北海道の山岳研究 -日本国内の極域環境変化- ― 2025/03/04 17:52
北海道大学・極域研究センターほかの主催で表記ミーティングが開かれました。開催場所は、北大地球環境科学研究院で、私はzoomで視聴しました。
午前中は8件の一般研究発表で、午後は4件の特別講演がありました。いくつか紹介します。
猪又雅史氏:都市近郊山地における登山道地形の特徴と利用の分析 -札幌市藻岩山を例に-
トレッキングやトレイルランニングでの都市近郊山地の利用が増加しています。その弊害としては、1)登山道の荒廃、2)登山道の土壌侵食・堆積、3)登山道の泥ねい化、4)登山道の拡幅・複線化などがあります。これらの原因としては環境要因と人為的要因があります。
そこで地形計測によるモニタリングとアンケート調査を行いました。
藻岩山の登山道は、北北東に延びる尾根を登る慈恵会ルート、南東に延びる尾根を登るスキー場ルート、北ノ沢ルート、小林峠ルート、北西に延びる尾根を登る旭山ルートの5つがあります。山頂直下の馬の背と言われる鞍部が最も多くの人が利用する場所です。
この場所で地形計測を行いました。ライダー測量で5cm解像度のオルソ画像を作成しました。
慈恵会ルートは9割が北向き斜面で、泥ねい化が長く続きます。降雨・積雪・融雪によって登山道の拡幅が進んでいます。旭山ルートも同じような状況です。木製階段は登山者に嫌われているようです。小林峠ルートと北ノ沢ルートは利用レベルが低いです。
藻岩山は大雪山などに比べて人的要因によって登山道が荒れています。登山者とトレイルランナーの問題もあります。
継続的なモニタリングでは、定量的であること、迅速であることが重要です。
亀田貴雄氏:大雪山系雪壁雪渓の1964年以降の52年間の質量収支変動,気候感度および将来予測
大雪山系には雪壁雪渓があります。
雪壁雪渓の観測は1964年〜1979年まで北大低温研究所が行い、中断を挟んで1989年〜2024年は北見工業大学で行っています。
*観測している雪壁雪渓は、平ヶ岳(ひらが・だけ)の南南東約1.2kmにある南東向きの斜面です。凡忠別岳溶岩(ぽんちゅうべつだけ・ようがん)の東の縁で、急崖が連続しています。防災科研の地すべり分布図では地すべりにしています。
この雪壁雪渓が2023年と2024年の9月中旬に完全に消失しました。平ヶ岳の北にある高根ヶ原の積雪量は、最大20〜30mに達します。しかし、温暖化が続くと2050年〜2100年には50%の確率で消滅すると予想されます。
図1 高根ヶ原の雪壁雪渓
この雪壁雪渓が2023年と2024年には消失しました。
(高橋修平・亀田貴雄・・榎本浩之、2009、大雪山「雪壁雪渓」の変動とその要因。雪氷研究大会要旨、日本雪氷学会)
高橋伸幸氏:アポイ岳における気温特性
アポイ岳は、かんらん岩で構成されている山です。現在、ハイマツ群落が拡大しお花畑が縮小しています。2016年12月から山頂を含む5地点で気象観測を行っています。今回は気温特性について話します。
2022年〜2023年にかけて気温が上昇しています。標高ごとに見ると標高370m地点の観測点から上で気温が急激に低下しています。標高370m枯らしたでは5月に気温の逆転現象が起きています。地面に接している下層の気温が低くなる接地逆転層ができていると考えられます。
アポイ岳周辺では4月〜8月は気温が海水温より高くなり、5月に逆転層の発生が多くなっています。逆転層ができる時期には、内陸から吹く北東の風が優勢になります。アポイ岳周辺の川は北北東-南南西の方向で、この谷に沿って冷たい風が吹いてくると推定されます。
曽根敏一氏:衰退する大雪山の永久凍土
大雪山の永久凍土の温度が上昇し、パルサ(凍土丘)が減少しています。
大雪山では2018年以降、気温が上昇していて、雪壁雪渓が消滅しています。標高1755mの風衝砂礫地で地温観測を行いました。永久凍土層のうち夏に融解する活動層の深度が4mから5mと深くなっていました。地温は-0.1度でパルサの面積が縮小しています。
渡辺悌二氏:登山道研究の過去・現在・未来
大雪山の登山道は、もともとはアイヌの道でした。現在、登山道が周氷河地形を破壊していたり、湿地の中央を通っていたりします。
登山道の研究は、登山道の配置の研究と登山者による混雑や自然体験の研究に分かれます。
登山道の侵食調査では、なぜ侵食するのか、調査で何が言えるのかが課題で、調査によるデータ収集は将来どうなるのかも問題です。日本では登山と言っていますが、登山道を登る登山はトレッキングあるいはハイキングに相当します。登山道はハイキングトレイルと呼ぶものです。
大雪山の登山道は、北海道庁、林野庁、環境省が分担して管理しています。登山道の調査は侵食状況の調査で登山道の拡幅、複線化など実態を調査します。登山道の両側にアルミの柱を立てて水糸を張り10cm間隔で深さを測って侵食断面を作成し、面積で侵食の進行具合を測ります。大雪山の黒岳では1989年から黒岳ヒュッテ周辺の登山道13箇所で観測を行っています。
図2 侵食断面の例(渡辺悌二・太田健一・後藤忠志、2004、大雪山国立公園,裾合平周辺における登山道侵食の長期モニタリング。季刊地理学、56巻、254-264。257pp)
登山道の両側にアルミニウムの支柱を建て、水糸を張り10cmごとに登山道までの深さを測って断面図を作成して面積を算出し、土壌量の代替指標とします。
裾合平分岐から中岳分岐に登っていく中岳温泉付近の観測点です。
2003年頃からはデジタルカメラによる画像やドローンで撮影した画像を用いてSfM で三次元図化を行い、登山道の侵食状況の調査を行っています。そのほかに、4mくらいのポールにカメラをつけて撮影した画像を用いることもやっています。ドローンを飛ばさないのでより手軽にデータが得られます。
旭岳周辺は火砕流堆積物が主体の地質であるため、土壌浸食が進行しやすい状況にあります。姿見の池のアメダスでは、6月から9月に850mmの降雨があります。積雪深は最大5mですが、年により2mくらいの違いがあります。融雪期間が長いので気温変化で霜柱ができ、登山道の側方侵食が進行します。春と秋の凍結融解による侵食、大量の雨による侵食、雪解け水による侵食などのほかに、登山者の踏みつけによって削り取られます。特に、トレールランニングの靴が侵食を早めるようです。
登山道の侵食調査は研究の価値が認められにくいですが、公園管理には必要で精度より簡便さが求められます。
大雪山の登山道は300kmあります。ドローンと360度カメラを使って300kmの登山道の台帳を作りました。修復が必要な地点や区間に優先順位を付けることができます。しかし、人材、予算が不足しています。
登山道の侵食が進み修理をしても3年くらいで侵食が進行します。修復作業を見えるようにする、修復作業に参加する人たちのやる気を保つ、公共事業とボランティアの連携を行うことが必要です。自然を保護するという観点からは中長期的視点が必要で、登山道を閉鎖することも選択肢の一つです。
また、比抵抗電気探査などを用いて、登山道を岩盤が露出している場所に移すということも考えられます。残雪の分布域と登山道の関係も検討が必要です。
大雪山は2,800件近い研究論文があります。市民科学の視点を導入することも考えられます。iPhone に搭載されているLiDARで登山者にデータを取得してもらい、登山道の侵食データと実態を公表することも考えられます。
<感 想>
登山道の侵食、高山植物の状況、蝶の生息環境、周氷河地形や雪壁雪渓の消滅など、様々な問題についての話がありました。
紹介しませんでしたが、佐藤 謙さんのアポイ岳でのハイマツの伐採の話は、いろいろ考えさせられました。
登山というと頂上を目指すのが当たり前という考えを捨て、山麓のトレイル環境を整えることが大事でないかという意見が出されていました。地元ガイドが活躍でき、地域おこしにもつながるということです。
登山者の増加にどう対処するかも大きな課題だと感じました。グレード分けして、それに見合った設備を整備するという意見が出されました。