シンポジウム「軟石を生かしたまちづくり」2017/07/28 16:48

 表記シンポジウムが,2017年7月27日,午後6時15分から午後8時45分まで,札幌市の教育文化会館で開かれました。都市計画学会北海道支部10周年記念シンポジウム 兼 平成29年度第1回都市地域セミナーです。

 シンポジウムに先立って,午後14時30分から石山緑地などの現場見学会が開かれました。南区常磐にある辻石材工業株式会社の採掘所も見学し,最後は教育文化会館向かいの札幌市資料館の見学だったようです。私が会場に着いた時に,ちょうど見学者の方達がバスから降りてきました。


佐藤俊義氏
写真1 講演する佐藤氏

 佐藤俊義氏(札幌軟石を語る会):北海道の軟石文化
 北海道造園設計株式会社の取締をやりながら,札幌軟石を語る会の活動をしています。2002年に藻南公園の「札幌軟石広場」の設計を担当しました。この広場は2004(平成十六)年に完成しています。
 札幌建築鑑賞会と一緒に札幌市内の軟石建物の調査を行い,300棟以上の建物のデータを揃えてきました。
 札幌軟石は支笏カルデラが出来たときの火砕流が固まったもので,加工がしやすく断熱性に優れて耐火性も備えていたために,明治の初期から石材として利用されてきました。
 札幌軟石の特徴は,白い軽石が入っていることです。最近の使用例では,軽石が,舞う雪のように見えると言うことで室内にも使われているそうです。
 昔はすべて人力で採掘していて,ツルハシで溝を切り,金矢を打って石を割り出し,野取りで表面に模様をつくるという作業を行っていました。

 島松軟石というのは,島松駅逓近くで採掘されたもので,札幌軟石と同じく支笏カルデラの火砕流です。オレンジ色の軽石が入っているのが特徴です。

 小樽軟石は小樽市の桃内(桃岩),奥沢,手宮などで採掘されていました。これらは新第三紀の水中に噴出したもので,縞模様が美しいのが特徴です。

 登別軟石はクッタラ火山の火砕流で,登別川のほとりに採石場がありました。石積の間知石として使われていました。

 美瑛軟石は,120〜150万年前の十勝カルデラの噴火による十勝火砕流が固まったもので, JR 美瑛駅の北西側に採掘所がありました。石山という地名が残っています。JR 富良野線の美瑛駅の建物がこの軟石を使っています。
 *十勝カルデラは旭岳からトムラウシ山にかけて南北にやや長い形をしたカルデラです。

 金華(かなはな)軟石は,北見市留辺蘂町で採掘されてきました。赤味を帯びているのが特徴です。北見市端野町の石倉公園に倉庫が残っていて交流センターとして使われています。

 網走軟石は,網走湖の東に採石所がありました。網走監獄屋内施設の建材として囚人によって切り出されました。
 *図幅とこの日見せてもらったサンプルから判断すると網走層の礫岩のようです。

 古梅(ふるめ)軟石は,屈斜路カルデラの34万年前の火砕流が固まったもので,青みがかっているのが特徴です。

 神明石は松前城の石垣に使われているもので,いわゆるグリーンタフです。最近,切り場跡が発見され埋蔵文化財包蔵地にされました。

 札幌市南区常盤に採掘所を持つ辻石材工業株式会社は,1892(明治二十五)年に石山地区で石工となった初代以来続く札幌軟石生産業者で,札幌軟石だけでなく全道の石材の加工を行っています。その役割は重要です。

 札幌軟石を,地域のブランドとして新たな展開を試み続ける必要があります。


小原恵氏
写真2 パネリストの小原氏

小原 恵氏(軟石や代表):
 札幌市南区石山で軟石の端材(はざい)を生かした商品を作って売る「軟石や」をやっています。
 石山で生まれ,札幌軟石のツル目仕上げに惹かれ辻石材工業に入社しました。
 最初は端材を使ってマグネットを創りました。それから,アロマストーン「かおるいえ」を創りました。
 東海大学札幌のデザイン文化部の学生に授業で軟石を使って作品を作ってもらいました。スマートフォン用のスピーカなどユニークな作品が出来ました。
 札幌軟石でパンを焼く石窯を創りました。cafe スロープで,このパンを売っています。
 石山緑地でキャンドルナイトを行いました。3,000個のキャンドルを一人の女性がつくりました。
 地域の人に支えられ,「かおるいえ」は順調に売り上げを伸ばしています。


角 幸博氏
写真3 パネリストの角氏(右)
 左はコーディネーターの小松正明氏(都市計画学会北海道支部 副支部長:国交省北海道開発局 稚内開発建設部 部長)

角(かく) 幸博氏(NPO 歴史的地域資産研究機構代表・北大名誉教授):
 網走軟石は,網走監獄の地産地消であり,石材のほかに瓦なども自作していました。
 現在,石切職人などと飲み会をやっていますが,古い建物の修繕などの相談があると,この人たちがすぐに動いてくれます。
 技術の継承と快適な都市空間を作るという目標があります。
 建築基準法や消防法との兼ね合いで,古い建物を改修して使うことが難しくなっています。 
 ニッカの余市蒸留所の建物は炭素繊維で補強して,ガチガチの補強を行っています。
 札幌では明治初年に硬石(こうせき)が,円山と八垂別(はったりべつ)で見つかり使われます。その後軟石が使われ始めます。
 ユジノサハリンスクの博物館(旧樺太庁博物館)は,日本の石材が使われていますが,補修には韓国の石材を使っています。


地蔵 守氏
写真4 会場から発言する地蔵 守氏(手前)

 その他,札幌建築鑑賞会の杉浦正人氏,辻石材工業の元石工の地蔵 守氏が,会場から発言しました。


(感想など)
 2011年に北大総合博物館などが中心となって,「わが街の文化遺産 札幌軟石−支笏火山の恵−」(地質の日展)という展示を北大総合博物館で開きました。この時に,佐藤氏や杉浦氏の活動の成果そ展示しました。
 さらに,北大総合博物館が改修中で使えなかった2015年と2016年に,この展示を札幌市資料館で開きました。この時には,地質百選検討グループ(日本地質学会北海道支部)の名で「札幌市資料館で見られる石」というリーフレットをつくりました。このリーフレットの表紙に,佐藤氏の札幌市資料館のスケッチを使わせてもらいました。

 佐藤氏は,道内の軟石採掘所を実際に廻って,地元博物館の人たちと協力して採掘跡を確認しています。この情熱に敬服です。
 なお,佐藤氏の講演資料は下のURL で,その一部を見ることが出来ます。
( https://sapporonanseki.jimdo.com/北海道の軟石文化/ )

 軟石やの「かおるいえ」は,真駒内滝野霊園の売店で見て買いました。シンプルな形と手頃な値段が,その場ですぐ買った理由です。女性の感性が光った作品です。

 石材を通じて街の景観に対する関心が高まると良いと思います。同時に,石材の生い立ち,地質や岩石にも関心を持ってもらえると,ありがたいなと思います。