「ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること」(ニコラス・G・カー:青土社刊)2010/10/08 21:53


「ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること」(ニコラス・G・カー:青土社.2010年7月刊)

 人間の脳は可塑性を持っているので,道具が発明されるとそれに合わせて脳が仕組みを変える.インターネットは,ハイパーテクストにより様々な情報を次々と見ることができる.この環境は人間の脳を注意散漫なものに作りかえる.その結果,深い思索が妨げられて本当に人間らしい思考が阻害される,という内容である.
 
 インターネットの歴史,道具と文章の関わりの歴史,脳の仕組み解明の歴史と話題は豊富で内容は深い.この中で何回か出てくる話に 二ーチェのことと「2001年宇宙の旅」のスーパーコンピューターHALの話がある.
 ニーチェはそれまで手書きしていたのだが,タイプライターが発明され,それを使うようになってから文体が変わったと本人が自覚していたと言う.「そのとおりです.執筆の道具は,われわれの思考に参加するのです.」
 宇宙の彼方でスーパーコンピュータHALに不具合が発生し,命を落とすところだった宇宙飛行士ボウマンは,HALのスイッチを冷酷に切断していく.HALは「わかるんだ.ぼくにはわかるんだ.こわいよ」と記憶回路を切断するボウマンにスイッチを切らないよう懇願する.ここでは,人間が手順に則ってロボットのように行動する.人間はコンピュータの働きかけで思考の回路を変えることができる.

 それではどうしたらいいのか.その答えは書かれていない.多少の救いとなるのは,人間の脳の可塑性である.環境を変えれば脳はそれに対応して回路をつなぎ替える.自分自身でコントロールするしかないのであろう.

 原題は," The Shallows What the Internet Is Doing to Our Brains " である.

【END】


「ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの戦い」 (L.サスキンド:日経BP;2009年10月)2010/10/18 11:04



 一度読んだだけでは理解できないところがたくさんあります.でも,読んだ瞬間には分かった気にさせてくれる本です.

 ブラックホールに関する論争は,この本によると1983年に始まりました.この戦争の経過を縦糸にして現代物理学の最先端の話題が展開されます.ブラックホールに関する論争では,「物質としてのビットにびっしりと覆われた境界面である地平線と,単なる帰還不能点としての地平線が明らかに矛盾するということ」が焦点となります.
 その前提として,相補性,「重力の影響と加速の影響には全く違いがない」という等価原理,帰還不能点であるブラックホールの地平線,時空の幾何学.プランク定数,不確定性原理,量子ゆらぎ,エントロピー,「あらゆる情報は空間の領域の境界面にある」とする ホログラフィック原理,ひも理論の説明がされます.この説明の中で,ブラックホールに関する論点が次第に鮮明になっていきます.

 それにしても,これだけの内容を,例えを使って巧みに説明できるというのは驚きです.著者の現代物理学に対する理解の深さが分かります.それと,論争の経過が述べられていますが,誰に対しても暖かい,相手を尊重する言葉から始まっているのが気持ちよい.

 原題は,“ The Black Hole War  My Battle with Stephen Hawking to make the World Safe for Quantum Mechanics ” です.この副題の中に,サスキンドがこの戦争を戦った目的が表されています.