明治初期札幌の工業地帯2011/10/14 11:15

 秋の良い天気が戻ってきました.2011年10月13日に豊平川扇状地末端の工場群を見に行きました. 

 札幌は豊平川扇状地に造られた街です.
 街の北西は知事公館敷地,北大植物園,清華亭などに伏流水の湧き水がありました.これを利用して偕楽園と呼ばれる公園が設けられました.現在の北大付近は農学校園として利用されていました.

 これに対して,街の北東には千歳鶴,サッポロビール,トモエ醤油などの工場が出来ました.これらの醸造業も水が大切な資源です.
 これらのうちで最も古いのは1872(明治5)年に創業した日本清酒株式会社です.創業時は柴田酒造店でした.創業者は石川県能登から来道した柴田與次右衛門(しばた・よじうえもん)で,最初は南1条西2丁目に店を構えました.現在は豊平川の堤防近くの南3条東5丁目に本社,工場があります.市街地に工場を持っているのは,この場所が酒造りに適した地下水が得られるためです.


写真1 豊平川河畔に建つ千歳鶴の工場
 この場所に掘った井戸からの水が酒つくりに最適であるため,あえてこの場所でつくり続けているという.左のアーチ橋は豊平川を横断する豊平川第一水管橋です.


写真2 「千歳鶴」酒ミュージアム入り口の湧水
 味があるという水ではないです.ちょっと甘みがあるかなと言う感じですが,全く癖がありません.場所は中央区南3条東5丁目東向き.休日は13時と15時に蔵見学が出来ます. 

 現在のサッポロファクトリーのレンガ館が,1876(明治9)年に設立された開拓使麦酒醸造所です.北3条通りの南側のレンガの建物が,恐らく,ほぼそのまま残っている建物です.サッポロファクトリーの東には第2代北海道長官・永山武四郎の屋敷があります.北3条通りを西に行くと赤レンガ庁舎(開拓使札幌本庁舎正門)にぶつかります.北3条通りの周辺には工業局製作所,麦酒会社,葡萄酒醸造所,製糸所,紡績所,病院,屯田司令部などがありました.


写真3 サッポロファクトリーのレンガ館
 綱の張ったレンガの壁はなかなか趣があります.



写真4 レンガ館の東の入口
 窓の周りや屋根の先端のレンガの積み方などを見るとなかなか凝っていることが分かります.


写真5 北3条通りに面したレンガ館
 当時の面影を残しているように思います.なお,最初の開拓使麦酒醸造所の建物は,写真で見ると木造です.レンガ造りの建物になったのは,1886(明治19)年に大倉組に払い下げられて以降のようです.

 現在,サッポロビール園にあるサッポロビール博物館は,1890(明治23)年に建設された札幌製糖会社の工場です.ビール博物館の展示模型では精麦所となっています.蛇行,分流する伏籠川に周りを囲まれた場所で,鉄道の引き込み線がありました.


写真6 サッポロビール博物館


写真7 開業式の開拓使麦酒醸造所
 1876(明治9)年9月23日に開業しました.右に積んだ樽に書かれているのが「麦とホップを製すればビイルとゆふ酒になる 開業式」という有名な文言です.
 札幌でビールの醸造が始まった一つの大きな要因として,岩内で野生ホップが見つかったと言うことが大きいようです.

 さらに東に行くと,福山醸造株式会社があります.この会社は1891(明治24)年に福山商店として創業しました.この付近にも伏流水が湧出しているところがありました.


写真8 トモエ醤油の建物
 この東には雪印メグミルクの工場があります.


 JR苗穂工場は1909(明治42)年に,鉄道院札幌管理局札幌工場として設立されました.この工場の中を伏籠川の支流が蛇行しながら流れていました.



写真9 JR苗穂工場
 東11丁目の跨線歩道橋から東を見たところです.

 このように,札幌の街は扇状地の末端付近に,水を利用する産業施設を配置するという形で発展を始めたのです.