長瀞(その1)2017/05/11 11:45

 長野・山梨と埼玉の境界をなす関東山地を源とする荒川は,東に向かって流れ秩父盆地付近で北に向きを変える。東秩父の山地を回り込むようにして寄居付近で関東平野の北西部へ流れ出て,南東に向かい東京湾へ注いでいる。

 今回は,東飯能駅で八高線から西武池袋線(西武秩父線)に乗り継いで,南東から高麗川・横瀬川と抜けて秩父盆地に入った。
 途中から雨が降り出し,西武秩父駅に着いたときは結構な雨脚で,武甲山が霞んで見えた。
 西武秩父駅に着いてびっくりしたのは,たいそうな人が突然湧いたようにいたことである。雨で,どうしようかと迷っている人が多い。


武甲山
写真1 西武秩父駅から見た武甲山
 北側斜面は全面石灰岩で,山頂直下から採掘された「のり面」となっている。ジュラ紀付加体中のブロックとされている。山頂付近から南は玄武岩類のブロックである。最高点は1,304mで山頂付近には御嶽神社がある。

 たいした下調べもしないで来たため,西武秩父駅からどうやって行こうかとしばらく思案したが,すでに午後3時を回っているので,取りあえず上長瀞へ行って宿を探すことにした。歩いて秩父鉄道の「御花畑駅」へ行った。
 秩父鉄道は,荒川上流の三峰口駅から熊谷の東の羽生駅まで通じている。途中,寄居駅で八高線,東武東上線に,熊谷駅で高崎線に,終点の羽生駅で東武伊勢崎線に接続している。ICカードが利用できない。関東でも奥の方に行くとカードが利用できない駅がある。

 上長瀞駅には何も無い。駅前の土産物屋兼宿屋と思しき店に入って聞くと,今日は休みだという。養浩亭を紹介された。
 しばらく歩くと荒川河岸の林の中に,その宿はあった。目の前が「埼玉県立自然の博物館」である。
 幸い空き部屋があり,部屋の準備ができるまで博物館を見学した。入館料は200円である。


埼玉県立自然の博物館
写真2 埼玉県立自然の博物館入り口
 2階建ての質素な建物である。
  1878(明治十一)年7月に東京帝国大学地質学教室初代教授であったE.ナウマンが,巡検で長瀞上流の三峯神社を訪れているという(「古秩父湾」43pによる)。また,東大地質学教授の小藤文次郎が "On the so-called crystalline schists of Chichibu ( The Sanbagawan Series.) " を発表したのは1888(明治二十一)年である。長瀞を含む秩父が「日本地質学発祥の地」と呼ばれる一つの理由である。


カルカロドンメガロドン
写真3 博物館入口にあるカルカロドン メガロドンの模型
 サメの歯が回転しながら生え替わる様子が分かる。
 このほかにスカルン鉱床である秩父鉱山の鉱石などが展示されている。また,長瀞で見ることのできる片岩類の標本もあるので野外での観察に役立つ。


岩石庭園
写真4 博物館前の「岩石庭園」
 長瀞で見ることのできる岩石が置かれ,看板が立てられている。一番手前の石は紅れん石片岩である。
 小藤文次郎が,1887(明治二十一)年に徳島市眉山東麓の大滝山の紅れん石片岩の論文を出している(Quaternary Journal of the Geological Society, London  vol.43, 474–480.)。これが,紅れん石片岩についての世界で初めての報告とされている。同じ年に帝国大学理科大学の雑誌の記事で,日本でのマンガン緑れん石(紅れん石)の産地として秩父郡の皆野,下田野,寄居ほかを挙げている。


宮沢賢治歌碑
写真5 宮沢賢治歌碑
 『つくづくと 「粋なもやうの 博多帯」 荒川ぎし の 片岩のいろ 宮沢賢治』と刻まれている。養浩亭の駐車場の一角にある。
 盛岡高等農林学校二年,賢治20歳の時に,ここを訪れ虎岩(スティルプノメレン片岩)の美しさを詠んだとされる(歌碑裏面解説による)。

 長瀞の地質を見るには日本地質学会のリーフレットが役に立つ。

長瀞たんけんマップ
 長瀞たんけんマップ編集委員会,2016,長瀞たんけんマップ-荒川が刻んだ地球の窓をのぞいてみよう-。日本地質学会。(定価400円)
*北の樋口から南の親鼻まで,4つのエリアについて解説したリーフレットです。地図も付いているので,露頭見学には非常に役に立ちます。
 秩父線は1時間に2本の割合で走っているので,電車で移動しながら露頭見学をするのが便利です。
 日本地質学会のウェブサイトで購入できます。(日本地質学会HP>左の欄にある出版物>リーフレット)


長瀞(その2)2017/05/11 17:33

 泊まる場所が上長瀞なので,まず荒川左岸沿いの町道を歩いて長瀞へと向った。ライン下りの舟乗り場である。対岸に石英片岩の露頭があり,白鳥島の褶曲というのがリーフレット(文末参照)で紹介されている。肉眼では良く分からない。黒褐色の層の中に灰白色の層の褶曲が見える。帰って来て写真を拡大してみてようやく分かった。


白鳥島
写真7 ライン下りの舟乗り場から白鳥島を見る
 長瀞駅からすぐの所に舟乗り場がある。対岸は石英片岩,手前は砂質片岩,緑色片岩である。この付近では,片理面は北東-南西方向で,北西に20°ほどで傾斜している。
 並んでいる船の一番左の対岸に「白鳥島の褶曲」があるが,ちょっと分かりにくい。褶曲構造は樋口駅対岸のキャンプ村の河岸でいやと言うほど見ることができる。


緑色片岩
写真8 ライン下りの舟乗り場付近の緑色片岩
 細かい片理の発達した片岩である。泥質片岩へは漸移していくように見える。


「ミ型」雁行脈
写真9 「ミ型」の雁行脈
 舟乗り場付近の泥質片岩中に見られる構造である。


泥質片岩
写真10 岩畳の泥質片岩
 細かな片理が発達している。右が下流(北)である。


キンクバンド
写真11 キンクバンド
 下流側の休憩小屋付近で見られる構造である。キンクというのは,「糸などのねじれ」のことで,岩石では二つの軸面を境界とする板状の変形帯のことを言う。岩石周辺の圧力が高い場合や岩石に作用する歪みの速度が大きい場合に形成されると考えられている。


石英片岩
写真12 小滝の瀬の石英片岩
 下流の泥質片岩から石英片岩に変化する。石英片岩が浸食に強いためか瀬を作っている。

 午後3時頃,上長瀞に着き,宿を取って博物館を見学し,歩いて岩畳から虎岩までを見学することができた。荒川沿いに直線距離で約1kmである。
 長瀞−上長瀞エリアと言われているライン下り船着き場から秩父鉄道荒川橋梁までをじっくり見ると色々なことが勉強できる。

 自然の博物館では,「古秩父湾 秩父の大地に眠る太古の海の物語」という冊子を発行している。この冊子は,長瀞だけでなく横瀬,秩父,小鹿野,皆野などを含む地域全体について,地質の魅力を伝えるものとなっている。

 ジオパーク秩父もウェブサイトで様々な情報を発信している。
( http://www.chichibu-geo.com )

 岩畳を含む河原を歩いているとあちこちに注意看板が立っている。水難事故が多いようである。長瀞の上流には,浦山ダム(支流の浦山川),二瀬ダム(荒川本流),滝沢ダム(支流の中津川)がある。長雨や天候の急変には十分な注意が必要であろう。