ひかりの春2012/03/02 17:15

 厳しかった今年の冬も3月になり、春めいた気候になってきました。滝野公園で久しぶりにクロスカントリースキーを楽しもうと車で向かっている途中、ラジオで「ひかりの春」という言葉を聞きました。確かに、3月でも朝は氷点下10度くらいになりますが、春らしさを感じるのは日差しの強さです。
 季語では「春光」で、「春の光」、「春の色」などが俳句に現れます。「春もやや 光のよどむ 宙のさま」(飯田蛇笏)なんかが、今日の光と空の様子を言い表していました。ちょっと風が強かったですが、靄がかかってのどかな日差しでした。

 滝野公園の展望台からは、札幌西部の山々がよく見えます。
 札幌の西には、一番南の樽前山、恵庭岳から始まって北西方向に漁岳、空沼岳、狭薄山、札幌岳、天狗山(定山渓天狗岳)、神威岳、烏帽子岳、百松沢山、藻岩山、手稲山などの新旧火山が並んでいます。

 今日、展望台から見えた山は、支笏湖北東岸の紋別岳、漁岳、空沼岳、狭薄山、札幌岳、定山渓天狗岳、神威岳、烏帽子岳、百松沢山、手稲山、藻岩山などでした。これらの山々は約500万年前くらいから陸上火山として活動し始め、空沼岳が約80万年前に活動した後、活動を停止しています。この火山活動の恩恵は定山渓の温泉や旧豊羽鉱山(無意根山火山)、旧手稲鉱山(手稲山火山)などとしてもたらされました。

写真1 そりゲレンデの上から見た札幌西部の山々
 気温は+1度で暖かいため、靄がかかったような空です。
 中央が神威岳と烏帽子岳で左に定山渓天狗岳、右に百松沢山、砥石山が見えます。足下は支笏火砕流堆積物です。

写真2 支笏湖北東岸の紋別岳
 頂上の鉄塔が肉眼ではっきりと見えます。この右に恵庭岳がありますが、手前の山に隠れてみることができません。

写真3 漁岳から狭薄山
 一番左の白い山が漁岳で、中央の空沼岳、右の黒い三角の山が狭薄山です。1200〜1300mの標高で、高さが一定なのが札幌西部山地の特徴の一つです。

写真4 空沼岳から札幌岳
 左側の雲のかかっているのが空沼岳で、狭薄山を経て札幌岳へと続きます。札幌岳は三角の頭が特徴です。

写真5 定山渓天狗岳から砥石山
 左奥に貸すんで見えるのが多分、定山渓天狗岳(天狗山)、中央の神威岳(手前)と烏帽子岳、その右の百松沢山、一番右は砥石山です。

写真6 穏やかな日差し
 木々を通して日差しが林に降り注ぎ、雪解けも始まっています。


電磁波による地震予測2012/03/04 20:35

 電気通信大学名誉教授の早川正士氏のグループが行っている短期地震予測の方法です。
 早川正士著「地震は予知できる!」(KKベストセラーズ,2011年12月刊)にもとづいて紹介します。

 

 地震が発生する5日から12日前に電離層に異常が発生します。これを超長波/長波(VFL/LF波)を観測して知ることで,マグニチュード5以上の地震の発生時期と場所と規模を予測しています。超長波は周波数が3〜30キロヘルツ(波長10〜100キロメートル)の電波,長波は周波数が30〜300キロヘルツ(波長1〜10キロメートル)の電波です。

 これらの波長を持つ電波は,電離層の最下層(D層)で反射されやすく,地震発生前に電離層が擾乱されて地表側に押し出してくるのを電波の到達時間の変動によって捉えます。つまり,電離層の擾乱が起きると電波の到達時間が,それまでより短くなるのを利用します。

 VFL/FL波の発信局は,国内では宮崎えびのと福島にあり,そのほかに,オーストラリア西部,シアトル,ハワイにあるものを利用しています。受信局は,北海道の母子里と中標津,東京の調布,愛知の春日井,岡山の津山,高知の6地点です(ウェブサイトで示されているのと異なっています)。

 電離層の擾乱は地震によるほかに,磁気嵐や雷でも発生します。これらとの識別を行っています。

地震予測アーカイブは↓。「地震解析ラボ」>「予測情報アーカイブ」
<http://earthquakenet.com/prediction201112.html>

過去の地震情報は↓。「tenki.jp」>「防災情報」>「地震情報」>「過去の地震情報」
<http://tenki.jp/earthquake/entries>

 電磁波による地震予測の歴史は古く,1988年12月7日にアルメニアで発生したマグニチュード6.8のスピタック地震の前兆として,地殻から極極超長波(ULF波:波長数万キロメートル)の放射が確認されたのが最初です。これは,地殻から放射される電波を直接観測して地震予測を行うものです。ですから,すでに四半世紀近い歴史があります。

 実用に供されている地震予知方法として有名なのは,ギリシャで開発されたVAN法です。この方法を発明した3人の科学者の頭文字をとってVAN法と命名されています。地震の前に微少破壊が発生して電磁波が発生します。この電磁波が,地中を流れている地電流に変化を与えるので,これを観測すれば地震を予知できると考え,観測方法を確立したのがVAN法です。
 そして,1993年3月のギリシャ西南部で発生したマグニチュード5.7の地震発生を劇的な形で予知しました。

 早川氏たちの主張は,地震予知は実用段階に入っていると言うことです。興味のある方は,予測情報アーカイブと過去の地震情報を比べてみると良いと思います。

 私自身は,地震の前に電磁波が放射されると言うことは,現象としてはあって当然のことだと思います。地震前の電磁波放射により電離層が乱されるメカニズムが解明されていないというのが弱点でしょう。
 しかし,南海トラフの3連動地震や千島海溝の巨大地震の短期予測のために,国としてこの方法の観測態勢を整えることに今すぐ着手する必要があると思います。


3kmのドッグラン2012/03/04 22:48

 豊平川は1941(昭和16)年までは,雁来付近から東に流れ国道275号の新石狩大橋のちょっと上流で石狩川に注いでいました。9年の歳月をかけ1941年に現在の豊平川が完成し通水されました。

 国道275号雁来大橋の直ぐ下流から厚別川が合流する地点まで,豊平川の右岸堤防,延長約3kmは絶好のドッグランです。もちろん,人が走るのにも絶好の場所です。キロポストが200mおきに立てられているので,インターバル・トレーニングもペース走もできます。

 堤防の川側は,幅100mほどの高水敷で,堤防の外側(堤内地)は国道275号まで500mほど一面の牧草地です。ここにはキツネが住んでいて,犬にとっては絶好の遊び友達です。まあ,たいてい,犬は巻かれてしまいます。その他に,カラスはもちろんトンビ,そして,たまにカモメの大群が牧草地で休んでいることがあります。

写真1 雁来大橋下流の豊平川右岸堤防
 現在,高水敷で地盤改良が行われていて,堤防道路は除雪されています。工事現場の点検に来た車の行き帰りの跡があります。夕べ降った雪が積もっています。この辺りの高水敷はゴルフコースになっています。遠くの白い山はピンネシリです。

写真2 キツネの足跡
 キツネは夕方,えさを求めて巡回するようです。両足ともほぼ直線上に載っているのが特徴です。ファッション・モデルの歩き方です。

写真3 藻岩山
 右から砥石山,藻岩山,遠くの三角の尾根が札幌岳,狭薄山,空沼岳,一番左に恵庭岳が見えます。丘珠空港に降りる飛行機が写っています。

写真4 雪玉
 特に,冬は北西からの風が強く,足跡で蹴散らされた小さな雪玉が,風に吹かれて跡を残して移動しています。

写真5 満足したロクべえ
 キツネの足跡を追いかけて雪の原を走り回り,満足して帰ってきたロクべえ。

写真6 手稲山にかかる雪雲
 雲の下は,風で雪が飛ばされているようです。手前の雪の原は牧草地で,林の向こうが豊平川です。


「遺跡の保存と整備・活用〜さとらんど遺跡公園整備に向けて〜」2012/03/05 13:40

 2012年3月3日(土)に札幌市中央図書館講堂で標記シンポジウムが開かれました。
 構成は次のようでした。

写真1 シンポジウムの題目と講演者

☆小杉氏の講演
 遺跡とは「遺物と遺構の関係が保たれている状態と場所」であると定義されます。ですから,発掘調査を行うと記録としては保存されますが,遺跡そのものは失われます。そこで,遺跡を保護する必要があります。現状保存を行うと遺跡は将来に残されますが,その内容は不明のまま残ってしまいます。そこで,整備保存という選択肢が浮上します。
 札幌の北東にある「さとらんど」はモエレ沼公園に隣接した公園で,牛乳工場があり,牛などの動物に親しんだり市民農園を楽しんだりできる公園です。ここには,3つの遺跡があります。これらの遺跡は,縄文時代晩期から擦文時代にかけてのものです。そこで,これらの遺跡を整備保存するのであれば,欧米型人類史観に当てはまらない「定住する狩猟採集漁撈民」という人類文化を理解して貰うものにするのが良いです。
 もう一つ大事なことは,ある時間面での状態を示すのではなく,時間の流れを理解して貰うことです。
 事例として,噴火湾北岸縄文エコミュージアムを紹介しました。核となる遺跡は有珠6遺跡と小幌洞窟遺跡です。

☆富岡氏の講演
 札幌周辺の遺跡の分布を見ると山地と低地という環境遷移帯に数多くの遺跡が分布していることが分かります。その中で,低地の真ん中につくられた,さとらんどの遺跡は孤立しています。しかし,サケやニシンなどの魚が豊富であったと思われます。
 さとらんどの遺跡は,縄文時代から続縄文時代へと環境の変化に対応して生活様式・生業などがどのように変化したのかを示すことのできる遺跡群です。

☆田中氏の講演
 仙台市縄文の森広場は,名取川の北岸標高約50mの台地上にあります。1980(昭和55)年に宅地造成のための発掘調査で縄文時代中期の遺跡があることが判明し,2002(平成14)年には後期旧石器時代の良好な遺跡でもあることが確認されました。
 ここでは,出土資料の展示を行っていますが,一番の特色は縄文時代を体験して貰う活動です。50名以上のボランティアが,この活動に参加しています。
 仙台市にはこのほかに地底の森ミュージアムがあります。約2万年前の旧石器時代の遺構をそのまま固めて展示しているのが特徴です。

☆阿部氏の講演
 函館市南茅部は噴火湾に面した海岸33kmにわたって,91カ所の遺跡があり約400万点の遺物が発掘されています。
 一番北の大船遺跡(おおふね)は,大船川北岸の標高約40mの台地にある縄文中期の大規模な集落跡で,ヒスイ,漆,南方産の貝などが出土しています。サケを初めとした海産物,クリなどの植物種子など当時の食生活を知ることのできる遺物も出土しています。これらは縄文遺跡の里展示館に展示されています。
 垣ノ島遺跡は臼尻漁港の背後の台地上にあり,縄文早期から後期にかけての遺跡です。ここでは,子供の足形の付いた土の板や国内最大級の盛土遺構が見つかっています。盛土遺構はゴミ捨て場ではなく,人骨が出土することから送り場であったと考えられています。
 著保内野遺跡(ちょぼないの)は,現在国宝となっている土偶が発見された遺跡です。この「中空土偶」は,農作業をしていた主婦が偶然発見したもので,ジャガイモに似た頭が最初に見えたそうです。しばらく近くの寺に預けられていたものが,お寺の娘さんの目にとまり,教育委員会に届いたのだそうです。この遺跡は集団墓で当時の精神文化や祭祀・信仰の様子を知ることができます。
 非常に豊かな海と森で食料を得て,豊かな生活をしていた様子が想像できる優れた遺跡群です。

☆長沼氏の講演
 「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」を世界遺産に登録する運動の紹介です。岩手,山形,青森,北海道の12市町,15カ所の遺跡を包括した世界遺産を目指しています。
 北海道では大船遺跡(函館市),鷲ノ木遺跡(森町),入江・高砂遺跡(洞爺湖町),北黄金貝塚(伊達市)の4カ所が含まれています。
 この世界遺産の趣旨は,「遥か昔、北の大地には「縄文文化」という固有の文化が花開いていました。厳しく豊穣な自然とともに暮らす縄文時代の人々は、私たちの想像以上に豊かな暮らしを営み、津軽海峡を挟んで交流や交易も行っていました。
 縄文遺跡群は、このように自然との共生のもと1万年もの長きにわたり継続し、個性豊かな土偶や漆工芸を生み出した縄文文化を具体的に物語る文化遺産であり、その価値を正しく理解して、適切に保存し、後世に伝えていくことが重要です。」(北海道庁> 環境生活部 > 道民活動文化振興課 >  縄文世界遺産推進室 ホームページより)

 これらの講演の後,時間は短かったですがパネルディスカッションに移りました。

写真2 小杉 康氏

写真3 富岡直人氏
スライドに映っている鮭の頭の骨は20以上の部品に分かれるそうです。

写真4 田中則和氏
 
写真5 阿部千春氏
 スライドの写真は,中空土偶が見つかったジャガイモ畑の様子です。

写真6 長沼 孝氏

写真7 パネルディスカッションで壇上に並んだ各氏



北の土偶展2012/03/12 11:56


北の土偶展のビラ
 左から縄文ビーナス,合掌土偶,中空土偶です。縄文ビーナスは長野県茅野市棚畑遺跡,合掌土偶は八戸市風張1遺跡,中空土偶は函館市著保内野遺跡から出土しました。これら三つの国宝の土偶の実物を全て見ることができるのは3月18日までです。縄文ビーナスと合掌土偶は3月20日(火:春分の日)まで,中空土偶は3月18日(土)までです。開館カレンダーでは3月19日(月)は休館日となっています。


 3月8日(木)に,北の土偶展を見に行きました。休みの日ではないので,そんなに混まないだろうと思ったのですが,11時半頃並んで,見終わって出てきたのは1時半でした。会場に入るのに約1時間くらい待ちました。

 国宝の3つの土偶のほかに138点の土偶,人面付土器,岩偶,角偶,土面,土製品などが展示されています。一見の価値があります。
 土偶は,古いものから新しいものへと並べられています。縄文前期(B.C 3,000年)までの土偶は形も何となく幼稚ですが,中期後半(B.C 2,500年頃)になると芸術的と言える土偶が現れます。縄文ビーナスはこの時期のものです。合掌土偶と中空土偶は縄文後期後半(B.C 1,500年頃)のものです。
 このような土偶の変化を体感できるのも,この展示の優れたところだと思います。

 この展示の副題は「縄文の祈りと心」です。このような土偶や仮面などが何を目的につくられたのかに思いを馳せるのも良いと思いました。

 なお,土偶の中に遮光器土偶というのがあります。遮光器というのはゴーグルのことです。
イヌイットが使っていた遮光器は,木の板を目を覆う大きさに切り出し,そこに横一直線の薄い覗き穴を付けたものです(Wikipedia)。目のつくりがこの遮光器に似ている土偶を遮光器土偶と呼んでいるようです。

 開拓記念館入り口で販売されている図録は,写真が素晴らしいものです。手元に置いて何度も土偶を見ることができます。