石川建治氏講演会 ― 2022/02/03 10:04
2022年1月27日(木)、安保法制違憲訴訟の会主催の講演会「憲法変えるな! 〜安保法制違憲訴訟の勝利を目指して」が開かれました。講演者は東京大学教授の石川健治氏でした。Zoomでの視聴で参加しました。

石川健治氏講演会の案内
講演内容
2013年に安倍元首相は、憲法第96条の改正に取り組むと明言しました。これに危機感を持ちました。
C.スティーブンソンが提唱した「説得定義」という概念があります。説得定義とは、情緒意味をそのままに、叙述意味だけを変更することです。
例えば、2012年に出された自民党の改憲草案では第一章 第一条が「天皇」となっていて、「天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の創意に基づく」とあります。この文言は、元首としての情緒意味(心情的側面)を強調し、叙述意味(記述的意味)を変えています。
憲法第96条の改正は、法律学的意味の「革命」です。憲法の根本的建前を変更し法秩序の連続性を破壊するからです。
1945年8月の日本の無条件降伏は「八月革命」と言われることがあります。これは、敗戦という事実の力によって根本的建前が変更されたので、革命と言って良いでしょう。憲法制定権力が天皇から国民に移動しました。
フランスで大統領であったナポレオンが皇帝になった事態は、クーデターの典型です。
安保法制には憲法第9条違反という「内側の問題」と憲法第96条の改正という「外側の問題」があります。
<内側の問題について>
内側の問題は、憲法9条違反です。
第一次世界大戦のあとの戦間期に、集団安全保障として国際連盟が設立されました。戦争は違法であるという原則(不戦条約)が示されました。しかし、日本は満州事変を起こし国際連盟を脱退し、日独伊三国同盟を締結しました。
日本国憲法は、不戦条約への復帰です。さらに、戦争を禁止しただけでなく、武力による威嚇、武力の行使を禁止し戦力不保持を表明しました。戦力不保持は、戦費調達を禁止するという財政的概念です。財政法第4条では赤字国債の発行を禁止していますし、同第5条では財政ファイナンス(中央銀行が通貨を発行して国債を直接引き受けること)を禁止しています。
日本は、戦後、集団安全保障体制としての国際連合に加入し日米間で安全保障条約(1951年9月に署名された旧安保条約)を結びました。この条約は、同盟条約ではありません。新安保条約は同盟条約です。
欧州の国際法は、集団安全保障政策をとっているのに対し米州の国際法は同盟政策をとっています。
緊急防衛は個別的自衛権で日本国憲法が認めています。集団的自衛権のなかには、同盟政策が挿入されています。
2014年7月1日の閣議決定は、「一見極めて明白に違憲」で、安全保障から日米同盟へ転換しました。憲法の同一性の危機であり根本規範としての憲法9条が事実の力によって変更されたのです。
*「かようなアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない」(昭和三四年一二月一六日 最高裁判所大法廷)
<外側の問題について>
外側の問題は憲法96条改正です。
2015年9月19日、「平和安全法制整備法」が成立しました。その前、2013年と2014年には憲法第96条の改正を行おうとしました。96条は憲法を支えている上位の法でこれを変えると法体系が崩れます。つまり、ゲームのルールを変えるのが96条の改正です。
これは、尊厳の問題です。尊厳というのは規範化が難しいのです。現憲法では第24条2項に「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と書かれているのが唯一です。
<安保法制違憲訴訟について>
安保法制は違憲です。しかし、訴えの利益が無いという理由で、裁判の入口ではねられています。この門前払いを突破する理屈が必要です。
<感 想>
司会者が石川氏を「憲法学の鬼才と言われている」と紹介していました。
「説得定義」とか「復初の説」とか、聞いたことのない言葉が出てきました。
初心に返って、どうやったら裁判所が法律論に対応してくれるかを考えることが重要だと言っているように思いました。
モエレ沼公園<2022年1月23日> ― 2022/02/07 08:22
モエレ沼公園は、北西の風が石狩湾から直接吹いてくるので、風の強い日はクロスカントリースキーもつらいのもがあります。今年の冬は風の強い日が少なく気持ちよく滑れる日が多いです。
この日は快晴で風が無く気持ちのいい日でした。雪道を歩いてモエレ沼公園に行きました。
ちょっと掲載するのが遅くなりましたが、冬のモエレ沼公園です。
写真1 雪に覆われたモエレ山
南西から見たモエレ山です。スキーの跡がくっきりと見えます。比高は約50m、斜面の長さは約200mです。
写真2 北西から見たモエレ山
陸上競技場の手前から見たモエレ山です。
写真3 プレイマウンテン
写真4 陸上競技場から見たモエレ山
写真5 プレイマウンテンとテトラマウンド
写真6 エゾマツ林とカラマツ林とガラスのピラミッド
写真7 モエレ山の東斜面
ソリ遊びの斜面です。てっぺんからソリですべるのは、ちょっと勇気がいります。
写真8 北の空は雪
モエレ山から見た北の空です。かなり雪が降っています。
写真9 神威岳から手稲山
札幌西部山地です。この日は街の上に靄がかかっています。
写真10 モエレ山から南西を見る
中央付近に百年記念塔が見えます。
滝野すずらん丘陵公園で歩くスキー ― 2022/02/07 10:04
2022年2月5日(土)、久しぶりに滝野すずらん丘陵公園で歩くスキーをしました。気温は低かったですが、日差しが暖かく、風は無く、気持ちよく歩くことができました。
11.4kmを2時間12分ほどで歩きました。スケーティングでなくギザギザの付いた歩くスキーなのでスピードは出ませんが、上り坂はそれほど苦になりません。
図 コースと縦断図
清田から真駒内へ抜ける道道の渓流口から入り、中央口の駐車場に止めて歩き出しました。右上の赤い線と青い線の合流点が11kmコースの出発・到着の場所です。4.5km過ぎ(この図では5.3km付近)で「アシリベツの滝」の沢に降りて、5.8km付近の休憩所を過ぎて上り下りを繰り返しながらゴールへと向かいます。二カ所コースが交差しているところは、トンネルになっています。
写真1 「すずらんの丘展望台」手前
出発点から800m付近にある「すずらんの丘展望台」手前のコースの様子です。向こうに見える茶色の建物が展望台です。
写真2 ソリゲレンデの上から北西を見る
一番左に烏帽子岳と神威岳、一番右に藻岩山です。
写真3 2km付近
よく整備されたコースです。この付近、トラック(歩くスキー用の2本の溝)が付いていないのが惜しいです。
写真4 6km過ぎ
なだらかな登りです。ここはトラックが付いていて気持ちよく歩けます。
写真5 鰐口トンネル
8km付近のトンネルで、トンネルの上を左から右にスキーコース(1km付近)が通っています。
最後は、ファミリーゲレンデを滑って降りてきました。
モエレ山の雪にクラック発生 ― 2022/02/14 08:08
2022年2月11日の0時頃から明け方に発生したそうです。
写真1 モエレ沼公園の水郷東大橋手前から
頂上から斜距離で20mほど下から、雪がぱっくり口を開けています。クラックの幅は目視で10m弱、積雪深は最大で1mほどです。クラックの部分は地面の草が現れていて、典型的な全層雪崩(底なだれ)の頭部です。雪の層が破壊されること無く全体が圧縮されたのだと推定されます。斜面下部に圧縮部は見られません。
写真2 ガラスのピラミッド付近から
なだれを正面から見ています。円弧状に雪の層が割れています。
写真3 ガラスのピラミッド付近から
写真4 頭部の様子
写真5 向かって左の末端部
図 クラック直交方向の断面図
(地理院地図による断面図に加筆)
野幌森林公園 ― 2022/02/14 12:26
2022年2月10日、野幌森林公園を歩くスキーで歩いてきました。
大沢口から出発して、ほぼ平坦な中央線を南に向かい、基線に出て長い下り坂を登満別園地まで行きました。ここから、志文別線を北に向かい大沢口に戻りました。全体で約8kmの距離ですが、途中、志文別線の2kmは踏み跡の無い遊歩道でした。
林の中では何も見る物は無く、キツツキの音を二回聞いただけでした。
それでも、気持ちの良い汗を流すことができました。
図 野幌森林公園のコース図
一番高いところで標高約100m、一番低いところは同20mで、起伏はそれほどありません。
写真1 大沢口から南を見る
踏み跡と歩くスキーのトラックがついています。スキーを履いていても、くるぶしの上まで雪に埋まります。
写真2 基線の長い下り坂
除雪したあとに、うっすらと雪が積もって気持ちよく滑ります。
写真3 踏み跡の無い遊歩道
ここから約2kmは、踏み跡の無い遊歩道です。
写真4 沢の地形
野幌丘陵には支笏火砕流堆積物が分布していません。沢の両岸は、なだらかです。
写真5 大沢口へ
やっと戻ってきました。散策する人の踏み跡と歩くスキーのトラックがついています。



























