「富岳」シンポジウム2022/04/06 21:37

 2022329日、1000分から175分まで、オンラインで「富岳」成果創出加速プログラム 公開シンポジウムが開かれました。午前中のOPENINGと午後のセッション1:防災・減災を視聴しました。

 幾つかの講演内容を紹介します。

 

松岡 聡氏(理化学研究所 計算科学研究センター長)

 「富岳」についての話です。

 「富岳」開発の背景としては、高性能のコンピューターは画期的な社会変化をもたらしうるということがあります。「富岳」が設置されている理化学研究所の計算科学研究センターは、神戸市のポートアイランドにあります。ここではマシーンの更新・作成・活用を行っていて、計算のための科学を進めています。広い分野と高い計算能力を保持して汎用的なアーキテクチャを構築しています。

 2010年頃から開発を行い、九つの重点課題を設けています。「富岳」は、他の国のマシーンに比べて1.4倍〜5.5倍の性能を持っています。世界第一位であることが重要です。

 

奥野泰史氏(京都大学/理化学研究所教授)

 創薬について話します。

 新しい薬の開発に成功する確率は、2.5万分の1です。費用は、1,000億円以上、期間は10年以上かかります。

 日本は、ワクチン開発・生産体制強化戦略を掲げています(内閣府、20216月閣議決定)。しかし、総合力で他国に劣り、資本力が弱く、開発のスピードが遅いのが現状です。そこで創薬の超効率化を目指して、スーパーコンピューターとAIを使います。

 コロナ治療薬について、20207月から分子動力学シミュレーションを行っています。計算そのものは2日ちょっとでできます。AIを利用することにより、化学構造の決定から薬の生成までを行うことができます。薬理活性については生成モデルを作成し、タンパク質配列をデザインし薬剤候補を絞り込みます。

 変異株についてのゲノム解析を行い、変異によってどんな悪さをするのかを突き止めることができます。ガン治療では薬剤耐性が生じます。変異株の薬剤反応を予測し、アミノ酸の変異を突き止めます。さらに、患者のゲノム解析を行い、効く薬が何かを求めます。

 

坪倉 誠氏(神戸大学/理化学研究所教授)

 Society5.0のものづくりについてです。

 Society5.0とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立させる人間中心の社会のことです(内閣府)。

 一つの例として、自動車の開発について述べます。

 自動車の空気力学は、車の形、色々な目的のための性能、車の最適設計+デザインなど数多くの設計変数が係わっています。リアルワールドでのシミュレーションも行われますが、多くの変数を試すのは大変です。例えば、走行中の非定常空気力には床下の構造が係わってきます。レーンチェンジをスムースに行うにはどんな形状が良いのかの検討が必要です。

 新型コロナウィルスの飛沫拡散の解析は、エンジンのシリンダー内における燃料拡散シミュレーションのパラメーターを変えて行いました。マスクの効果も取り入れています。感染予測では、飛沫中のウィルスの数、身体のどこに多いか、肺から上気道への飛沫の発生・拡散・空中伝播を考慮しています。

 スキーのジャンプでは、まるごとシミュレーションを行いました。飛んだ姿勢を与えて空中の揚力と抵抗力の比(揚抗比)を計算しました。小林陵侑選手の場合、ジャンプの終盤でも揚抗比が低下せず一定しているために飛距離が出ることが分かりました。2回飛びますので1回目の後にすぐ解析をして2回目に生かすことも可能です。

 トポロジー(位相)最適化という手法があります。形状最適化シミュレーションの一つです。この手法で車体のねじれの解析を行っています。解析によって得られた形状アイディアと設計エンジニアのインスパイアー(ひらめき)をうまく統合することができると思います。

 

佐藤正樹(東京大学 大気海洋研究所):台風・線状降水帯の新時代の数値予測

 台風や線状降水帯の精度の高い予測ができるようになってきました。大アンサンブルにより観測ビッグデータを生かすことができるようになりました。

 20207月の球磨川洪水では線状降水帯の予測を行いました。約1,000個のアンサンブルを構築し洪水、土砂災害、地下浸透などについて確率論的予測を行い、12時間前に予測に成功しました。

 解析に当たっては解像度を優先させるか、アンサンブル数を優先させるかが問題となります。2019年の房総半島を縦断した台風では、14kmのメッシュで1,600メンバーを使いました。

 全球モデルでは、リードタイム8日で70%の確率で予測できます。

 

堀 高峯(海洋研究開発機構 地震津波予測研究開発センター長):地震を知って震災に備えるために「富岳」を生かす

 海洋研究所では、リアルタイムモニタリングを行い、地震発生から揺れまでを研究しています。

 地震予測は、当初経験則により行っていました。最近は、シミュレーションで、どこにどの程度の揺れが起きるか、どの程度の被害が出るかを予測するようになっています。

 プレート運動に伴って発生する地震は、沈み込み帯の幅の広い断層が動きます。1996年から2000年の東北地方の地表の動きは、東北地方太平洋沖地震のすべり分布とほぼ一致しています。プレート間の固着具合の分布を評価することも必要です。

 「富岳」では、地震によって動く地盤と構造物の両方を同時に解析できます。震源断層の動き、地震波の伝播の状態、地盤での地震動の増幅、地下構造物を含む都市での建物の揺れを考慮します。

 相模トラフ沿いの地震では長周期の地震動が卓越します。約150億個の四面体要素からなる計算モデルを構築して様々な検討を行っています。

 

<感 想>

 蓮舫参議院議員の「二位じゃだめなんでしょうか」(2009年の事業仕分け)で有名になったスーパーコンピューターの能力競争ですが、「富岳」の高い能力は非常に大きな可能性を示しています。「富岳」は「京」(けい)を継承しながら、使いやすさやアプリケーションの開発を重視しました。結果として、現在世界一のコンピューターとなっています。能力を生かして、これまでやったことがないことに挑んでいくことが大いに期待されます。