岸侵食が激しい場所に向かって滑動する様子が捉えられました。
なかなか、お得な講演会でした。
シンポジウム「東日本大震災からの十年とこれから」 ― 2021/01/26 14:48
2021年1月14日(木)、日本学術会議の学術フォーラム・学術連携シンポジウム「東日本大震災からの十年とこれから-58学会、防災学術連携体の活動-」がオンラインで開かれました。
日本の学術界の総まとめの団体らしく、実に多様な学会から39件の発表がありました。地盤工学会や地すべり学会など地盤に関係する分野だけでなく、災害看護学会や火災学会、地域経済学会と言った様々な学会の発表がありました。発表は1件10分で、全部で39件でした。
このシンポジウムの発表資料は、学術会議の防災学術連携体のウェブサイトからダウンロードできます(2021年1が月26日確認)。
セッション1.東日本大震災の全容解明と十年の復旧・復興の総括
日本海洋学会を初めとする9件の発表がありました。
セッション2.原子力発電所事故後の対応と放射能汚染の長期的影響
原子力学会ほか4件の発表がありました。
セッション3.東電福島第一原発事故被災地域の現状と復興
災害情報学会と地域経済学会の2件の発表でした。
セッション4.東日本大震災が社会に与えた影響と今後の長期的影響
建築学会ほか5件の発表でした。地盤工学会は宅地地盤における地震対策について、地質学会は古津波堆積物研究について発表しました。
セッション5.自然災害軽減と復旧・復興に関わる提言
安全教育学会、応用地質学会、地すべり学会の発表でした。
セッション6.我が国土・都市計画、まちづくり、人づくりと防災・減災対策
地域安全学会など4件の発表がありました。
セッション7.今後の防災・減災分野の研究のあり方、諸分野の連携のさらなる推進
土木学会など12件の発表がありました。
いくつか印象深かった発表について述べます。
防災減災学術連携委員会・委員長 米田雅子(慶応大学):日本学術会議と防災学術連携体の活動
2011年3月11日の東日本大震災後、2012年5月には「三十学会・共同声明 国土・防災・減災政策の見直しに向けて—巨大災害から生命と国土を護るために—」(英文でも)を発表しています。2016年1月には防災学術連携体を創設しました。この年の4月に熊本地震が起こっています。
2018年9月には「西日本豪雨災害緊急報告会」を開いています。この報告会では、9月の台風21号と胆振東部地震の被害についての報告も急遽追加して行っています。市民に対するメッセージの発信も行ってきています。
2020年には新型コロナウイルスと自然災害が同時発生した場合の対応についても検討しています。
さらに、日本の人口は2008年をピークに減少に向かっていて、2050年には1億人を割り高齢化率は40%近くになると予測されています。このような中で、今後の日本の国土利用を転換する必要を訴えています。
図1 人口減少→国土利用の方針転換が必要(米田、2021)
東日本大震災後の社会的モニタリングと復興の課題検討分科会・幹事 青柳みどり(国立環境研究所):提言:社会的モニタリングとアーカイブ—復興過程の検証と再帰的ガバナンスー
社会的モニタリングというのは、復興政策がどの程度達成されたか、国民の健康状態がどの程度改善されたかなどのほかに、社会の少数者の声を含む多くの利害関係者その他の人びとの多様な声を継続的に拾い上げる観察や評価を含むものです。
再帰的ガバナンスとは、政策を実行する中で社会が変化していくことで当初の政策目標が変化していくことを考慮して、新しい政策を立案実行するサイクルのことです。そのためには、復興の記録を収集・保存し政策に反映させることが必要になります。
復興に当たって、社会的モニタリングを導入すること、災害復興過程検証委員会を設置し検証の元となるアーカイブを整備することを提案しています。
日本災害復興学会・会長 大矢根 淳(専修大学):被災・復興に寄り添う研究実践
日本災害復興学会は2008年1月に創設されました。1995年の阪神・淡路大震災の10年を検証してきました。
復興とは被災者と被災地の再起であり、復興の主体は被災者です。そのためには、被災地の地域性、歴史、文化を尊重し生かす工夫が必要です。東北を巡る車座トークキャラバンを行い被災者の生の声を聞いてきました。
災害復興学会の会員が、2020年に「原発事故で避難された方々にかかわる全国調査」を実施しました。その中間報告では、避難者の避難生活はまだ終わっていない、避難者としていられる権利が必要というものです。
日本災害看護学会 酒井明子:東日本大震災後の人びとの健康
災害看護学会では東日本大震災直後、福島、宮城、岩手方面に3部隊、千葉、茨城方面に2部隊の先遣隊を派遣しました。先遣隊は、情報収集を行い、被災地の看護協会などと調整を行い、現地調査をし、情報を公開するという活動を行いました。その後、健康相談を行ったり、仮設住宅住民に対する精神健康状態の変化とその要因の調査研究活動を行ったりしました。また、子供たちに対する「遊びと語りのプロジェクト」を行いました。
そのほか、避難所の問題、高齢者や障害者の問題などがあり、福祉避難所を提案しています。
また、災害関連死が1995年の阪神淡路大震災では919人、2004年の新潟県中越地震では50人、東日本大震災では3,739人、熊本地震では215人となっていて、中越地震では全死者の74%、熊本地震では90%が関連死の死者となっています。
日本地震工学会・原子力発電所の地震安全の基本原則に関する研究委員会 高田毅士(日本原子力研究開発機構、元東京大学教授):原子力発電所の地震安全の基本原則:提案と実践
標記の研究委員会を始めた背景は、原子力の安全確保のために一貫した基本方針が必要であること、原子力関連の諸分野の連携が必要であること、原子力規制に関する学会からの支援・連携が必要なこと、耐震設計技術指針からスタートするのではなく学会が主導して新たな体制をつくること、といった問題意識でした。
リスクマネジメントは、設計領域、原発稼働中のアクシデント・マネジメント(AM)の領域、防災・減災領域に分けられます。防護を考える場合、ほかの層の対策に期待しない複数の層での対策を用意する深層防護の考えが必要です。
日本気象学会・学術委員会・放射能汚染に関する対策部会長 近藤裕昭(日本気象協会):原子力関連施設事故に伴う放射性物質の拡散監視・予測技術の強化に向けて
福島第一原子力発電所の事故直後、放射物質の拡散予測システムであるSPEEDIによる放射線防護のための予測情報がどうして発せられなかったのかというのは、学会員多くの疑問でした。事故後多くの提言、研究集会、数値予測モデルの信頼性向上などを行ってきました。
数値予測モデルを生かすためには、短期的には荒い予測情報は不確実性を低減することを利用すること、日頃から事故時の訓練を行いその結果を開発者にフィードバックすること、それによって関係者間の信頼感を醸成することが必要と考えました。中長期的には適切な情報発信が出来るチームを作りどのような情報を発信するのか検討すること、数値予測は複数のモデルを用いて行う体制をつくることが必要です。
日本地図学会・防災委員長 宇根 寛:東日本大震災から10年のハザードマップの発展—それは「ハザードマップを信じるな」から始まった—
ハザードマップとは「自然災害に危険性に関連する種々の分布情報を、災害軽減を図るために紙や電子画面等(何らかのメディア)に表記したもの」(鈴木、2015)と定義されます。
災害を理解するための地図としては、A)地形分類図のような土地の成り立ちを示した地図、B)土砂災害危険度分布図のような災害の発生しやすさを示した地図、C)浸水想定区域図のような一定の想定に基づいて災害を予測した地図、D)市町村の防災マップのような災害発生後に必要な情報を示した地図の四段階があります。国土地理院の土地条件図や治水地形分類図は50年以上前に公にされていたハザードマップの原点と言うべき地図です。
浸水想定をベースにしたハザードマップ、津波ハザードマップなどがつくられています。しかし、ハザードマップは逆に想定区域外の住民に安心感を与える役割をします。
片田敏孝氏の「ハザードマップを信じるな、自分で危険性を判断しなさい」という教えが、東日本大震災の津波から多くの生徒の命を救いました。ハザードマップは拡大・普及し、近年の豪雨災害ではほぼ予想通りの事態が起きています。大洪水のような災害が発生すると、土地は自然の営みに戻ろうとします。土地の成り立ちを理解することが大事です。
(つづく)
気候変動についてのセミナー ― 2021/01/27 08:57
2021年1月13日(水)、オンラインで気候変動についてのセミナーが行われました。
タイトルは「環境研究総合推進費S-18 気候変動影響予測・適応評価の総合的研究第1回公開セミナー」で、原田守啓・岐阜大学教授が「豪雨・洪水への気候変動影響と治水を巡る社会情勢」というタイトルで講演し、質疑応答がありました。
近未来気候変動の予測、気候変動の影響評価技術、適応策の立案が主なテーマです。
気候変動予測は20kmメッシュで行いました。長良川では2004年に最大洪水を記録しました。それを受けて、河川計画者の計画に使えるモデルで気候変動を評価しました。その結果、100年に1度の洪水が、これまでより1.1~1.3倍に増えるという結果になりました。
日本の年平均降水量は1,800mmですが、あまり雨の降らない地域で災害が起こるようになっています。台風は勢力が強くなり、速度は遅くなって被害が大きくなります。
2019(令和元)年の東日本台風(台風19号)では、遙か南に台風があるのに豪雨に見舞われました。至る所で洪水が発生する「流域型洪水」になり、国交省の河川のうち140カ所で堤防が決壊しました。その80%が支流との合流点近傍で発生しました。
対策のための法令・予算としては、開発規制・小規模の集団移転・水害保険などに対応する位必要があります。
豪雨の際のダムの放流は、気象予測の精度が上がったために、うまく運用できた例があります。渡良瀬川の草木ダムでは1日前から放流を開始し、緊急放流をせずにすみました。木曽川支流の馬瀬川の岩屋ダムでは降雨の合間に放流をしました。
水害からの復興に当たっては、「単に地域を元の姿に戻すという原形復旧の発想に捉われず、土地利用のコントロールを含めた弾力的な対応により気候変動への適応を進める適応復興」(環境省、2020年6月30日)という考えが示されています。都市再生特別措置法では、災害レッドゾーンでは開発が原則禁止されています。
現場での具体的議論を踏まえ地域特性に合った対応が必要です。
この後、活発な質疑応答が行われました。いくつか議論を紹介します。
洪水に対処するには、河川管理で何処まで出来るのかをまず考え、それで対応できない場合、国土のつくり方(国土デザイン)を含めて考える必要があります。
気候変動による洪水が、1.1倍に増えると言うことが一人歩きしていますが、過去の実績と気候モデルを組み合わせて降る可能性のある雨の量を構築していくことが必要です。